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体を売るなら僕に売れ07
閉店後、一夜と三嗣と掃除に行く。
「宮内って何者?」
「ええ?」
丁寧に鏡を磨いていた手が滑る。
折角跡がないようこだわっていたのに、斜めにタオルのラインが残る。
「どういう意味……?」
「類沢さんの親戚かなんか?」
「もしそうだとして、親戚が借金の仇に働かせますかね」
「だよな」
金縁も綺麗に拭う。
使い方が良いから水垢も少ない。
自宅や学校の水道とは訳が違う。
「なんで?」
「あんなに類沢さんが気にかけてるから」
「恋人ですか?」
ガタン。
脱力して思い切り肘を打った。
「三嗣、ブラシは終わったのかよ」
腕まくりをした三嗣がピョコと顔を出す。
「もっちろん」
「三嗣……今のなんの冗談?」
俺は肘をさすりながら確認する。
幻聴だと願いながら。
「だから、瑞希さんと類沢さ」
「お前ちょっと黙れ」
一夜が口を塞ぐ。
端から見てもわかる。
鷲掴みするような容赦ない仕打ち。
ムガムガと抵抗する三嗣。
「バカの発言は忘れていいから」
「そこまでしなくても……」
苦笑いしてタオルを洗う。
あんまり汚れてない。
「ぶはっ。いち兄酷くねっ?」
「目上の人に云って良い冗談とダメなもんがあんだろ」
「う……」
俺は鏡で二人を見る。
一夜は兄って雰囲気が滲み出てるな。
三嗣は逆に弟って感じだ。
微笑ましい兄弟。
千夏はどんな顔してこの二人と喋るんだろうか。
「実際どうなんすか?」
「なにが?」
一夜の光る眼を見ないフリして三嗣が囁く。
「類沢さんの恋人な」
「僕の恋人がなんだって?」
あ、三嗣倒れた。
類沢がカツカツとトイレに入ってきたのだ。
あまりにタイミングが良すぎる。
一夜は三嗣を助け起こしながらも、殺しそうな勢いだ。
「すみません、弟の失言が」
「瑞希、行くよ。終わった?」
まるで二人などいないように。
俺はバツが悪くなり、急いで片付けを済ませる。
出て行く時に、ぺこりと二人に礼をした。
「やっぱり……」
「云うな」
一夜は掃除道具を整理する。
眉を寄せながら。
「いち兄だって!」
「うるせぇな。マジな話だから触れんなって意味だろ」
「え……」
三嗣は目を丸くする。
それから真意を汲み取り口を開ける。
「頼むから普段通りでいてくれよ、類沢さん」
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