195 / 238

晒された命11

 類沢の高らかな笑いが響く。 「馬鹿だね、お前も」 「なんで笑うんですか?」  雅樹はハッと口を押さえた。  あの頃のように敬語に戻ってしまった自分に驚いて。  だが、今の笑いを聞いてタメ口をきけるような度胸は無かった。  鳥肌が立っている。 「そうまでして何に縋りつきたいの?」  言葉が詰まる。  自分が優勢なのに。  雅樹は釘を指に押し付けた。  血が出るほど。  赤い血を見下ろし、類沢は唇の端を持ち上げた。 「まだ自虐は治ってないんだ」 「煩い!」 「大声出すと瑞希が起きちゃうんだろ?」  雅樹は歯を食いしばって、かつての教師を睨みつけた。 「あの男が死んでも良いわけ?」 「それだけは嫌かな」 「なっ……」  類沢の目から光が消えていた。  鋭く睨みつけられ、目を合わせていられなくなる。 「他の誰かだったら壊されても構わないよ。お前がどうしたって好きにさせてあげる。でも瑞希だけは嫌なんだ。触らせたくないね、そんな汚い手なんかに」  ガッ。 「どこまで人を馬鹿にするんですかっ!」  肩に釘が食い込む。  頭に痛みが貫き、汗が流れる。  だが、類沢は表情一つ変えることはなかった。  哀れなものを見るように、雅樹を見下ろしていた。 「……お、俺は」 「気が済んだ? さっさと出て行って二度と現れないでくれる?」 「ふざけんなっ! 自分がしたこと全部棚に上げといて」 「僕にどうして欲しいの?」 「云ったじゃないですか! 裁判に負けてあの男と」 「そしたら満足する?」 「するわけないじゃないですか!」  空気が波打つ。 「…見て下さいよ」  袖を捲る。  沢山の痣で蒼くなった肌が蛍光灯に照らされる。 「それが僕がやった【虐待】?」  類沢は副本の内容を思い出しながら問う。 「あんたを訴える為に二カ月準備したんです。ホラ、脚も。腹も。背中も全部」 「自虐がお好きなお前らしいやり方だなって思ってたけど」 「煩いなっ! 診断書も用意出来たし、絶対裁判は俺が勝つんです」 「なら何でわざわざ瑞希を拉致する意味があったの?」 「……」 「大体そんなもの証拠にしても信憑性なんて低い。判決を揺るがす程じゃない」  ギチ。  ギチ。  釘が肩に刺さってゆく。  今すぐ蹴り飛ばして止めることも出来たが、類沢は壁にもたれ、敢えてしなかった。

ともだちにシェアしよう!