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第39話 ロマンからの情け

「残念、邪魔が入ってしまったね。続きはお預けだ」  放心した譲の下半身に毛布が掛けられると、地下牢のドアが叩かれた。 「ロマンか」 「はい、客人の方々がお帰りになられるそうです。しかし最後はヴィクトル様のお顔を見たいと渋られておりまして」 「今どこに?」 「車でお待ちです」 「わかった。・・・譲」  ヴィクトルが譲のアイマスクを外し、脚の拘束を解く。  尿道のブジーを抜かれると、とろっと精液がこぼれた。慣れない場所を弄られてペニスの中が熱かった。 「行かなければ。すまないね」  頬を撫でられて、額にキスが落ちる。 「ロマン、譲のために食事を用意しておいてくれ。他は私が自分でする」 「かしこまりました」  会話が終わり、ヴィクトルが地下牢を出て行き、ロマンが後に続いて居なくなった。  ふっと息をつくと双眸が蕩けて濡れてきた。譲は上を向いて瞬きをする。  頭の誤作動に戸惑う。  安堵と怒りと、崇高な男に対する感動。  ヴィクトルの手は譲を意のままに殺せるし、彼の好きに生かしておける。  そこにあるのは絶対的な力の差だ。  逆らえないとわかってしまったのに、命すら握られて、不思議と充足感に包まれていた。  ◇◆  数日後に譲は地下牢から部屋に運ばれた。  睡魔にどっぷり侵された日々が再開され、別人のように大人しく、口を利くことを忘れてしまった。いや、口を開いても話すべき内容が見当たらないのだ。  譲の感情は迷子だった。  ヴィクトルに求められた時だけ、身体を開き、甘ったるい声を上げる。  ロマンが予想外のものを譲に差し出したのは、譲のそんな様を見ていられなかったからかもしれない。 「譲様、ヴィクトル様には内密にお願いしたいのですが」 「・・・・・・」  譲はベッドの背にもたれ、無気力に視線を投げた。 「これ」  目にした瞬間、喉が詰まった。濁った声が出る。 「失くされたと言っていたアルバムです」  譲は目を見開いた。  表紙が汚れて角がよれていたが、右下に書かれたファミリーネームは父の直筆で間違いなかった。写真は無事だ。全部綺麗なままで手元に戻ってきてくれた。  手が震える。アルバムを両手で受け取り、ロマンを見つめる。 「どこで、どうやって・・・」  そしてそれよりも、何故。  「ロマンは公爵に従わなきゃいけない人間のはずだろ?」 「ええ、そうです。僕はヴィクトル様に絶対服従の立場です」  ロマンの瞳は揺れていた。何か言いたげな表情をしたが、迷いを飲み込んだように口を引き結ぶ。 「明日の午後。昼過ぎからヴィクトル様がお出掛けになります。夕刻に帰宅される時間まで、譲様を外に出して差し上げましょう」  譲はひん剥いた目玉が落ちそうになる。 「もっと驚くでしょうね。譲様のご家族が生きているかもしれません。アルバムを貸して下さい」  言われた通りに手渡すと、ロマンはページをめくった。 「ここの、この写真に似たお二人を付近の街で見つけました」  ロマンが開いたページにいたのは母親と末の弟だった。 「ご本人であるかの確証はありません。譲様の目で確認してきて下さい。二人がいらっしゃったのはダミアという駅の五番街にある修道院でした。列車を使えば一時間で着く距離です。顔を見て帰るだけなら、充分間に合います」  失くしたと思っていたアルバムが返ってきただけでなく、譲の中で既に死んだとされていた家族に希望が生まれた。  嬉しい。たまらなく嬉しい。生きていると知れるだけで、どんなに救われるか。  けれど、外出は非常に危険な賭けだ。  譲を探している者、譲を閉じ込めておきたい者、双方それぞれに嗅ぎつけられないよう努めなければならない。  簡単なことではない。譲は二つ返事で頷けなかった。  どういう表情をすれば良いのだろう。当惑からか、頬の筋肉が上手く動かせない。  それを失望と受け取ったのか、ロマンが顔を曇らせた。 「申し訳ありません。この程度のことしかできず」 「違うんだ。ロマンの身を心配してる。独断で俺を外に出して俺が逃げたり襲われたりしたら、ロマンは公爵に罰せられるよね」 「はい。それは承知の上ですよ。ですので外出時は僕が警護につきますし、必ず僕と共に帰ってくると約束して貰います。それが条件です」  平静を保った口調だが、内心はどうだろうか。  譲は自分のせいでロマンが罰を受けるのかもしれないと思うと、喜んで行きたいと言えない。 「少し考えてもいい?」 「ええ・・・わかりました。明日の朝まで返答を待ちます」 「うん、ありがと」  この反応はきっと意外だったろう。  譲は膝に乗せたアルバムに顔を埋め、ロマンが静かに立ち去る気配に耳を澄ませた。

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