1 / 1
「好意の萌芽と恋の崩壊」
僕たちは、箱庭の中で遊ばされる、人形のようなもの
そこには厳重に鍵がかかっており、外の世界は見えない
見ようともしない、見たくもない
だってこの箱庭は、とても美しいから
美しくて、時に恐ろしい
此処が、僕たちの世界なんだから
+++++
爽やかな陽が差す朝。
大きな鏡に向かってパタパタと化粧をしている少年と、ベッドでまだ眠そうな目をこすりながらもう片方の手で眼鏡を探している少年。
ふたりが、この部屋には居た。
「寧、ボクはもう準備終わるよ。牛乳入れようか?」
鏡に向かっていた少年…解(かい)は、ピンク色の髪をツインテールにしながら、まだ布団を恋しそうに握りしめている少年に話しかける。
「ん〜…コーヒーがいい」
寧(ねい)は気怠げにそう言うと、銀縁の眼鏡を掛け、やっと起き上がった。
小さく欠伸をしながら、寝癖かパーマか判断のつかない緩くウェーブのかかった髪をセットしに、鏡へ向かう。
おはよう、と互いに挨拶を交わし、入れ違うように解は台所へと向かった。
「寧、ほんとはあんま、コーヒー飲んで欲しくないんだけどなぁ」
そう言いながら、パックのアイスコーヒーをマグカップに注ぐ解。
「なんで?」
「いや、寧の口臭くなったら、ボクやだもん」
髪のセットを終えた寧が、台所に入ってくる。
「ちゃんと歯磨きするから、大丈夫」
ありがと、と解からコーヒーを受け取り、寧はカップを傾ける。
コクンと飲み込むと上下する喉仏と大きく開いた首元に、解は釘付けになる。
「…ん、何?」
いつの間にかカップを空にしていた寧は、解の視線に気づき少し笑った。
解は慌てて目を逸らし
「歯磨きと…あと洗顔も、忘れずに!ボク、役員会あるからもう行くね」
そう言って、台所を出る。
学生鞄を肩に掛け、服装などの最終チェックに全身鏡へ向かった。
ピンクのセーラーワンピースに、ピンクのカーディガン、もちろん靴下も、アクセサリーも、すべてピンク。
メイクも完璧だ。右目にしている眼帯も、アクセントになっている。
うん、ボクは今日も、カワイイ!
ピンクの靴を履いて部屋を出ようとすると、背後から愛しい声が掛かる。
「いってらっしゃい、また教室でね」
解は、愛する寧と寮では同じ部屋、学校では同じクラスであることの幸せを噛み締める。
「うん、寧も遅れないように!」
そう言って、部屋を出た。
解が晴れやかな気持ちで校舎を目指して歩いていると、ひとりの男が前から歩いてきた。
少年のようだ。見たことがない子だ。
しかし解はその少年に対し、大きな違和感を抱く。
(…寧に、似てる……?)
すれ違う瞬間、それは確信に変わる。
(似てるんじゃない、寧と一緒だ、そうだ…目の形、髪型、肌の色、それ以外が、まったく寧と一緒なんだ…)
背筋がゾッとし、鼓動が高鳴る。
その少年は、解の方を見ようともせず、後方へ歩き去って行った。
何かが、壊れそうな予感がした。
+++++
この学校は、どこかおかしい。
寧はくだらない授業を聞きながら、頭の隅でぼんやりと思った。
昨日、教師に犯された。
化学の教師に、放課後、化学準備室で。
文化系とは思えない強い力で全身を拘束され、無理矢理最後まで犯られた。
そんな次の日に普通に登校している自分もおかしいのかもしれないが、実は学校でそういった目に遭うのは初めてではなくむしろ頻繁で、変な話いちいち気にしていたら身が持たなかった。
ただ、事後に擦り切れるほど身体を洗った。
他人に触れられた自分の身体が我慢ならない。
寧は元来潔癖症であったのだ。
「この学校はおかしい」
そう思うことで、寧はなんとか気を保っていたのであった。
寮で同室の解という少年が、寧の心の支えだった。
解は寧がどんなに汚れていても、笑顔で受け入れてくれる。
学校でレイプされていることを打ち明けてはいない。
それは一種の見栄からか。
寧はせめて、解に対しては格好良い男でありたかったのだ。
「寧、今日部活は?」
「…ないよ」
放課後、テキストを鞄にしまいながら話しかけてきた解にそう答えると、解は、あれ…?と不思議そうな顔をする。
「今日なんか、大事な日じゃなかった?化学部」
「…あぁ、そう、実験報告ね。あれ無くなった」
寧は少し良心が咎めながらも、解に嘘をついた。
昨日犯されたばかりの化学教師に会う気になれず、部活をサボろうと考えていたのであった。
「そうなんだ。ボクは柔道部の練習と、その後役員会に顔出すから、ちょっと遅くなるよ」
「わかった。じゃ、後でね」
ニッコリ笑って手を振りながら教室を出て行く解に、寧はひらひらと手を振り返す。
解はいくつかの部活と生徒会の掛け持ちで、いつも忙しそうにしている。
その間に寧は、解の知らない所で、汚い男達の手で蹂躙されているのだ。
「ねーいちゃん、これからひまぁ?」
寧が教室を出ると早速上級生が声を掛けてきた。
「…暇じゃないです」
寧は冷たくそう言い、男の横をすり抜けスタスタと歩き始めた。
「つれないなぁ寧ちゃん、可愛いなぁ…ほんと、
そういうとこがたまんねんだよ」
男の声が低くなったと共に、寧の身体に衝撃が走る。
「…うっ」
寧の身体から力が抜け、気を失ったところを別の上級生が受け止める。
「あらあら寧ちゃん、気分悪いのね」
首謀の男はそう言って、スタンガンを片手に笑っていた。
目が覚めると、寧は丸裸にされていた。
犯される時によく使用される体育館倉庫、その真ん中の柱に、後ろ手に縛られ括り付けられている。
…今日もか。寧はただそう思った。
はやく終わらないかな。はやく帰って風呂に入りたい。課題をやりたい。
解に…会いたい。
「あ、起きてる起きてる」
そう言って、先程の上級生が二人入ってくる。
寧の全身を舐め回すような視線に、寧は恥部を隠すように足を閉じる。
「だめだめ寧ちゃん」
男達は寧と視線を合わせるように座り込むと、一人が寧の足をガバッと開かせる。
「…っ、」
寧は何度犯されても慣れない恥部を見られる恥ずかしさに、歯を食い縛った。
「へぇ、これが評判の寧ちゃんのクリちんぽかぁ」
意外と大きいね、そうからかいながら首謀の男が寧のモノを指で弾いて遊んだ。
「…ぁ、」
寧が敏感に反応してしまうと、男は「へぇ…」と真面目な顔になり、大きな手で寧のモノを握り込む。勃起を促すようにするすると扱くと、段々と育ってくる寧のモノ。
亀頭をくりくりとなぞり、割れ目をくちくちと弄ると、先走りが漏れてくる。
「なんだ寧ちゃん〜俺でも感じちゃうんだぁ」
男の言葉に寧はなみだ目になるが、反論しようとはしない。
下手に暴れると、更に疲れることが分かっているからだ。
「ガムテあるだろ。足固定しろ」
首謀の男がもう一人に命じると、寧の足はガムテープでぐるぐる巻きにされ、M字に開脚する形で柱に固定されてしまった。
足を押さえていた男は自由になったので、寧の愛撫に加わり乳首を指で転がし始めた。
「あ、…っう、ぅ」
寧の半開きの口から小さな喘ぎ声が漏れる。
その時
「は、ぁ…っ!」
自分の下半身から目を逸らしていた寧は新たな刺激にビクンと仰け反った。
恐る恐る恥部に目を向けると、後ろの"穴"に首謀の男の指が、もう二本も入っていた。
「寧ちゃんのまんこ意外とキツキツなのね」
可愛い〜と言いながら、男は指をくにくにと動かす。
「あぁ、あ…っ」
寧はたまらず高い声を上げた。
その反応に気をよくしたのか、男は指を激しく動かし始めた。
透明な液体が飛び散り、尻周りの肉が、ぷるぷると震えた。
その時もう一人の男の手が寧のモノに伸び、愛撫を始めた。
寧は悲鳴に近い声を上げる。
「あ、だめ、だめ、ぇ…!」
もう一人の男にはモノを扱かれ、首謀の男には手マンをされ、寧はもう限界だった。
「…ぃ、イク…っ!」
その瞬間
「だーめ」
「え…っ…?」
下半身の違和感に寧が視線を落とすと、自分のモノに見慣れぬ器具が嵌められていた。
「コックリングって言うの。寧ちゃん、これで射精できないね」
イイトコロで射精を堰き止められた寧は、切れ長の目からなみだを流しながら懇願した。
「いや…いや、だ…イかせて…っ」
「泣いちゃった!可愛い〜〜」
「な、んでもっする、から…っお願い…」
「ふーん、じゃあ、ナニしてもらおっかなぁ〜」
男はニヤリと笑い、そこから寧には地獄の時間が待っていた。
手は後ろで縛られたまま柱から解放された寧は、男達のモノを舐めさせられ、アナルを激しく突かれ、男達が隠し持っていたバイブや電マで責められた。射精することを許されないまま。
「ぅ、ぐぅ…っう、ぅ…!!」
「すげー、バイブと電マのダブル攻撃めっちゃ気持ちよさそー」
「気持ちいいのかな?これ。泡吹いてない?」
「そうか?…うーん、そろそろ飽きた?」
男達はカチャカチャとズボンを穿くと、縛られ横たわった寧の尻にバイブを残したまま、倉庫を出て行った。
「寧ちゃん、そのバイブあげる。
明日、誰かに見つけてもらえるといいねー」
鍵がガシャンとしまり、暗い倉庫の中にバイブの振動音が響き渡る。
寧はひゅうひゅうと浅い息を吐き、ポロポロと泣いた。
誰かに見つかる…嫌だな、特に女子だったら嫌だな、びっくりさせちゃうな。
そんなことを考えながら、苦しい下半身から気を逸らす。
風呂に入りたい。
課題をやりたい。
解に、会いたい。
「…解、たすけて……」
そう呟いた時
重たい金属音が響き、寧の顔に光が差した。
人影。男子生徒のようだった。
「大丈夫?寧」
自分の名前を呼んだ。でも知らない声だ。
安心。もう安心だ。
寧の頬を、ポロッと最後のなみだが一粒伝った。
男子生徒は寧を抱き起こし「お尻の…抜くよ」そう言ってズププ…とバイブを引き抜く。
「あっ…あ、」
寧が思わず声を上げると、男子生徒はそのふわふわとした頭をきゅっと抱きしめた。
「これ、外すね」
そう言って、寧のモノを拘束していた輪に手をかける。すると外してもらう事を待ち望んでいたはずの寧が「あっちょっと…待って…!」と慌てて止めた。
「なんで?」
「これ外すと、イ、イっちゃうから…見られたくない、から…」
男子生徒は、そう言って逃れようとした寧を更に強く抱きしめ、優しい声で言う。
「寧、いいよ…イッていいよ、安心して」
「なんで、名前…、っ」
寧がそう言いかけた時、男子生徒の指はすでにリングを外しかけていた。
堰き止められていた精液が上がってきて、なんとも言いがたい感覚が寧の全身を走る。
「ふ、ぁ…あ、ぁ、イ、あ、ァァ…っ!!」
パキン!とリングは外れ、寧のモノの先端から熱い白濁が迸る。
「あ…っあーー…っあっ」
数時間の我慢を取り返すように痙攣しながらとぷとぷとイキ続ける寧を、男子生徒は安心させるように撫でながら抱きしめていた。
「大丈夫…大丈夫…」
その声に寧は、射精時の不安感が遠のいていくのを感じた。
「あ…あ、ぁ…」
震えながら最後の一滴をとぷっと零し、寧の意識はそこでプツッと切れた。
寧が目を覚ますと、見慣れた部屋のベッドの上だった。
当然だが縄はほどかれ、ゆったりしたルームウェアを身に纏っていた。
くんくんと、自分の匂いを嗅ぐ。先程までまとわりついていた嫌な臭気はなく、ほのかに香る石鹸の匂い。誰かが身体を洗ってくれたのか。
解かな…?
そうだとしたら、学校で酷い目に遭っていたことが、バレてしまったな。
副生徒会長の解は、きっとこの事を問題にするだろう。大事にならないといいけど…
そう考える寧は、あることに気づく。
「解…どこ?」
解がいない。それどころか、見慣れた部屋から、解の荷物だけがきれいに無くなっている。
なんで…なんで…?
「解…!!」
そう叫んで身を起こそうとした寧を死角からガバッと抑え込んだのは、解ではない、別の男子生徒だった。
「…っ離して…解は…?」
「そんな好きだったの?同室だった子のこと」
「っ好きとかじゃ……え」
寧はその言葉尻を捕らえ目を見開く。
「同室…"だった"…?」
「今日からオレが寧と同室になるんだよ」
その男子生徒は、寧を抱きしめたまま続ける。
さっき自分を助けてくれた人の声だと、寧はここでやっと気づいた。
「オレ、この学校に転校して来たんだぁ。偉い人に訳を話したら、快く寧と同室にしてくれたよ。元々同室だった…解くんだっけ?には悪いけど…」
「訳って…なに?君、なんで俺の名前知ってるの?」
「…ずっと、寧のこと探してた」
男子生徒はそう囁き、抱きしめていた寧の身体をすっと離す。
暗かった倉庫では見えなかったその顔を、寧は初めて目にした。
「え…?」
そこにあったのは、まるで鏡を見ているような、自分と瓜二つの顔。
髪型は違う、目の形も違うし、肌の色も違う。
しかしそれ以外の造形が、自分と全く同じだったのだ。
「オレたち、腹違いの兄弟なんだよ」
「……え」
自分に兄弟が居たなんて、寧は知らなかった。
シングルマザーに育てられ、父親はいないと、それだけを知らされていた。
「父さん…って言っていいのかな、オレも顔知らないけど、よっぽどのクズだよ。同時期に違う女ふたり孕ませて、ふたりともポイしちゃったんだから。だってオレら同学年だぜ?あり得ないよなぁ」
ペラペラと喋る男子生徒…いや、自分の腹違いの兄弟を、寧はまだ信じられないような顔で見つめていた。
「オレは寧の存在を中学の時に知った。母さんが話してくれたんだ、父さんには別の女との間に子供がいたと。それから毎日寧のことが気になって、すっげー会いたくなった。めっちゃ探した。名前だけで顔はわからない。でもオレは父さん似みたいだから、寧も父さんに似てれば、見つけやすいと思った。んで、やっと…見つけた」
男子生徒は、寧にぐっと顔を近づけ、熱っぽい目で見つめた。
「やっと会えた…正直、寧、君がここまで可愛いと思ってなかった。でもオレ、ずっと好きだったんだ…」
「…は?」
寧は突然の告白に面食らう。
「え、いや、顔知らなかったのに…?」
「理屈じゃないんだよ、オレは、存在を知った時から、"寧"を好きになっちゃったんだ…」
「はぁ……そう」
「オレ、昧っていうんだ、名前呼んで」
「まい……」
本人は復唱しただけのようだが、寧に名前を呼ばれて感動した様子の昧は、なみだ目になって、寧の身体を強く引き寄せた。
「寧……好き」
そう言って口づけを迫る。が
「やめて」
近づいてくる昧の唇を、寧は手のひらで拒絶した。
「なんで!?」
ショックを受けた様子の昧。
「…いや、当たり前でしょ。兄弟なのはわかったけど、それなら尚更、キスなんてするのおかしい。そもそも俺、ホモじゃないし」
「…好きな子、いるの…?」
あからさまに落ち込む昧に、寧は少し慌てて
「別に、いないけど、付き合えたらいいなーと思う子くらいはいるよ、男だし、そういうもんでしょ」
とフォローになっていないフォローをした。
「…ぜったい、そいつより先にオレが寧とつきあう…」
なみだぐみながらそう言う昧を、寧は軽くあしらう。
「あっそう、どうぞ頑張って。俺もうちょっと寝ていい?結構疲れたんだけど」
そう言って布団に潜り込む寧の頭を撫でようとしてその手を払われた昧が、拗ねたように言う。
「あいつらに汚された寧の身体、キレイにしてあげたのオレだからね」
「…変なことした?」
寧はじとっと昧を睨む。
「してない!ちょっと全身さわさわして、お尻の穴にも指突っ込んだけど、それはあいつらのきたねー精液掻き出すためで、その…」
「はいおやすみ」
寧はガバッと頭まで布団をかぶり、昧に背中を向けた。
それは、真っ赤に染まった自分の顔を、隠す為だったかもしれない。
先程、昧の前で何回も射精をしてしまったことを、今やっと思い出したのだ。
+++++
それから、同室になったふたりには甘い生活が訪れた…なんて、昧にとって都合の良い展開になる訳もなく、ふたりの間にはどこかギクシャクとした空気が流れ続けた。
昧は寧と同じクラスへの転入だったので休み時間には寧の所に行きたかったのだが、クラスメイトの昧への好奇心がそれを許さなかった。
「真鍋くん、根神くんと兄弟ってほんと!?」
「顔めっちゃ似てるよね!」
「兄弟揃ってイケメンなのずりぃよな」
ハハハ…と、クラスメイトに囲まれて笑う昧を、寧は遠目からぼーっと眺めていた。
(コミュ力高いな…もうみんなと仲良くなってる)
(そりゃそうか、初対面の俺にいきなり告白するくらいだもんな)
(昧…変な人…)
ここで寧は、自分が無意識に昧のことを考えていたことに気づき、ハッとする。慌てたように、目線を手元の単語帳に移した。
寧は元来、他人に対して興味を抱かない質だった。
例外は、(元)同室の解に対してのみ。
それも、入学時に決められた部屋割りで偶然同室になり、共に生活していくうちに抱くようになった興味だった。
その興味が今ではある種の愛情に変わっていたのだが、突然現れた昧に対してのこの言い知れぬ感情は、一体何だろう?
そうこうしているうちに休み時間が終わり、英語の小テストが開始されると、寧はチラッと教壇の真前の席に座る解を見た。
解は部屋を移ってから、寧をどこか避けているような感じがある。
寧に恋していた解にとって今の状況は絶望的で、寧と顔を合わせるのが辛い為に避けているのであったが、寧は解の気持ちに気づいていなかったので、嫌われたかな…?などと呑気に考えていたのだった。
テストが回収される時、後ろを振り向いた解と一瞬目が合った。
解は眼帯をしていない左目を慌てて伏せ、すぐに前を向いてしまった。
すべての授業が終わった放課後。
「あ…解…」
教室から出て行こうとする解を寧が小さな声で呼ぶと、解は
「ごめん、今日ボク急いでるから…」
そう言って、廊下を走って行ってしまった。
「…解……」
("なんで"急いでるのか、言ってくれないんだ)
そりゃあそうか、もう一緒の部屋に帰ることもない。言う必要が無いんだ。そう気づいた寧のしょげた背中を、元気にパーンと叩いたのは昧だ。
「寧、帰ろうぜ!」
「あー…俺、部活行くから」
寧は行きたくもない部活を口実に昧の誘いを断った。
「…そう」
昧は唇を尖らせ、残念そうにする。
「じゃあオレ、ここでみんなと喋ってるから。終わったら連絡ちょーだい!」
「連絡先知らな…」
「ん、追加しといたから」
昧はスマホをフルフルと振ってウインクする。
「…あっそ」
寧はムカムカする気持ちを抑えながら教室を後にした。
スマホを勝手に触られたことを怒っているのか、それとも、昧が楽しそうに喋っていた"みんな"が可愛い女子ばかりだったからか、寧にはまだ判断がつかなかった。
寧が化学室に入ると、もう他の部員は到着し白衣を羽織るなどの準備をしているところだった。
「……」
挨拶もせずに寧は鞄を置き、その中から白衣を取り出す。
ジャケットを脱ぎ、糊の効いた白衣に袖を通していると、背後から声を掛けられた。
「根神」
寧が振り向くと、部員の一人がすぐ近くに立っていた。
その周りを、他の部員が取り囲むように、全員寧の方を向いて立っている。
どこか様子がおかしい。
「こないだの実験報告さ、なんで来なかったの?」
一番近くにいる部員が、更に寧に近づきながら、ニヤニヤしている。
「…別に。体調悪くて」
普通の受け答えをしながらも、寧は相手が何をしようとしているか気づいていた。
この人数じゃ、さすがに勝てないかなぁ。
まるで他人ごとのようにそう考えながら、寧は鞄の中に手を突っ込み、携帯を操作する。
そして相手にバレないよう、三回に分けてメッセージを送信した。
「足す」「け」「て」
送信先は、無意識に昧を選択していた。
その頃昧は、クラスのイケてる部類の女子たちに囲まれ、質問責めに遭っていた。
「真鍋くん、彼女とかいるの?」
「あ〜…まだいないよ」
「まだってなにー!」
「さぁ…もしかして、君が未来の彼女かも」
「キャー!!!」
歯の浮くような台詞に、女子たちが騒ぐ。
昧は心の中でため息をついた。
女子と話すのは好きな方だが、今昧の頭は寧のことでいっぱいだったのだ。
(オレは寧と付き合いたいんだけどなー…)
チラッと携帯を見ると、通知が3件も来ていた。
(寧…じゃないよな…さすがに)
部活が終わるには早すぎる時間だった。
まぁ一応、と確認すると、そこには先程のSOSと、今から10分ほど前の時刻が表示されていた。
「…やっべ」
そう呟くと昧は鞄を引っ掴み、女子の間を掻き分けて教室を出る。
「わっ真鍋くんどうしたのー?」
驚いた様子の女子たちを振り返ることもせず、昧は廊下を疾走した。
寧に近づいた部員の一人が寧の手を掴み、手から携帯が鞄の中へ落ちる。その部員は寧の顔をしげしげと眺め、言った。
「おれたち見てたんだよ、この前、根神が前島とヤってんの」
「…あ、そう」
「ヤってたってか、ヤられてたって感じか」
「でも根神気持ち良さそうにしてたじゃん」
「ヤバかったよなぁ…あの声」
「というわけで、おれたちは今日君をレイプすることにした」
「…はぁ」
寧の周りを取り囲んだ白衣の部員たちは、すでに勃起したモノでズボンをパンパンにしていた。一人一人の体格は寧より弱そうだが、5人は居る。寧は、大人しくしてよう、と思った。抵抗すると、より疲れるからだ。
寧は5人がかりで服をすべて脱がされた。
誰かが「白衣だけ着せてたらエロくね?」と言い、その案が採用された。
寧は化学室の冷たい床に仰向けに転がされたが、白衣があるからまだましだなぁ、と呑気に考えた。
一人が寧の両手首を頭上で押さえ、暴かれた寧の身体を見た部員たちはごくっと生唾を飲んだ。
「エッロ…」
部員たちの視線に寧はさすがに足をくねらせ恥部を隠そうとするが、すぐに両側からがばっと開かれてしまった。
萎えた寧のモノを、一人が弄りだした。それを合図に両乳首に2人が吸い付いた。
「ん…ぅ」
思わず漏れた声に気をよくした2人は、舌で乳首を転がし始める。
「あ…っあー…」
寧は声を上げ、身を捩る。すると、下半身からクチュクチュと音が鳴り始めた。
「根神…気持ちい?勃ってきたよ…」
漏れた先走りをモノ全体に広げるように扱きながら、そいつは嬉しそうに言った。
手持ち無沙汰にしていたもう一人が、その下から手を突っ込みアナル周辺をくりくりと弄り出す。
垂れてきた先走りをゴム手袋をした指につけ、つぷ…と中に挿入し動かす。些か乱暴な動かし方に寧は首を反らし感じてしまう。
「あ、う…っあ、ぁ」
「根神…!ああ、根神…」
興奮した部員たちは下半身の服を脱ぎ捨て、勃起したモノを各々寧の身体の好きな箇所に押しつけ、擦った。
その時、ガラッと扉が開く。
「…何してんだ、お前ら」
「!!」
入り口には、走ってきたからか怒りからか、顔を真っ赤に上気させた昧がいた。
5人のレイプ犯に怯むことなく、ツカツカと入ってくる。
来てくれた。
昧の姿を目にして寧はほ…っと安堵の息を漏らした。
「お前ら、そのきたねーもんしまえ。今ならチクらんから」
昧はひ弱な部員たちを難なくどかし、寧を助け起こす。
「ちょ、ちょっと待って…せめてイッてから…」
泣きそうな顔で懇願する部員たちに
「勝手に抜いてろ」
昧はそう吐き捨てて、寧に服を着せ部屋を出た。
人目につかないよう寮への道を辿る。
「ありがとね、来てくれて」
寧が素直にお礼を言うと
「いや…ごめん、気づくの遅れた。寧が変なことされる前に助けたかった…」
昧はそう言ってしょげる。
「まぁ、挿入ってないしいいでしょ。風呂には今すぐ入りたいけど」
「オレが入れてあげる」
「いい」
結局昧がごね、ふたりで風呂に入ることになった。
寧の背中を汚い物を落とすようにゴシゴシと洗いながら(寧は「そこは触られてないからテキトーでいいんだけど…」と言ったのだが)、昧は気になっていたことを聞いた。
「寧…あのさ、なんで抵抗しなかったの?倒そうと思えば倒せただろ、あんな陰キャくんたちさ」
「んー…まぁ、抵抗すると疲れるし、いいかなって」
寧がしれっとそう答えると、昧は一瞬ポカンとし、やっとのことで次の台詞を見つけた。
「…寧…もっと大事にして?自分のこと」
「大事にしてるよ。だから自分が疲れるより昧呼ぶこと選んだんでしょ。…まぁ、手間かけたね、ごめんね」
「そういうことじゃ、なくてさ…」
言葉を詰まらせる昧に、寧はキョトンとする。
「なに」
「よくわからん、言えんけど…」
上手く表現出来ず悔しそうに頭を掻きむしる昧に、寧はふっと笑う。
「ま、この学校おかしいから。しょうがないよ」
「う…ん」
昧は悲しくなり、後ろから寧を抱きしめた。裸の肌と肌が重なっても寧は不思議と嫌な気持ちがしなかったが、さすがに尻の割れ目に昧のモノが入りそうになったのは気になったので、指摘した。
「…昧、当たってる」
「あっごめん」
昧は慌てて離れ、誤魔化すようにシャワーを捻った。
うるさい水音の中で、寧は尻に残った感覚について考える。
(硬くなってるのに襲ってこないんだ)
ふーん、と少し感心し、寧はシャワーの水流の中に頭を突っ込んだ。
風呂から上がり、課題と寝支度を済ませたふたりは、各々の時間を過ごしていた。ベッドに腰掛け本を読んでいる寧に構って欲しそうにしながらスマホを見ていた昧が、痺れを切らして近づいてくる。
「寧…好き」
「あっそう」
何度目かわからない昧の告白に、寧は文字を追いながら相槌を打つ。
「寧は…オレのこと好き?」
そう聞かれると、寧は本から目を離し、昧の顔を見た。
「…別に」
そう、曖昧に返事をする。正直、自分の気持ちがよくわからなかったからだ。
それを拒否の言葉だと解釈した昧は、落ち込んだ様子でベッドに転がった。
足をバタバタさせながら、深く意味を考えず今流行の歌を口ずさむ。
「キスをさせてくれ〜♪君の唇に〜♪」
「あぁ……キスだけならいいよ」
「………えっ?」
寧の言葉が信じられず、昧は固まった。
「…ほんとに?」
「キスでしょ?だってもう、それ以上のとこ見られてるし」
「えっいや、違うじゃん、見るのとするのとでは、訳が違うじゃん」
「別にしなくてもいいよ」
「うそうそ、する!」
慌ててそう言った昧は、一息吐くと、急に真面目な顔になり寧の肩を掴んだ。
近づいてくる綺麗な顔は色気を纏っていて、寧は少しドキッとし、目を閉じた。
「ん…」
重なる唇に、思わず声が漏れる。
昧の付けている香水が、間近で強く香る。
心地が良い…
寧はキスで初めてそんな風に思った。
しかし流れで昧が挿入してこようとした舌を、寧は反射的に拒否する。
「…っ、ベロはだめ…」
「なんで?」
「…だって…」
言い淀む寧に、昧が
「気持ちよくなっちゃう?」
そう言うと、寧はわかりやすく耳まで真っ赤になった。
図星、いや、それ以上だった。
気持ちよくなって、そのまま、昧に溺れてしまいそうだったのだ。
「…おやすみ」
昧から逃げたい時の常套句を吐き、頭まで布団を被り背を向ける。
その隣に嬉しそうに潜り込んでくる昧を背中で感じた時、あぁもう俺は、逃げきれないかもな、と寧は思った。
+++++
それから一週間ほど経ったある夜のこと。
寧は相変わらず昧に背中を向けて眠っていたが、昧はどうにも目が冴えて仕方がなかった。
すぐ隣で、恋する人が眠っているのだ。しかも、自分は"お預け"を食らった状態で。よく眠れる訳がなかった。
事実昧はここ最近、すべての授業中にぐっすり眠りこけているのであった。
後ろから、静かに眠る寧の姿を眺める。
Tシャツを着た骨張った肩が、開いた襟から覗く白い首筋が、ドライが足りなかったのかまだ少し濡れている傷んだ髪が、美しい。
昧は少し距離を詰めた。
シャンプーの爽やかな匂いがする。少し甘いような香りも混ざっている、これは寧の体臭だろうか?
もっと知りたくて、更に近づく。
くんくん、と寧の首筋を嗅ぐと、甘い香りを強く感じ、昧は全身が痺れる様な感覚をおぼえた。
息が荒くなる。
下半身がきゅう、と熱くなり、存在感を増していく。
昧は気づいたら寧の背中にぴったりとくっついていた荒い息は、寧の首に掛かっている。硬くなったモノは、寧の尻に当たっている。
しかし昧は決して、寧の身体に触れようとはしなかった。
ただ泣きそうな声で呟いた。
「寧…好き……」
(聴こえてるよ…)
寧は、うっすらと両眼を開けて、いつからかベッドの横の白い壁を眺めていたのだった。
「…昧」
眠っていると思っていた寧からの突然の発声に、昧は飛び跳ね、焦った。
「…っ寧…起きてたの!ちが、あのこれは…」
「いいよ」
寧は昧に背を向けたまま、小さな声で言った。
「襲っても、いいよ」
「え……」
昧は「キスしていいよ」と言われた時以上に固まった。
「たくさん我慢させてごめんね、もう、いいよ」
そう続ける寧の語気に含まれた少しの優しさを感じ取り、昧は咄嗟にそれを同情と混同した。
ぶんぶんと、風を切る音が鳴る程強く首を振る。
「…いや、オレは、ちゃんと寧がオレを好きになってくれるまで、手出さないって決めたんだ…!断るの疲れるからっていいって言ったなら、オレもっと我慢するから、だから…寧はもっと、自分を大事にしてくれよ…」
「…大事にしてるよ、俺は」
「自分のこと大事だから、昧に抱かれたいと思ったんだよ」
その言葉に、昧の身体は火がついたように熱くなった。
「寧……っ」
泣きそうな声で名前を呼び、後ろから首筋にかぶりつく。
「あ…、」
寧は小さく声を上げ、目を閉じる。
背後から胸を揉む昧の手は、少し震えていた。
Tシャツをたくし上げ、程よく筋肉のついた胸を手で捏ねその中心の飾りを指で挟み愛撫すると、寧は敏感に反応する。
「ん、…昧…」
執拗な胸への愛撫に寧は泣きそうになりながら喘ぐ。
昧の手はなかなか寧の中心に触れようとしなかった。
初めての寧との情事を、昧は大切にしたかったのだ。
寧の尻に硬いモノを押し付けながら、昧の手はやっと下半身に降る。
スウェットの上からやんわりと握ると、寧のモノも育ちきっていた。
寧は、布越しだがやっと核心に触れられた感覚に身震いし、腰を揺らして欲しがる。
「寧…どうして欲しい…?」
昧はわかりきっている答えを、敢えて寧に言わせようとした。
「…っ、直接、触って…欲しい」
「何を?」
「俺の…、ちんこ…」
余裕のない寧は、昧の意地悪な誘導に素直に応えた。
昧は寧の下着の中に手を入れ、先走りでぬるついたモノに触れてやる。
寧の中に全身がきゅっと冷たくなったような感覚が走った。
くりくりとモノを弄られながら、寧はこのままだと乱れてしまうと思い、大きく喘ぎそうになるのを抑えようと歯を食い縛る。
「ん…っん、」
それに気づいた昧は、寧のモノを弄っていたのと反対の手で寧の口を押し開け言った。
「声、我慢しないで…」
寧は口を閉じることが出来なくなり、抑えられなくなった高い声が漏れる。
「あっ…あ、!」
そのまましばらくモノを愛撫した後、昧は寧の下半身の服を脱がすと、寧の身体をうつ伏せにし、足を開かせた。
穴を拡げるように尻を揉むと、寧のアナルは物欲しそうにヒクヒクと震えた。先走りで濡れた指をつぷ…とそこに差し込む。
くち…くち…とゆっくり出し入れされると、寧はあまりの気持ち良さに頭が痺れるようだった。
今まで、そんな風に優しくソコに触れられたことがなかったのだ。
昧は少しずつ指を増やしていき、ゆっくりとそこをほぐした。
寧はシーツを握りしめ、枕に顔を埋めて泣いてるかのように感じていた。
「…寧、挿れていい?」
切羽詰まった昧の表情に、こちらも余裕がない寧はこくこくと頷き答える。
昧も服を脱ぎ、裸になった。
そして大きく聳り立つモノで、寧の穴の周りを刺激する。
「あっ…ま、い…っ」
寧が名前を呼ぶと同時に、昧のモノが寧のナカに埋まる。
「…っ、寧の中、すご…」
初めて寧の中に入った昧は、感極まったような顔で、うつ伏せの寧の上に覆い被さる。
その手首をベッドに纏め、ゆっくりと腰を動かした。
「寧…寧、好き…っ」
律動に合わせて、そう零す。
腰の動きは次第に速くなり、結合部からは激しい音が鳴る。
互いを絶頂へと導いていく中で、寧は喘ぎ喘ぎ、言った。
「…っ俺も、」
「俺もっ昧のこと…好き…、」
「…っ、」
その言葉に、昧は抑えられず寧の中に射精した。
自分の中がドプドプと温かい液体で満たされていく感覚に寧も身震いし、少し遅れて絶頂を迎えたのであった。
初めての感動的な行為の後、寧は余韻に浸ることもそこそこに、自分のモノが擦れていた部分に大きな染みの出来たシーツを、面倒くさそうに見つめていた。
「シーツ汚れちゃったね…」
昧はまだぼーっとしたような表情でベッドに横たわり、寧に話しかける。
「洗濯よろしく」
寧がため息を吐きながら服を着ようとすると、昧はその腕をぎゅっと掴み不満そうに言う。
「えー、寧の汁でしょー」
「誰が出させたと思ってんの」
そうして洗濯係を押し付けあったふたりだが、ふと気づいたように昧が言った。
「オレが、出させたんだね…寧に、こんなえっちな汁」
そうニヤニヤする昧に、寧は顔を赤くする。
「うるさい、もういいから洗濯行くよ」
寧が、昧に掴まれていた腕をほどこうとすると、昧は更に力を込めぐっと引き寄せた。寧はドサッとベッドに倒れ込む。
「ちょ…」
「ねぇ、どうせだったら、もっとグショグショにしちゃわない?」
そういたずらっぽく笑う昧に、寧は"負けた"と思った。
寧も小さく笑って、ふたりの身体は汚れたシーツに沈んだのだった。
+++++
その後、寧はレイプの被害に遭わなくなった。
理由はおそらく、寧の隣にはいつも昧が居て、周りを監視しているからだと推測される。もしかしたら昧が誰かに報告し、大きな力が働いたのかもしれないが、真相はわからない。
「寧!帰ろ!」
「…ん」
昧の誘いに寧は微笑で応え、ふたりは仲良さげに腕を組み部屋へと帰って行く。
幸せな日常が訪れた。しかしそれは、別の幸せが壊れて成立したものだ。
ぴったりと寄り添ったふたりの影を、一人の少年は悲痛な左眼で見つめていた。
ともだちにシェアしよう!