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任された事件05
放課後、保健室を見に行くと、類沢が一人だった。
少し開いた戸から中を見る。
机に向かい、ペンを滑らせている。
仕事している姿は久しぶりだ。
忙しそうだ。
俺は玄関に歩いた。
なんてこと。
なんてことに気づいてしまったのか。
仕事もあるのに、あの日俺の世話を何から何までしてくれたなんて。
屋上まで探しに来て、手当てをしてくれたなんて。
下駄箱にもたれかかる。
眉間に皺を寄せて、難儀な書類を片付ける彼を思い出す。
目を閉じて、また開ける。
明日、もう一度話してみよう。
類沢と。
お礼、云わなきゃ。
翌日の昼休み、俺は化学準備室の扉に背中をつけて、泣いた。
保健室に不在だった類沢が、ここに入るのを偶然見かけてついて行ったのだ。
そこには雛谷が待っていた。
俺は鳥肌を押さえて扉の影に隠れた。
そして、二人の会話を聞いたんだ。
「元気そうですね、雛谷先生」
薬品の棚に向かっていた雛谷が手を止める。
入ってきた白衣を見て、あからさまに嫌悪を示した。
「やっぱりアナタは最低ですねぇ」
「どうかな」
ガタン。
一歩近づいただけで、雛谷は後ずさり机にぶつかった。
その様子に、類沢は苦笑する。
「何に怯えてるんです?」
「あ……判らないでしょうねぇ? 犯された者の気持ちなんて」
間が空く。
「経験でもあるのか?」
類沢から敬語が消えた。
だが、不思議にもその方が口調が柔らかく響いた。
「誰にも……誰にも云わなかったことですよ。くく、噂ってのはアテになりませんよね。類沢先生?」
「二年前の噂か」
「あれは出鱈目ですよ。部活が終わって、中峰という男子が残ってねぇ……襲った? 冗談じゃない。襲われたんだ」
類沢は黙って耳を傾ける。
「卒業したけどね。して良かったぁ……二度とあの面を見なくて済んだんだから。卒業式の後に、あの男の記念品に硫酸をかけちゃって……ふふ、左手は焼けただれてたなぁ」
遠い目をして語る。
だが、ふとその目に影が差した。
「まさかアナタが、自分の手を汚さずにあんな手段に出るとはね」
「嘘をついたら許さない、そう言ったからね」
重い沈黙が流れる。
「このまま終わると思うなよ」
雛谷が聞いたことのない低い声で毒づく。
「おや、終わらなくていいんだ?」
冷たい声が反逆する。
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