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「グレイ先輩」 「こんにちは、ライトくん」 あのイベントの2日後。 昼休み、僕はいつも通り先輩を訪ねにいった。 風になびくサラサラの髪。 微笑んでくれる優しい顔。 そしてーー 「この時間、アレックは中庭にいるよ」 開口一番に告げられる、変わらない言葉。 「………」 〝変えられる〟と、思った。 運命だって人生だって、この世界だって全部。 自分は主人公だから頑張ればできるって。 でも それはおごりで、主人公なんてなんの力もないただの登場人物で。 敷かれたレールの上、安全に選び進むだけのものだった。 (僕、なにやってたんだろ……) 正直、あのイベントで一気に肝が冷えた。 これは現実なんだと、痛いくらい教えられて。 外に出るのも怖いほど傷ついた。 実際、昨日は学校行くの無理だったし。 それなのになぁ先輩、「大丈夫?」とか一言くれてもよくない? 毎日通ってた子が、昨日は来なかったんだよ? (…ねぇ、先輩) この数ヶ月は、どうでしたか? たくさん甘えられてたくさん連れ回されて、迷惑でした? それとも 楽しかった? 食堂でわいわい食べるご飯。 放課後の居残り勉強に、みんなで並んだ人気のカフェ。 夜の学園は怖かったけど、アトラクションみたいで面白かった。 猫探しは大変だったなー。仔猫だったしなかなかすばしっこかったし。 プール掃除も結局夜までかかってしまった。夏の夜の涼けさに水の冷たさ、見上げた空のこぼれ落ちそうなほど瞬く星は 本当に綺麗で。 他にも、たくさん たくさん 一緒のことをした。 ねぇ、僕はこの数ヶ月あっという間だったけど、先輩はどうかな? 同じ時を過ごしたこと、少しは思い出になってるかな? 先輩の中に、ちょっとでも僕は入っていけただろうか。 ーーごめんなさい、グレイ先輩。 (僕は、心が折れました) これが禁断だろうと関係ない、乗り越えてみせるって宣言したのにね。 もう、怖くてイベントを進める勇気がありません。 またあんなことがあったらと思うと…身体が震えます。 まったく、弱虫だ。心のどこかでポキリと音がして、それっきり動けなくなりました。 (実は分かってたんだ) 僕がどんなに攻略対象たちをオマケにしてイベントを進めても、この世界から見ればオマケなのは先輩ということを。 困りながらお願いをきいてくれるのも、誰より優しいのも、さりげなくフォローし助けてくれるのも、みんなみんな僕が主人公だからということを。 アシスト機能があるからということを。 本当のヒーローは、モブではなくてメインキャラクターだということを。 全部、知ってた。全部全部当たり前のこと。 それを、僕が認めたくなかっただけで。 (はは…は……) あーぁ、結局僕はこの世界に勝てずに終わるのか。 結構頑張ったんだけどな。主人公とモブが恋仲になる壁は分厚かったか。禁断は禁断のまま、終わるのか。 僕は…先輩と、結ばれることはない…のか…… 「……? どうしたのライトくん。今日は静かだn」 「先輩」 「うん?」 「僕、先輩に会いにくるの 今日で最後にします」 「え、それってどういうーー」 「好きです」 「っ、」 「グレイ先輩が、好き」 画面越し。遥か遠く眺めてたころから、ずっと。 僕は この人に惹かれていた。 「さよなら」 めいっぱいの笑顔で、立ち去る。 「僕じゃなくオレリアとかにしなよ」ってアシストされるのを、聞きたくない。 好きな人に他を紹介されるのは、もうたくさんだ。 「ーーーーっ、」 苦しかった、ずっと。いっぱい悩んだ。 けど……もう 解放されよう。 「ぅえっ、ぇ」 滲む涙で視界が歪む中、心にいる先輩をひとつひとつ追い出して、来た道を戻っていった。

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