164 / 341

俺は戦力外ですか20

 クシャ。  資料の一枚を取り出して、震える手で握りつぶす。  ネイルの赤色が紙に跡を残した。 「こいつがなに? 正直顔を見るだけで吐き気がするのよね。あれから黄色の服も一切着なくなったくらいよ。お気に入りのドレスもあったのに」 「今度こいつらが新宿に進出して来ているらしい」 「ありえない」  蓮花は笑いながら煙草に火を点けた。  彼女の好きな銘柄。  気丈そうに振る舞いながらも、吐く白い息は不安そうに揺らめく。 「まさかと思うけど、秋倉が裏で絡んでるんじゃないでしょうね。糞狸と陰湿烏が何をたくらんでるっていうの」 「糞狸、ね……くくっ」 「笑ってる場合じゃないでしょ。まさか、雅? 前の騒動からまだ何週間よ。聖だっけ。あの馬鹿少年が今頃になって再発してきやがってさ」  酒が入った蓮花の口調はいつにもまして荒い。  病原菌ではないのだから再発なんて表現しなくてもいいだろう。  だが、それは春哉の気持ちをずばっと示してくれるものでもあった。 「そのバカ青年だがな、仲間の玲の方が消息がつかめないんだ。あいつだ。雅に薬打ちやがった野郎。お前の方に情報は流れて来てないか」 「来たら云うわ」 「そうだな。まあ、とにかくお前も現状が少しはわかっただろ。シエラの危機は内部だけじゃない。外部からも危険が迫ってきている」  二人は数瞬目配せをしてから、席を立った。  蓮花が先にリビングから出る。  そして建物の一番奥の寝室に踏み入れた。  中央を占めるキングベッドに眉を潜める。 「また買ったの? 今度はいくらよ」 「五本分くらいだ」 「何の話?」 「ルイの話だ」  ベッドを素通りし、蓮花はクローゼットを開いた。  そこには一切衣類はない。  収納のためにあるべき空間は、書斎に続いている。  設計から春哉が手掛けたこの家だからこそありえた隠し部屋というところだ。 「久しぶりね。なんにも変ってない。ここだけは」  家具マニアの春哉にしては珍しいほど何もない一室。  机と椅子が二組壁に向いて据えられている。 「道具は?」  隅に置かれた木箱を指さす。  蓮花は中身を確認してふっと笑んだ。 「相変わらずイイ選択するのよね。で? 内通者はどの馬鹿なの?」 「愛だ。一時間後に連れてくるから好きにしろ」 「はあい」

ともだちにシェアしよう!