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其ノ弐拾参、呪

【主要登場人物】 幻洛 伊丹 *CP* 幻洛×伊丹(BL) ---------- 「く…、何処だ、ここは…ッ」 怪異に捕まった伊丹を追い、共に亜空間へと引きずり込まれた幻洛。 気がつくと、そこは現実とは思えないほど暗黒に包まれた世界が広がっていた。 周囲には、アヤカシのような亡骸が無惨な姿で多数転がっていた。 「ッ…」 幻洛は身を起こそうとすると、全身に激痛が走った。 「クソッ…!」 この亜空間に取り込まれたときの影響か、幻洛は身体に複数の傷を負っていた。 今まで使いこなしてきた薙刀は粉砕しており、普段結ってる髪飾りも、粉々で使い物にならなくなっていた。 幻洛はだらりと流れる長髪を鬱陶しそうに掻き分けると、目の前に映る光景に息を呑んだ。 「!!」 幻洛の視線の先には、大量の彼岸花が咲く高台に横たわっている伊丹の姿があった。 伊丹はこの亜空間へ引きずり込まれた影響が無かったのか、怪我はしていない様子だった。 「伊丹ッ…!!」 幻洛はよろめきながら伊丹の元へ駆け寄った。 「おい!!伊丹!!しっかりしろ!!」 眠る伊丹の上半身を抱き上げ、幻洛は必死に声をかけた。 もし、このまま伊丹が目覚めなかったら。 思いたくもない可能性に、幻洛は恐怖で心が痛いほど締め付けられた。 「ん…、幻洛さん…っ」 「伊丹ッ…!」 その声に、幻洛は張り詰めていた緊張から解き放され、思わず涙が零れそうになった。 伊丹はうめき声を上げ眠りから目覚めると、辛そうにしながらも辺りを見渡した。 ひとまず、伊丹が目覚めたことと、自らを認識したことに対し、幻洛はホッと一安心した。 「っ…!幻洛さん…!なんで、こんなところに…!?」 「?」 幻洛を認識した伊丹は、ハッとしたように慌てふためいた。 まるでこの場所を知っているかのような素振りに、幻洛は疑問符を浮かべた。 「伊丹、お前…ここが何処なのか知っているのか…?」 「え?…あ、いえ…、なんというか…、」 歯切れの悪い伊丹に、幻洛は黙って続きを待った。 「僕も見たことのない場所のはずなのですが…ずっと前から知っていたよう…、ッ!!」 突然、伊丹は何かの衝撃を受けたように、頭を抱えながら苦しみ始めた。 「伊丹ッ!!」 「う、あッ…痛ッ…!!」 伊丹は割れるような頭の痛さに藻掻き苦しんだ。 まるで複数人が襲いかかってくるような感覚に、伊丹は正気を失いそうになっていた。 『…ブザマ、ダナ…』 暗闇からボヤくような声が周囲に響き渡った。 幻洛はハッとした様子で声が聞こえた方を見ると、カッと殺意がこみ上げた。 「ッ…!!貴様ッ…!!」 触手で覆われたヒト型の身体。 顔の無い大きな口。 鎌のような腕と、蟲のような脚。 禍々しい気配。 そこには、例の怪異がの姿があった。 『…アト、少シデ、真ノチカラヲ、開放デキタトイウノニ…』 この亜空間の影響か、怪異はしっかりとした言葉を話した。 「お前は誰だ!!何故伊丹にこんなことをする!?」 幻洛は苦しむ伊丹を庇いながら、怪異に怒号を上げた。 『…私タチハ、刻ノ災厄デ、死ニ悶タ者…』 刻の厄災。 それは、異形と化した邪狂霊の魂を救うため、高い霊力を持つアヤカシを生贄として捧げる古の儀式だ。 邪狂霊は、生前の負の感情が極限まで達すると異形と化し、通常の邪狂霊よりも強い力を手に入れることが出来る。 しかしその代償として、彼らは退治されても成仏することが出来ず、完全消滅することになる。 そんな異形の邪狂霊の魂を救うことは、この世の理を崩す危険行為であり、古くから厳禁されている。 この儀式を行った者、儀式を援助した者は、厳重な処罰を受けさせられる。 『…私タチハ、儀式ヲ完成サセナケレバナラナイ…』 複数人の声で、怪異は話を続けた。 この万華鏡村は、今もなお少数の邪狂霊が存在しており、その一部で異形と化した者もいる。 そして、邪狂霊は日々発生しており、比例するように異形の数も存在している。 この怪異、もとい術者たちは、いつしか異形の邪狂霊というシガラミに魂を奪われていった。 そして、”術者”と”異形の邪狂霊”で、一つの呪いに成り果てたのだ。 異形の邪狂霊の見た目でありながら、自我を持っている。 幻洛たちが違和感に感じていたものは、その呪いによるものだった。 『…私タチハ、ソノ者ノ、チカラガ欲シイ…』 怪異は、伊丹が生まれながらに持っている強い霊力を欲していた。 伊丹の呪いは、彼の強い霊力を通じて仕掛けたと怪異は語った。 そして、身体の呪いを完全侵食させ、この怪異の一部に取り込むことで、この万華鏡村を霊界の渦に沈めさせることができる。 同時に、この刻の災厄を完成させることができるというのだ。 『…儀式ヲ完成サセルタメ、我々ハ、ソノ者ガ欲シイ…』 怪異は伊丹を狙う意図を表にすると、幻洛たちにジリジリと近づきながら話を続けた。 「ふざけんな!!そんな身勝手な欲望で伊丹をこんな目に遭わせやがってッ…!!」 幻洛は怪異の話に、強い怒りを露わにした。 今まで、伊丹がこの呪いにどれだけ苦しんできたか。 否応なしに身体を蝕み続けられ、原因もわからず、伊丹は日々を恐怖と絶望に支配されてきたのだ。 この怪異が行ってきたことは、到底許されるものではなかった。 『…貴様サエイナケレバ、私タチモ、ココマデ手荒ナコトハシナカッタ…』 怪異は幻洛にグッと顔を近づけた。 そして幻洛もまた、伊丹を庇いながら、怯むことなく怪異をギロッと睨みつけた。 もはや恐怖心などはなく、伊丹を守るという強い思いしかなかった。 怪異は幻洛と対峙しながら話を進めた。 伊丹の身体に突破口という隠された秘密、すなわち、男として生まれたにも関わらず、女の性器を持っていることは、怪異にも予想外だったようだ。 おそらくこの世に生を受けたとき、まるで身に起こる事態を予期していたかのように、本能的に作られた器官なのだろう。 そして、その器官に幻洛の精が入り込むというのも、怪異たちには予想外だった。 精、すなわち、命の源であるソレは、怪異たちにとっては天敵同様の存在で、その器官に入り込むことで、伊丹に掛けた呪いが打ち消されるというのだ。 伊丹が幻洛と交わることで感じていた身体の変化、そして薄れた呪いの痣は、幻洛の精によるもので間違いなかったのだ。 『…貴様ノセイデ、右目ノ呪イスラ、チカラヲ失イカケテイル…』 「…!!」 伊丹の右目に仕掛けた強力な呪いも薄れていると語った怪異は苛立ちを見せた。 そして、怪異の言葉に、幻洛と伊丹は息を呑んだ。 すなわち、伊丹の包帯で巻かれた右目も、目の合った者を失明させてしまうほどの呪いの力は残っていないのだ。 『…故ニ幻洛、オマエハ、今、ココデ排除シナケレバナラナイ…』 怪異曰く、幻洛もこちら側の世界に来たということは、彼らにとって好都合だったのだ。 「やめてください…!貴方達が必要なのは僕だけなのでしょう!?幻洛さんまで、巻き込まないで下さいっ…!」 ここまで黙って聞いていた伊丹は、頭の痛みを耐えながら、一刻を争う事態に声を上げた。 幻洛まで邪狂霊と成り、永遠の苦しみに囚われるなど、伊丹にとっては自らの死よりも許されないことだった。 「馬鹿なこと言うな!!…そんなことで、お前はいいのか…ッ!?」 「っ…!」 幻洛は苦渋の表情で伊丹を見つめると、伊丹も為す術がなく言葉を詰まらせた。 幻洛は、本心の理解者であり、覚の血族である自分を初めて受け入れてくれた伊丹と、この先も共に有りたいと願っていた。 そして伊丹もまた、自らの呪いに全力で立ち向かってくれた幻洛の傍らで、永遠を過ごしたいと願っていた。 異形の邪狂霊を救うなど禁じられた儀式で全てが終わってしまうなど、許せるはずがなかった。 『…オ前タチノ御託ハモウ見飽キタ…全テ、終ワラセテヤロウ…』 怪異はゆらりと蠢くと、亜空間が気味の悪い音で唸り始めた。 そして突然、周囲は無音に包まれる。 ヒュッ、と風を切る音と同時に、何かに突き刺さった音が聞こえた。 「か、はッ…!」 「!!」 彼岸花の咲く地面から真っ赤で鋭い結晶が現れ、幻洛の首を貫いた。 幻洛は首から大量の鮮血を流し、結晶に首を貫かれたままダラリと項垂れた。 一瞬の出来事が、とても長い光景に見えた。 伊丹が全ての状況を理解した頃、幻洛は既に瞼を閉じていた。 幻洛さんッ!! 伊丹は悲痛に叫ぶも、幻洛の耳にその声は届かなかった。

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