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あの店に彼がいるそうです06

 それから二週間後の昼下がりだった。  八人集が一同集まり、篠田の部屋で一つのテーブルを囲んで立ち並ぶ。 「ここに入れるなんて思わなんだな」  吟が黒いハットをずらして呟く。 「どうせならパーティとかで呼ばれたかったけどな。カスタムパーティとか」 「おやおやおや。空牙氏……それでは篠田氏がホストになってしまいますではございませんか」 「我円の兄さんは細けぇんだよ」  バチバチと見えない火花を間で浴びる伴が、救いを求めるように篠田に言葉を促す。  雛谷と紫苑は壁際で様子を見る。 「ああ。とりあえず集まってくれたことに礼を言う。一人足りないわけだが」 「ないと思うけど、後釜はいらないよ~? 類沢さん以外考えられないからね」 「空斗……」 「わかっている。俺もそのつもりだ。あいつ以外はここには呼ばないさ」  全員が微かに頷く。  伴や空牙が新参とはいえ、これ以上メンバーが増えることはないと皆黙認していた。  各店から二人ずつ。  それが一番丁度良い。 「雅が見つかったんじゃな」  吟の言葉が部屋を波打たせる。  静かに唇を舐めた。  ここでの発言は重い。  だからこそ。  篠田は短く息を吸った。 「来月シエラを手放すことにした」  六人が瞬きすらせず固まる。 「経営に関しては、紅乃木と愛に任せることにした。俺はオペラを開業する」  まだ動揺が波打っている。  我円が口に手を当てた。 「これはこれは……予想外の発言では御座いませんか、篠田氏」 「恵介が移籍した途端なんてね~。まあ、そろそろだとは思ってたけどお」 「なぜ今なのか、聞いてもよいか?」  吟がじっと答えを待つ。  四十年間、歌舞伎町から離れなかった老師は、静かに決断を見つめていた。  そこには非難も肯定もない。  ただ、去る者の理由だけ伺いたいと。  そんな空気を携えて。 「オペラには、類沢さんが必要だと思っていましたけどね」  紫苑の言葉に賛同の視線が重なった。 「ああ。俺もそう思っていた。あいつがいなくなって、冷静になったんだろう。類沢ありきの夢なんて、歌舞伎町一のホストクラブチーフらしくないだろう?ってな」  ふふっと伴が吹き出した。  それを父親の我円が諌めるが、彼の目も微笑んでいた。  そうだった。  古株の二人が頷き合う。  類沢雅が来る前の篠田春哉という人間は、こういう男だった。

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