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僕を見下ろす花火の熱さを
「ねぇ司。夏祭りとか、行ってみない?」
オレを後ろから抱え込むように座っていた颯真が、オレを横から覗き込んでにこりと笑う。
「夏祭り?」
「そう。花火大会があるんだって」
わくわくした顔で笑う颯真が、ほらこれ、と見せてくれたスマホの画面には、電車でいくつか行った先で開催される花火大会の情報が表示されていた。
「……うん。……楽しそう、だね」
ほんの少しだけ戸惑うのは、短い間に身に付いてしまった習性なのかもしれない。
そんなオレのリアクションは想定済みというかのようにくしゅっと笑った颯真が、オレの頭をわしわし撫でた後で照れ臭そうに笑う。
「…………あの、それでさ」
「うん?」
「……泊まりで、とか……どう?」
「へ?」
「……たまには、その……旅行っていうか、……家 じゃない場所で泊まるってのも、どうかなって……」
どうかな、と重ねて聞く颯真の顔は、照れて赤い。
週末は颯真の家で過ごすことが当たり前になって、どのくらい経っただろう。きっと、両手両足でも足りないくらいには泊まってるはずなのに。
なのに、違う場所で泊まるってことが----こんなにも照れ臭いのは、なんでなんだろう。
しかもお互い左の薬指には、誓いを交わした指輪まではまっているというのに。
「…………色々、決めなきゃだね」
照れて熱くなった顔を俯けて隠しながら呟いたら、颯真が優しく微笑 う気配の後で、またわしわし頭を撫でてくれる。
「プチ旅行、かな」
嬉しそうに紡がれた颯真の声に頷いたら、ぎゅうぎゅう抱き締めてくる腕をそっと撫でた。
指輪を買うために学校とコンビニバイトの隙間時間で建築現場や倉庫なんかの資材運びのバイトをやっていたという颯真の腕は、自分のひょろい腕と比べるまでもなく、しなやかで逞しくなった。
今までも抱き締められる度に守られていると感じていたけれど、最近はさらに強く優しく守られている気持ちになって、くすぐったいほど幸せな気持ちになる。
「……司?」
「ぇっ?」
「ちょっとくすぐったい、かな?」
どしたの? なんて。無意識にさわさわ撫でまくっていたのを指摘されて、あわあわ首を振る。
「なんでもないっ」
「そう?」
だけど気付いてるらしい颯真は、意地悪と優しいを足したみたいな顔でそっと笑って、さわさわとオレの髪を撫でるから。
意地っ張りの壁が溶けて、本音がポロリと零れた。
「…………いいな、腕」
「ん?」
「オレ、全然太くなんないから」
「そもそも食べないからだよ」
「……それはぁ」
「分かってるけどね」
全部分かってるみたいな優しい顔で笑う颯真から、ふぃっと視線を逸らす。そっぽ向いた横顔に感じる颯真の優しい視線に、いじけた心がまた溶けたけど。自分ばっかり子供みたいな気がして、取り繕うはずだった声は拗ねた音になった。
「……前はちゃんと、運動もしてたんだよ」
「そうなんだ?」
「ハンドボールやってたんだ、中学の時に部活で。高校は何もやらなかったけど」
「へ~、なんか意外」
「……颯真は?」
「オレも中学、高校の時はやってたよ、剣道」
「剣道かぁ」
なんかぽいなぁ、なんて呟いたら、また無意識で颯真の腕に手が伸びる。
「いいなぁ」
「…………----司」
「んー?」
「もう、その辺にして」
「んー? なんでー?」
「オレの理性がもたなくなっちゃうからね」
「っ!? だって、腕っ」
触っただけだよ!? なんて慌てながら手を離して、体もほんの少し離したら。
颯真は、触り方がエロい、だなんて心外なことを真顔で呟いて、オレを正面から抱き締めてくる。
「全く。司は小悪魔だよねぇ」
「ちがっ」
「ホント、困っちゃうなぁ」
「んぅっ」
意地悪な目で笑った颯真に唇を塞がれてジタバタ暴れようとしたのに、逞しくなった腕にガッチリ囲われたら身動きもとれない。
「ふぅ、っん……っふぁ」
「旅行の話は、また明日ね」
「ん、やっ……ッぁ」
結局、キスと指先に翻弄されたら、なし崩しで蕩 けるしかなくて。
すがった腕が逞しいからまた複雑な気分になりながら、いつもよりも強く長く抱き締めてくれる颯真を、ちょっとだけズルイと思った。
*****
「しまったねぇ」
「出遅れたかぁ……」
花火大会にかこつけてのプチ旅行を提案した翌日。
二人してスマホでホテルを検索しまくった結果は、まさかの0件ヒットの連続だった。たぶん、随分前から日程が決まっていただろう花火大会を目指して、事前に予約されていたのだと思う。
でもまさか2週間前に予約でいっぱいになってるだなんて、考えてもみなかった。
「まぁ、結構規模も大きいみたいだし、仕方ない、かなぁ?」
残念だねぇ、と少ししょんぼりした声が呟いて、残念がる唇がへの字に下がる。
「ギリギリまで見てみようか、キャンセル待ちみたいな感じで」
「今更キャンセルする人なんているかなぁ?」
淋しそうな苦笑を浮かべた司に、確かに望みは薄そうだけど、とぼやく。
検索条件にしていた金額の上限を取り払えば数件はヒットしたが、一人一泊30000円だなんて払えるわけがない。
溜め息を吐いて顔をあげたら、司がそっと笑っているのに気づいて首を傾げた。
「どしたの?」
「んーん。マメだなぁと思っただけ」
「マメかなぁ?」
「花火だけ見れたらそれでいいよ?」
「うん、まぁそうなんだけどね……」
電車に乗れさえすれば日帰り圏内なのだから、無理に宿泊先を確保する必要もない。
----のは分かっているのだけれど。
形だけとはいえ結婚したのだから、それはつまり初めての旅行イコール新婚旅行なわけで。夏祭りや花火大会に乗っかれたら、忘れられない新婚旅行になるんじゃないかなんて、今時女子でも考えなさそうな乙女全開の気持ち悪いプランだと自覚もしているけれど。せっかくなんだしの一言に尽きる訳で、お金をかけられない分は何かに乗っかってでもと思うのだ。
逆に言えば新婚旅行にかこつけて豪遊の手もありはするが、しがない学生な上に、もう無茶なバイトの仕方はしないと約束してしまった。
「……花火なんか、この2、3年見てない気がするなぁ……」
悶々とスマホ片手に考え込んでいたところに聞こえてきた、どこか遠い記憶を手繰るようなしんみりした声にハッとして顔をあげる。
「……颯真と見れるの、楽しみ」
照れた目元が潤んでいるのは、考えすぎではなさそうだ。
そっと傍へ抱き寄せて、頭をそっと撫でて笑って見せる。
「そだね。オレも楽しみ」
涙目で照れ臭そうに笑う司の額に音を立ててキスをして、ふにゃ、と下がった眉にもキスをする。
「だいじょうぶ。楽しいよ、きっと。屋台だってあるし」
「ん……今度はね、焼きそばとか食べたい……」
「そう? ……じゃあ半分こして、お好み焼きも食べよう」
「ん」
涙目のまま笑った司に、お楽しみを散々並べた後。
「だいじょうぶ。笑って司。なんも悪くないし、なんも哀しくないよ」
「っ、ん」
ずびっと鼻を啜ってニコと笑った司の、目尻から零れた雫を舐めとって見なかったことにしたら。
「----さ、じゃあ新婚旅行はまたの機会ってことでオレも諦めるから、待ち合わせとか決めようか」
「っ!? ちょっと待って、新婚旅行って何!?」
わざとらしいほど明るく笑って言えば、唐突な言葉に目を白黒させて慌てる司が可愛い。
「え? だって結婚して初めての旅行なら新婚旅行でしょ?」
「~~っ」
ん? と笑って見つめ返した顔は、さっきまでの哀しい顔と違って、照れて真っ赤で----ぐりぐりしたくなるくらい文句なしに可愛い。
口をパクパクさせて何か言おうとして結局は何も言わずにふぃっと顔を逸らした司を、それ以上からかうことはせずにそっと頭を撫でた。
*****
会場の最寄り駅に16時。
花火の前に屋台もひやかすことを考慮して決めた待ち合わせの時間は、万人共通の考え方だったらしい。駅は多くの人でごった返していて、きらびやかな装いの渦に飲まれて呆気に取られるしかない。
こんな人混みでちゃんと出会えるのだろうかと不安を覚えながら、着信を逃すまいとスマホを握りしめて人波に目を凝らす。
「----司!」
不意に名前を呼ばれてキョロキョロと見回す先に、見慣れた笑顔を見つけてホッとして
「颯真」
笑い返して手を振ったら、何故だか慌てた様子で颯真が走り寄ってきた。
「ごめんね、待った?」
「ううん、全然。走んなくて良かったのに」
「だって」
「だって?」
「司が、笑うから」
「?」
「あんな顔……見たらみんな、司のこと好きになっちゃうよ」
「なっ、」
何を気障ったらしいことをと照れ臭さを笑い飛ばそうとしたのに、ふて腐れた子供みたいな顔で唇を尖らせる颯真は、本気でそう思っているのだと気付く。
いつも何でもそつなくこなすし、どちらかといえば達観しているように思えるのに、どうも無自覚に気障なだけでなく、独占欲も強かったらしい。そのことに颯真自身でも気付いて戸惑っていたのは、指輪をもらう前の話だ。
あれ以来、こうしてちょくちょく独占欲を素直に表に出してくる。
「…………前にも言ったでしょ。……例えば誰かがオレのこと好きになったとしたって、……オレは颯真が好きなんだから」
普段なら絶対言わないような照れ臭くて気障な台詞を、だけど颯真を安心させたいためだけに呟く。颯真ならこういう時、びっくりするくらい真っ直ぐな目でオレを見つめてくれるけど、さすがにそこまではオレには無理で。
微妙に視線を外して紡いだ台詞に自分の方が照れてドキドキしながら颯真を伺えば、一応納得してくれたらしい颯真がいつもの顔で笑い返してくれたことにホッとして、照れ臭さを隠すように話題を逸らした。
「すっごい人だね、ビックリした」
「ホントに。こんなに人が来てたら、ホテルが埋まるのも納得だね」
来年はもっと早く動かなきゃねと、当然のことみたいに未来の約束をくれる颯真の優しさと信頼が、切ないくらいに嬉しくて、だけど胸が苦しくて頷くことしかできない。
そんなオレを優しく見つめて微笑 った颯真が、ぱふっとオレの頭を撫でて手を差し出してくれる。
「行こ」
「……手……?」
「はぐれたら困るからね」
「……」
「言ってるでしょ、いつも。誰に見られたって恥ずかしくないって」
「……ん」
「見せびらかしたいんだって、言ってるでしょ」
そう言って笑った颯真は、結局勝手にオレの手を取って駅の出口へ向かった。
*****
司が食べたいって言ってた焼きそばを買って、お好み焼きも買って。匂いにつられて唐揚げを買って、人混みの暑さに耐えかねてかき氷を買う。
あれもこれも欲しくなるけど両手が塞がる手前でやめておいたのは、手を繋げなくなるのが嫌だったからなんて。言ったらさすがに、司に笑われるだろうか。
だけど、歩き慣れない人混みの中をトタトタ歩く姿は。
控えめに言ってもとんでもなく可愛いから、正直困る。誰にも見せたくないのに見せびらかしたくて、ヤキモキするのにドヤ顔したくてしょうがない。こんなに可愛い司はオレのなんだぞって誰彼問わずに言いふらしたくなるけど、誰にも盗られたくないから隠しておきたい。
矛盾する気持ちに混乱するのはいつものことで、独占欲の強さには自分でも呆れている。
「……ねー、そーま」
「んー? どしたの?」
「かき氷、溶けちゃう」
繋いだ手をくいくい引く幼い仕草だとか、困った顔だとか。
何しても可愛いって思うのはオレの頭がおかしいせいかなと悩みながらも、自分の顔がデレデレと雪崩起こしてる気がしてしょうがなくて必死で取り繕う。
「そっか…………じゃあ、かき氷だけ、先に食べちゃおっか」
「ん」
小さな小さなサプライズを胸に秘めて、花火の場所取りをしてから、と司を言いくるめて手を引いていたのだけれど、さすがに溶けたかき氷は嬉しくない。キョロキョロ辺りを見渡して近場に空きスペースを見つけたら、司の手を引いて隅の方へ。
辛うじて形を残している溶けかけのかき氷を二人で半分こして、一瞬の涼しさにホッと息をついた。
「あっついね、ホントに」
「うん、人が多いから余計に暑いんだろうね」
浴衣を着た女子や、わざとらしく浴衣を着崩した男子。子供浴衣でぺちぺち歩く子供と、オモチャ片手に走り回って迷子を叱られる子供。微笑ましい距離感を保っているのは、中学生か高校生か。
行き交う人は様々なのにみんながみんな高揚していて、屋台の熱も相まって熱くならないと損みたいな雰囲気だ。
そっと隣に目を移したら、司が真剣な顔してほとんど水になったかき氷を口に運んでいる。
「…………司」
「んー?」
「たのしい?」
「……うん、もちろん」
伏し目がちで控えめに笑った司が、颯真は? と聞いてくれるから、なんの躊躇いもなく頷いて見せる。
「たのしいよ」
司と一緒ならどこでも、と付け足して笑えば、照れ屋な司がまるで決まり事みたいに真っ赤になるから可愛くて、----人目が多いから、やっぱり困る。こういう顔は二人きりの時だけにして欲しい、なんて思うのは心が狭い証拠だろうか。
「よし、行こっか」
わし、と司の頭を一撫でしてから、空になったかき氷の容器を近くにあったごみ袋に放り込んで、司に手を差し出す。
はにかんで笑った司は、もう何も言わずに真っ赤な顔のまま手を取ってくれるから。
その手を強く握ったら、そのまま抱き寄せたい衝動を堪えて人混みに向かって歩き出す。
「なんか食べたいのとか欲しいのあったら言ってね、止まるから」
「ん」
ありがと、とはにかむ笑顔に笑い返して、花火会場に向かった。
*****
この辺かな、と当たりをつけて人混みの中で立ち止まろうとしたのに、颯真はぐいぐい腕を引いてずんずん歩いていく。
「颯真?」
どこまで行くの、と声をかけたら、振り返った颯真がいたずらっ子みたいな無邪気な顔で笑う。
「もうちょい先」
「ぇ? でも……」
そっちは有料観覧席だよ、と声をかけたら、颯真はまたいたずらっ子みたいに。
だけど、照れ臭そうに笑った。
「ホテルがダメだったからさ……なんかないかなって思って……予約しちゃった」
ひら、と見せられたのは、有料観覧席のチケット。
「まぁ、こっちも予約したの遅かったから、あんまり良い席じゃないかもしれないけどね」
「そうま……」
「あ、大丈夫だよ、別にそんな高いとかじゃなかったから、ホントに」
「……ありがと」
無茶はしてないからね、と慌てて念を押すのがおかしくて。
そっと笑って繋ぐ手に力を込めて、颯真を見つめる。
「……忘れらんなくなった。…………その……新婚、旅行」
熱い顔の紅い色は、夜の闇に紛れてくれただろうか。
オレの言葉に一瞬呆気にとられた顔した颯真は、だけど意味を理解した瞬間にくしゃくしゃの顔して笑い返してくれた。
「よかった」
*****
有料観覧席は、とにかく凄かった。
席自体はさすがに後ろの方だったけど、座ってゆっくり見られるから誰かの頭が邪魔なんてこともないし、何より迫力が違った。
大きな花火が上がる度にそこかしこから歓声が上がって、バチバチ爆ぜる音の後に夏の暑さとは違う熱を感じたような気がして。
もしかして花火が燃える熱が届いたんじゃないかだなんて、ちょっと興奮した。
司はどうなんだろうとそっと隣を伺えば、手を握りしめて食い入るように空を見つめていて。
「……司?」
あの頃を彷彿とさせるその横顔にギクリとして、握りしめられた司の手に、そっと自分の手を重ねてみる。
「司?」
花火の合間。音の途切れたタイミングで声をかけたら。
ようやくハッとしてこっちを向いた司が、ぎこちなく笑う。
「ごめ……なんか、圧倒されちゃって」
「……」
「……ホント。……だって、近いからさ」
何かを聞き返す前に言い訳めいた言葉を紡ぐのが、動揺を現していて切ない。
「大丈夫だよ」
「……」
「オレに嘘吐かなくていいよ」
「……」
重ねた手に力を込めたら、ん、と淋しい声で頷いた司が俯いたまま
「手」
「ん?」
「……そのままでいて」
「いいよ」
ありがと、と泣き笑いの表情で呟いた司が、ゆっくりと視線を空に戻す。
「…………すごいね、はなび」
「……うん、すごいね」
「……きれいだね」
「うん」
「……すごくね……すごく、……」
「うん」
「…………、……」
言葉を探して口を開いたのに、結局何も言えなかった司の手が、ぎゅっとオレの手を握りしめてくる。
「…………となりにいてね、ずっと」
「当たり前でしょ」
「……ん」
司の目からぱたぱた雫が落ちてくのを、見ないフリして。
「いつまでだって、ずっと司の隣にいるよ」
司の指で光る指輪を、トントンと叩いた。
「約束したでしょ」
*****
最後の打ち上げ花火がバチバチバラバラ言いながら空に消えて、煙が風に流されていくのを呆然と眺める。
周りの人達がガタガタと椅子を鳴らして立ち上がって出口の方へ歩いていく音が聞こえて、ゆっくりと視線を空から地上に戻したら。
「……司」
遠慮がちな声がオレを呼んで、花火の間じゅう握っていた手がそっと揺らされた。
ん、と頷いて、空いた方の手で顔を拭う。
「ありがと」
「司……」
「誘ってくれて、ありがと」
「……うん」
ほんの少し後悔してるみたいな顔をする颯真に、そっと笑いかける。
「あのね、颯真」
「うん?」
「……来年も、来ようね」
「……でも……」
「来ようね」
「……どうして?」
辛そうだったよ、と哀しそうに呟く颯真のしょんぼりした顔を覗き込む。
「ごめんね。一瞬だけ、章悟のこと考えた」
「っ……」
「見えてるのかなって。花火も、……オレのことも」
「……」
握ったままの手に痛いくらいの力が込められるのを甘んじて受け止めながら、俯いた颯真を真っ直ぐに見つめた。
「……だったら、来年も来ないとなって」
「……なんで?」
「……ちゃんと。颯真と仲良くやってるよって」
「……つかさ?」
「……もう、……もう、ホントに。オレは大丈夫になったよって。……ちゃんと、立ってるよって。 オレは今、颯真といて幸せだよって」
「つかさ……」
あの頃、絶望するほど遠かった空に打ち上げられた花火は、あんなにも大きく----近くに見えたから。
いろんな人が決まり文句みたいに励ましに使ってた、空から見守ってくれてるよ、なんていう胡散臭い綺麗事を、ようやく理解 した気がしたんだ。
あの日のことは、たぶん一生忘れられないけど。それでも、今のこの瞬間を大切に、精一杯生きていることは嘘じゃないから。
「もう後ろめたくならない。オレが笑うこととか楽しむこととか、怒ったり泣いたり、……全部、後ろめたいことなんてないんだって……颯真が言い続けてくれたこと、やっと分かった」
「……司」
欲張りなオレは、颯真が隣にいて章悟がどっかから見てくれてるかもって実感に、ようやくホントの意味で前を向けた気がするんだ。
時々は、章悟を想って泣いたりするかもしれないし、苦しくなったりするかもしれないけど。
それでもやっと、全部に区切りがついた気がするから。
「来年は、最初から最後まで……花火行こって誘ったり、誘われたりするところから、ずっとわくわくして楽しみだと思うから。……来年も、来ようね」
「…………----だめだよ」
「……そうま?」
「まだ、今年の夏祭りが終わった訳じゃないから」
「ぇ……?」
「仕切り直しね。もっかい焼きそば買ってお好み焼き買って、……さすがに唐揚げはもういらないから、りんご飴買おう」
「颯真……」
「でっかい花火は無理だけど、コンビニで花火買って、花火しよう」
ね、と笑った颯真がひょいっと立ち上がって、オレの目の前に手を差し出してくれる。
「一回目の花火が淋しいままなんて、嫌でしょ。一回目も楽しかったって、思ってて欲しいから」
「そうま……」
「----司、夏祭り行こう。花火もあるんだって」
仕切り直しの誘い文句に、胸がぎゅうぎゅう苦しくなったけど。
一つ息を吸って涙を堪えたら、差し出された手を握り返して笑う。
「うん、行く」
返ってきたのは、花火よりもキラキラに弾けた笑顔だった。
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