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其ノ弐拾伍、新

【主要登場人物】 幻洛 伊丹 【その他登場人物】 ふゆは ナギ 劔咲 裂 *CP* 幻洛×伊丹(BL) ---------- 「ん…」 眩く差し込む光に、伊丹は重い瞼を開けた。 清々しいほど澄んだ青い空。 心地よく吹き付ける風。 見覚えのある風景。 「助かった、のか…」 あの亜空間から脱出し、万華鏡村へ帰ってこれたのだ。 「ぐ、…ッ」 「…!幻洛さん…!!」 伊丹は傍らから聞こえる声にハッと目をやった。 そこには龍神の面影を残したボロボロの姿の幻洛が、唸りながら横たわっていた。 「幻洛さん!幻洛さん…!」 伊丹は幻洛の元に駆け寄り、必死にその名を呼んだ。 幻洛はゆっくりと重い瞼を開けると、黄金の眼で伊丹を見返した。 「っ…!ぼ、僕が、わかりますか…?」 伊丹の必死な問いかけに、幻洛は辛そうにしながらもフッと笑みを見せた。 「は、…伊丹にこんなに呼ばれるとは、俺は幸せ者だな…」 幻洛は心配そうにする伊丹の頬を優しく撫でた。 途端に、耐えていたものが溢れるように、伊丹は大粒の涙を零した。 「っ…!!良かった…、無事で、本当に…、うぐぅ…っ」 かつて無いほど泣きながら、伊丹は幻洛に抱きついた。 「ああ…、伊丹は…無事だった、か…?」 幻洛は泣きじゃくる伊丹の頭を優しく撫でた。 見たところ、伊丹はいつも通りの狩衣姿で、怪我をした様子も無かった。 龍神の名残を留める幻洛の指先が、柳緑色の髪をするりと梳いていく。 「っ、僕は、だいじょ、ぶ、です…っ」 伊丹は幻洛を感じるように、その手に頬擦りをした。 「ふ、そうか、…ッ」 「!」 幻洛は安堵の表情を浮かべ、起き上がろうとした途端、全身に走る鈍い痛みに顔を歪めた。 「ッ…クソ…何なんだコレは…」 幻洛は改めて自分の状況を目の当たりにした。 上半身は既に纏うものが無く、下半身の服もボロボロだった。 そして、指先の爪は獣のように鋭く伸び、手には鮮やかな鱗のようなものが転々と残っていた。 更に、なんとなく話し辛いと思ったら、大きな牙が生えて口元を邪魔していた。 「げ、幻洛さん…大丈夫ですか…?」 龍神の姿から戻りつつあるものの、痛そうに唸る幻洛に、伊丹は心配そうな表情を浮かべた。 「ああ、すまん…、何故こんな有様になったのか、あまり覚えていなくてな…」 幻洛は身体の痛みに耐えながらフッと笑みを向けた。 「ただ、何も無い真っ白な空間に伊丹が居て、お前を取り戻そうと必死に足掻いていた。…足掻いて足掻いて、…気が付いたらここに居て、こんな姿になっていた…」 幻洛の話に、伊丹は唖然とした。 幻洛には、龍神だった記憶が無かった。 故に、幻洛自身、自らの身体に龍神の血が流れていることも知らなかったのだ。 「…クソッ、なかなか引かねぇな…」 幻洛は自身の大きな牙を触りながら、分が悪そうに呟いた。 「なあ、伊丹。俺、いま凄く変な顔してるんだろ…?」 幻洛は気まずそうに溜息を付き、顔に覆いかぶさる長髪を掻き分けながら伊丹を見つめた。 その姿に、伊丹は胸がキュンと高鳴った。 「…すごく、格好いいです…。いつも格好いいですけれど、今の幻洛さんも、とても好きです…。」 伊丹は頬を染めながら、うっとりと幻洛の姿を見ていた。 その尻尾は、伊丹の感情を露わにするようにゆらゆらと揺れていた。 自らの姿をべた褒めしながら見蕩れる伊丹に、幻洛もドッと体温が急上昇した。 「………たまらん、な…。」 心音を鳴り響かせ、幻洛はニヤける口元を手で覆った。 今すぐにでも無茶苦茶に口付けをしてやりたい。 そう思う幻洛だったが、伸びた牙が邪魔で致し方なく断念した。 先程より徐々に、確実に、元の姿に戻っているものの、完全に引くにはもう少し時間がかかりそうだった。 「…というか、此処は…、屋敷の裏か…?」 「ええ、そのようですね…。」 改めて、幻洛と伊丹はこの場所を見渡した。 そこはかつて、幻洛が伊丹の異変を感じたときに彼を追って来た場所と同じ、屋敷から出てすぐ裏手にある小高い丘だ。 「此処、こんなに綺麗な場所だったんだな…。」 あの日は気にする余裕も無かったが、改めて見る丘からの景色に、心が洗われる感じがした。 丘に吹き付けるそよ風が、幻洛の傷を労るように優しく撫でた。 「ええ、僕のお気に入りの場所、です…。」 伊丹も幻洛に身を寄せ、丘から見える万華鏡村の山々や、遠くで煌めく海を眺めた。 先程までの禍々しく暗い天気だったのが嘘だったかのように、雲ひとつ無い晴天が広がっていた。 「…ああ、そういえば服も、ズタボロになってしまったな…。」 幻洛は改めて自分の身なりを見て苦笑いした。 先程より爪や牙などは引き、ほぼ元の姿へと戻ったものの、ボロボロになってしまった衣装はどうにもならなかった。 「そうですね。皆さんの分も、また新しく調達しましょう。…これから新しい時間を過ごすためにも、丁度いいですし。」 伊丹も苦笑いしながら、幻洛の破れた衣装にそっと手を触れた。 大切な者と共に、新たな一歩を踏み出すことが出来るのだ。 過去のシガラミから解放された今、伊丹の心は喜びで満ち溢れていた。 「…!幻洛っ!!伊丹っ!!」 「!!」 柔らかなその呼び声に、幻洛と伊丹は振り返った。 「ふゆはさん!!ナギ!!」 伊丹は手を広げ、駆け寄るふゆはをギュッと抱きしめた。 「無事、だったか?」 自らの前に跪き問うナギに、伊丹は安堵の表情で頷いた。 「っ、うぅ…良かった、良かっ、た…っ、ううっ…」 「ふゆはさんも、無事そうで良かった…!もう、どこにも行ったりしませんからっ…!」 泣きながら抱きつく娘同様の愛弟子に、伊丹も再び涙が零れ落ちた。 ふゆははそのまま幻洛にも抱きついた。 「うう、っ…幻洛、も…」 「ああ、心配させてすまなかった、ふゆは。もう大丈夫だ。」 幻洛は抱きつくふゆはの華奢な身体に腕を回し、藤色の頭を優しく撫でた。 伊丹以外の者と抱擁するなど、いつぶりだろうか。 幻洛はそう思うも、今は純粋に、無事だった喜びで心がいっぱいだった。 いつしか過去の忌々しい思い出は完全に上書きされ、幻洛の心から雲散霧消されていった。 「…。」 幻洛に抱きつくふゆはの様子を、ナギは無表情でジッと見ていた。 「………妙な誤解を招きそうだな…。」 やり場のない気持ちに、幻洛は思わず苦笑いした。 「大丈夫だ、それくらいわかっている。」 ナギは安心させるように、一瞬だがフッと笑みを見せた。 すぐに元の無表情に戻ってしまったものの、喜びを露わにするふゆはを優しい眼差しにで眺めていた。 「幻洛!!伊丹!!」 「此処に居たのか…!!」 ふゆはたちに続くように、劔咲と裂も現れた。 「劔咲さん…!!裂さん…!!」 伊丹は帰ってきた二人の姿に、再び安堵の表情を見せた。 「良かった…、二人共、何処かへ連れて行かれてしまったから…、心配したぞ…。」 劔咲は幻洛たちの無事を確認すると、こみ上げる涙を堪えるようにスンと鼻を鳴らした。 「あの妙な暗がりも、急に晴れてな。もしかしたらと思って、皆で探していたんだ。」 裂も戦闘時の狂気が嘘だったかのように、ホッとした柔らかい表情で笑みを向けた。 「…ありがとうございます、本当に、皆さん無事で良かった…。」 伊丹は全員の無事を確認すると、再び涙をポロリと零した。 「…全部終わった…、ということなのかしら…。」 ふゆはは清々しいほど晴れ間の広がった周囲を眺めながら呟いた。 「ああ、終わったんだ。そして…、」 幻洛は達観したかのように青空を仰いだ。 「俺たちの、新しい刻の始まりだ。」 ふわりとした風が、一枚の蒼い花びらを巻き込み舞い上がった。 まるで一匹の龍が旅立つように、花びらは風を纏いながら高い空へと消えていった。

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