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明かされた記憶10

 それから後は覚えていない。  記憶ってのは便利に出来ていて、最悪なことは忘れさせてくれる。  しかし、あの行為が中学まで続いたのは知っている。  ビデオに撮られたこともある。  その使い道は聞いてない。  旅行先のホテルで襲われたこともある。   中学二年で母は離婚した。  原因は一つ。  目撃したから。  母が留守の間だけでは我慢仕切れなくなった父は、夜中に部屋を訪ねるのが習慣化していた。  きっかけ一つで暴かれる。  母はショックで家では一切口をきかなくなり、数日後離婚届を持ってきた。 「哲、教えてちょうだい」  荷物をまとめて、玄関でそう言った。 「父さんのせいよね。あなたは、悪くないわよね」  カタカタ震えていた。  涙を浮かべていた。  そんな母が可哀想だった。  父に裏切られ、子供は変わり果ててしまったのだ。  頷きたい。  だって、真実だから。  だが、父の視線が背中に突き刺さった。  息が詰まる。 「哲……!」 「母さん、ありがとう」  そして一歩下がった。  肩に置かれていた母の手が離れる。 「哲?」 「おれにも責任あるんだ」  沈黙。  これは、別れの挨拶。  父の笑い声が聞こえた気がした。  ほら。見ろ。  哲はお前を選ばなかった。 「そう……そうなの。じゃあ、母さん行くね」  裁判にだって出来た。  母を味方につければ。  でも、それじゃ解決しない。  玄関が閉まる。  ばいばい、母さん。 「哲、こっちおいで」  少年の足は台所へ向かう。  ばいばい、父さん。  紅乃木は類沢に組み伏せられながら、全てを思い返した。 「担任呼んだから。そのナイフだけでも退学決定だね」  なんで今なんだ。  類沢を見上げる。  父みたいに笑ってるんじゃないかって。  違った。  彼は、凄く切なそうに顔を歪めてる。 「……殺されなくて悪いね」  ああ、そうか。  類沢は父とは異なるタイプだ。  簡単に人を壊さないし  簡単に壊れない。  ズルい人間だ。  紅乃木は声なく笑った。 「なに?」 「いや……先生って思った以上にまともなんですね」  類沢の力が緩む。  今なら逃げられるかも。 「そんなことないね」 「アカ!」  入り口から声が響いた。 「みぃずき?」

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