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第45話 あなたと出逢って学んだこと
ニコが目を覚ますと、いつもと違う景色にハッとした。外は明るく、エメラルドグリーンの海が窓から見える。
そして窓とは反対側を見た。バーヤーンがニコに抱きつく形で寝ていて、目を閉じていてもその整った顔に、綺麗だなぁ、とぼやく。
長いまつ毛は目元に影を落とし、肌はサラサラしていてシミひとつない。こんなに間近でしっかり見ることがなかったから、もう少し眺めてみることにする。
グレーブルーの髪は長いけれど、大きくうねっていて彼の野性的な性格を表しているようだった。今は若干汗で濡れていて、少しパサついているように見える。
愛しい恋人。普段の彼からは想像できないくらい寝相は大人しくて、生きているのか心配になるくらいだ。
「……」
ニコはそっと彼の心音を確かめる。──よかった、生きている。
「ちょっと、無茶させちゃいましたね……」
あれから、インキュバスのニコが満足するまで彼は付き合ってくれたのだ。最後はお互い気を失うように寝たけれど、夕方から一度夜になり、再び太陽が見えるまで続けていたのはさすがにやり過ぎかなと反省した。
でも、やはり五年間飢えを感じなかったとはいえ、久々の精気はニコの身体を何度も絶頂させるほど美味だった。そういう意味でも今は本当に満足していて、静かに眠るバーヤーンを微笑みながら眺める。
そして感じるのだ。自分の中に自分とは違う命の灯火が宿るのを。
でもこれはまだ彼には内緒にしておこう。幸せ過ぎてニコが先走っているだけかもしれない。
「バーヤーン、好きです。これからもよろしくお願いしますね……」
「……こちらこそ」
「……っ!?」
不意に目を閉じたバーヤーンから返事がきて、ニコは慌てて顔を隠した。するとクツクツと彼の身体が揺れる。
「お、お、起きてるなら言ってくださいよ!」
「ニコから甘えてくるなんて滅多にないから」
そう言われて頭にキスを落とされ、ニコはますます隠れたくなった。彼のしっかりした胸に頭を付けると、優しい手つきで頭を撫でられる。
「……さすがに疲れた」
「う、すみません……」
そう言いながらも頭を撫でるのを止めないバーヤーンに、ニコはどうしたらいいのか分からなくなった。さらに彼はニコの頭に顔を近付け、すう、と匂いを嗅いでいる。
「……ん、匂いが戻ってる」
「え?」
ニコは本当に無自覚なので不思議なことだけれど、今はほんのり匂いがしているらしい。五年間、バーヤーンを避けようとしていた頃はしていなかったのだとすれば、やはりニコの心理が働いていたのかもしれない。
ニコは顔を上げると、微笑んだバーヤーンと視線が合った。疲れて眠そうな顔をしているけれど、彼の機嫌はすごくいいことが分かる。
「もうちょっと、このままで」
そう言ってバーヤーンはニコを抱きしめ直し、微笑みながら目を閉じた。その幸せそうな表情に、ニコも胸が温かくなる。
「はい」
ニコは小さく返事をし、彼の胸に擦り寄った。
◇◇
──一年後。ニコとバーヤーンの間には、双子の男女の子供が産まれていた。ただでさえ確率が低いインキュバスの妊娠なのに、さらに双子とあって、王族も市民も大喜びだった。
世継ぎがいないと心配していたニコはホッと一安心だ。妊娠中の体調不良もあってバーヤーンとの結婚式は遅らせたが、双子をショウとリュートに預け、結婚式の始まりであるパレードは今までにない盛り上がりを見せる。
魔界のパレードには、結婚に反対する者は襲撃してもいいという風習があった。しかしニコはその持ち前の魅力と誘惑の魔力で、一切襲わせることなくパレードを終える。後世まで語り継がれる、魔界史上初の無血結婚式を成し遂げたニコたちは、魔界全土から好かれる君主となった。
ちなみに初めての孫を抱いたリュートが、孫のかわいさのあまり、目尻を下げ鼻の下を伸ばして「おじいちゃんでちゅよー」とあやしていたのはニコを十分に引かせた。そして、この子たちを泣かせない世界にします、とリュートを遠い目で見ながら宣言する。やはり孫に目がないのは、誰もが陥る共通項なのかもしれない。
「ニコ」
呼ばれて振り返るとバーヤーンがいた。両腕に双子を抱えてにこやかにやってくる。その姿にニコも微笑んだ。
バーヤーンは意外と子煩悩だった。弟たちの世話を思い出す、と楽しそうに子供たちをあやすその顔はしっかりとした父親だ。双子の弟を亡くした俺に、双子の子供ができるとはなぁ、と笑っている。
「子供を連れて仕事ができる環境が欲しいな。あと、急に仕事ができなくなった時の支援も」
「そうですね。早急に魔界全土にも通達し、みなさんの意見を聞きましょう」
ニコの目下の目標は、魔界をホワイト社会にする、だ。人間界のいいとこ取りをして、住みやすい魔界を目指そう、とたびたび人間界にも研修旅行に行っている。
「それもいいが、あんまり張り切りすぎるなよ? 産後の肥立ちもよくなかったってのに……」
「もう回復してますよ」
子供が産まれてからというものの、あの好戦的だったバーヤーンはどこへやらだ。さすがのニコも、出産で受けたダメージは大きかったのが、バーヤーンを心配性にさせたらしい。
守りたいものがあると、弱点にも強さにもなる。ニコは彼と出逢ってそれを学んだ。だからニコは、この双子の子供たちにも、教えてあげたいと思う。
悲しむ魔族が、一人でも減りますように。
ニコはそう願って、バーヤーンと子供たちに親愛のキスをした。
[完]
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