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質された前科16

「一回だけ、病院で紅乃木って呼ばれてたおっさんを見かけたんだ。本人かはわからないけど」 「顔は覚えてる?」 「一応は」 「はい」  類沢が紙とペンを渡す。  受け取って、首を振る。 「いやいや、ムリだから」 「覚えてる限りでいいから」 「絵とか下手だからっ」 「誰が絵って云ったの? 特徴を箇条書きで書きなよ」  あ、そういう。  オレはほっとしてペンを握る。  そうだ。  彫りは深かった。  目の下は角張ってて、髭はない。  眉にかかる程度の髪の毛。  背は真っ直ぐだった。  年齢は五十前半。  あとは、なんだ。  類沢は観察するようにメモを眺めている。 「異常な癖とか無かった?」 「癖?」 「なにかあった?」  記憶を手繰る。  どこか独特だった。  なんでだっけ。  仕草、とか。  雰囲気とか。 「そうだ、なにかとほっぺをトントン指で叩いてた」 「いつも?」 「まさか。苛々したとき決まって、そうやってた」 「苛々、ね」  類沢はタバコに火を付けた。  灰皿を寄せる。  まだ、少し灰が残ってる皿を。  今は亡き、瑞希の父親のだ。  同じ父親で、なんて違う。  切なくなる。  子は生まれる家を選べない。 「類沢せんせ、さ」  煙草の煙を追うように視線を泳がせてから、類沢がこちらを向く。 「瑞希のことどう思ってんだ?」 「恋人」 「からかうな」 「じゃあ、可愛い弟」 「はあ?」  類沢は転がるような笑い声を上げる。  冗談かどうかもわからない。 「なら……」  間をおく。  眉をクッと上げ、折り曲げた人差し指を軽く噛む。  何か、迷うような、試すような曖昧な表情をして。 「玩具って言えば納得する?」  光ったのは蒼い瞳。  オレは口を開けなかった。  それこそ息も忘れるくらいに。  だって、その時の類沢は余りに穏やかで、切ない眼をしていたから。  なにを言うべきか。  なにを云ったらこの雰囲気を壊さずに済むのか。  そんなことを考えてしまう程に。 「なんてね」  スッと目線が外れる。  オレは大きく息を吸い、吐いた。  頭がぼーっとしている。  なんていう感覚だっけ。  たった数秒が一時間に感じられた。  そしてその数秒にオレは気づいてしまったんだ。  多分、瑞希はまだであろうこと。

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