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最初の事件10
「あ……」
間近で見た忍の眼は少しだけグレイがかって、徐々に開いていく瞳孔はこちらの心臓を鷲掴みにする迫力がある。
瞬きもしないまま数秒。
「……なんだよ。夜中のトイレくらい一人で行けよ。眠いんだよこっちは……誰かさんのせいで、な」
忍はおぼつかない声でそう言うと、重そうな瞼を閉じて寝返りを打った。
布団を引き寄せて剥き出しの肩を包む。
「しの、ぶ?」
「だから、なんだよ」
オレは上手く喋れなかった。
なにを聞きたいかもわからなかった。
いや、怖かった。
それを言ったことで忍がそれに触れるのが怖かった。
異性にだけすべき行為。
恋愛対象にすべき行為。
オレは震える手で口を押さえる。
ほんの束の間温もりを感じた。
急いで洗面所に走る。
その後ろで忍がオレを呼んだのがわかったけど、振り返れる顔じゃなかった。
「あ……ありえねえ」
鏡に両腕を突いてもたれかかる。
ドクドクと脈打つ音が聞こえる。
腕に振動が駆け巡る。
忍にとっては夢かもしれない。
だがオレにとっては確かな現実。
冷たい水で顔を洗う。
濡れた頬をそのまま手で覆い、眼を閉じた。
なにをしてんだ。
なにをしたんだ。
柔らかい唇とその奥の湿った感触が生々しく蘇り、冷ましたはずの肌が熱くなる。
そして、悪寒がした。
あの日から。
体育館で声をかけた時からずっと抱いていた形のない気持ちが突然姿を得たようで。
それはオレ自身操れないほど危ういもので、そのことだけはわかるから。
「オレ……忍が好きなんだ」
多分、忍が言った好きとは違う言葉。
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