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体を売るなら僕に売れ04

 この部屋にいるのも慣れてきて、少し行動が大胆になる。  机の引出にウズウズする。  玄関を確認し、類沢が来る気配が無いと判断して取っ手に指をかける。  ギギ、と小さく軋んだ。  主人以外を拒むように。  しかし、それからはスッと引き出せた。 「わぁーお」  声を上げてしまう。  整然された、というか。  これしか入ってないのか、というか。  眼前にはハンカチと手紙が数通。  それにメモリースティックが二本。  ペンも転がっている。  引出の地が見えるくらい少ない中身に些か残念感が漂う。  でも、これが類沢なんだ。  そう納得する。  無駄なものは留めない性格なんだろう。  自分の部屋を思い出して赤面する。  なんと散らかってたことか。  手紙を一つつまみ上げる。  跡すらつけちゃいけない気がして。 「……弦宮……麻那?」  マナ、の発音が自信ない。  珍しい名前だ。  丁寧な筆跡で、類沢雅様と綴られている。  ラブレターかな。  悪戯心が疼く。  耳を済ませる。  まだ帰って来てはいない。  解かれた封に指を入れる。  一枚の紙が出てきた。  それを開いた瞬間、俺は手紙を元に戻した。 「ただいま、瑞希」  玄関が開いたから。  急いで引出を閉め、ベッドに倒れ込む。  俺は寝てた。  寝てたんだ。  なにもしてない。  頭でグルグル言い訳して。  ガサガサと買い物袋の音がする。 「軽い夕飯買って来たんだけど……って瑞希?」  ようやくリビングにいないのを悟った類沢が此方に歩いてくる。  あぁあ、やっぱりベッドはダメだったかも知れない。  普通にタンスの前で着替え探してた、とかなら良かったかな。  寝息を立てながらも心臓はバクバクしている。 「寝ちゃった?」  穏やかな声が尋ねる。  はい、寝てます。  そう返したくなるのを我慢して、演技を続ける。  溜め息を吐いてから類沢はベッドに近づいて来た。  ヤバい。  バレてる?  さらに心拍数を上げる。 「僕も寝かせて」  そう言って、類沢は隣に倒れた。  目を開けられないが、多分すぐ隣。  この距離感は怖い。  俺は指一本動かせなかった。  不意に睫毛を撫でられる。  目尻に沿うように。  ギュッと眉を寄せると手は離れた。  代わりに唇に触れてきた。  親指でなぞられる。  それから、違うものが重なった。

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