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任された事件15
ホテルから出て、指定場所に戻る。
掌には一万円が握られている。
ネオンの中を虚ろな目でふらつく。
全身が痛み、ビルの壁にもたれた。
皺ついた札を見下し、指をかける。
ビリ。
「いらない……」
ビリビリ。
粉々になった紙片を道に落とす。
吹かれて散れ。
証拠を消すように。
「瑞希?」
類沢が俺の顔を見るやすぐにコートを脱ぎ、被せてくれた。
冷たい腕に触れ、眉を潜める。
「なんでそんな格好で」
「……俺の服、破かれちゃったんで」
嘘じゃない。
昨日の行為に皮肉を込める。
「あんたの服ならどうなっちゃってもいいかなって」
「あのさ、瑞希」
俺の肩を掴み目線を合わさせようとする。
俯いたままの頬に手を添えて。
それでも顔を上げたくなくて。
「なにかあった?」
あぁ、なんで。
こんな時にだけ教師の仮面をつけてしまうのだろうか。
喫茶店に入り、類沢がホットコーヒーを二つ注文した。
ウェイターが来るまで沈黙が続く。
シャワーは浴びたが、まだ臭いが残っている。
そう感じて、また俯いてしまう。
こんなことをしていれば、何か隠してるなんてすぐにバレてしまうだろう。
コーヒーが来た。
その器を指で触れても、熱さを感じない。
さっきまで、冬の寒さを感じなかったように。
色々なものが麻痺し始めている。
以前の俺なら、こんな格好で男に捕まったりなんかしない。
会話だって普通に出来る。
理由なんてわかってる。
だから、見返してやりたかったのかもしれない。
ほら。
俺はあんたのものじゃない。
簡単に逃げられるんだって。
「……瑞希」
あぁ、呼ぶな。
呼ばれたらブレてしまう。
後悔してしまう。
なんて馬鹿なことをしたんだって。
理性が気づいてしまう。
類沢は煙草を取り出そうとして、途中でやめた。
じっと視線を感じる。
「あの人誰かな?」
ビクッ。
つい反応してしまった。
「瑞希と一緒にいた人」
見てたのか。
いや、ホテルを出る時周りに人はいなかった。
狭い路地だったし。
しかし、心臓は早鐘を打つ。
バレた。
そんなわけはない。
目線が泳ぐ。
コン。
類沢が音を立ててカップを置いた。
黒の液体が不穏に揺れる。
「瑞希は嘘もつけないんだね」
誰かに同じことを言われた。
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