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6.こわくない(1)*

 直前に避けられはしたが、掠めはした。  アレクシスの体が折れ曲がった一瞬の隙を狙って、やつを肩で押しのけるように飛び出し、扉目掛けて全力でダッシュする。  鍵は、かけられていなかった。  チャンスは今しかない。人払いはされているし、廊下の突き当りにも大きな窓があるのを確認している。廊下に飾られていた調度品をなんとか後ろで掴んで、窓を叩き割ることさえできればいける。仮に使用人がいても押しのければいいだけだ。枝の多い高い木々もそう遠くなかったので、例え足枷が付いていたとしてもあの距離なら飛び移れる。伊達に、1人で何年間も忌人狩りの連中から逃げ回っていたわけではない。  本来であればすばしつこく動くのだ、この足は。だが、短い逃亡劇は一瞬で片が付いてしまった。 「ぁぐ……っ!」  思っていたより、アレクシスは俊敏だった。髪をぐんと掴まれ、そのまま頭ごと扉に叩きつけられる。衝撃にくらりと視界が歪み一瞬にして動けなくなる。  リョウヤの体はろくな抵抗もできぬまま、ベッドに放り投げられた。   「油断も隙も無いな」 「……っくしょ、……」 「手も使えん状態でどう脱出する気だ? 度胸があるのかそれともただの馬鹿なのか」 「はな、せよ、はなしてってばっ……性格悪いよあんた!」 「なるほど、後者か」  深く体重をかけられた。押しのけられない。なおも逃げようとバタバタと足掻けば、両足の上に膝で乗られて完全に動きを封じられてしまった。ベッドが2人分の体重を受けて軋む。ぐいっと顎を掴まれ、革の手袋特有のざらついた感覚に、迫ってくる男の顔に対する反応が遅れる。  何をされるのかは瞬時に気付いた。  唇を重ねられる寸前で、柔らかなそれに思い切り噛み付いてやった。 「……ッ、」  初めて男の顔が痛みに歪んだ。リョウヤの渾身の抵抗はだいぶ深く入ったようで、アレクシスの唇からは赤が一滴したたり落ちた。  男は唇をぐいっと拭い、白い手袋に付着した赤をじっと見つめた。長い沈黙に緊張感が漂う。 「──へえ、これが例の噛み付き癖か。雰囲気だけでも出してやろうと思ったんだがな」 「あんたとキスするくらいだったら、犬のしょんべん飲んだ方がまだましだね」    手が伸びてきて、殴られると思って身構えるが、首をつうっと通り、そのまま剥き出しのへそ、そして下腹部を撫でられた。強引に着せられた服は、ズボンの丈も短ければ上着も短い。屋敷に仕えることとなった忌人には、下腹部に浮き出ている陰紋がしっかり見えるようにと、1年中へその出る服を着ることが義務付けられているからだ。   「は、まだ誰も咥え込んだことがないというのは、本当か?」 「……あんたが初めてとか死んでも嫌だ」  男の言うこことは、ちょうど子宮がある位置だ。忌まわしい陰紋が浮き出ているへその下。幼い頃から色々と危ない目にはあってきたが、挿入されることだけは死に物狂いで回避してきた。 「……稀人が、なぜ忌人の一種とされているのか。貴重種だというのに忌人よりも地位が低いのか、考えたことはあるか」 「ねーよ。知りたくもない」 「ならば教えてやる」 「知りたくないって言ってるじゃんっ」  本当に話を聞かない男だな。 「この痣を持って生まれた者は、それこそ生まれる前から劣等種であることが決められている。世界がそう決めた。だというのに、成すべき役目を放棄し、この痣を消す代わりに髪と目を黒く染め上げ、異なる世界へと逃げ込んだ不届き者がいる。それが貴様ら稀人だ」  ぽたりと唇から垂れる赤を、アレクシスが舐めた。 「だからこそ、世界はそんな存在を赦さず、本来の役目を果たさせるためにこの世界へと呼び戻している──稀人は、光の当たらぬ場所で生きるべき、穢れた生き物なんだよ」 「だから、陰の生き物だって?」 「そうだ」 「違うよ。俺はあんたたちと同じ人間だ」 「同じ? 稀人と人がか?」  リョウヤのことが心底愚かだとでも言うように、男が冷笑した。 「貴様らの存在意義は、人のために価値のある子を生むことでしかない。たかだか30年ぽっちしか生きられないような貴様らを人が有効に活用してやっているんだ、感謝されるならまだしも噛み付かれる筋合いはないな」  身の程を知れと、雄弁に語るその目。アレクシスのような人は、忌人や稀人を人間として扱わない。人間は人のみなのだと信じて疑わない。確かにリョウヤたちの平均寿命は短いが、それは過酷な環境下で生きることを余儀なくされているからだ。決して、人よりも劣っているからではない。 「今から、僕がおまえに身を持って教えてやろう……おまえの価値を」 「そんなの、教えられ、て、たまるか……ッ」  いとも簡単にズボンを脱がされ、下肢を晒される。羞恥など感じる暇もなく、体中に走った鋭い痛みにびいんと足が突っ張る。 「ぁ゛っ……」 「へえ、随分と狭いな。初めてというのは本当だったか……」  ぴったりと閉じていた割れ目に、なんの前戯もなく突き入れられた、指。しかも手袋もはめたままだ。ひきつるような痛みにいくら呻いても、無骨な指は狭く乾いた膣内を無理矢理押し広げ、どんどん中に埋められていく。  挙句の果てにはぐりぐりと躊躇なくほじくられ、食いしばった歯の隙間から悲鳴が漏れた。 「ぅ……い、いた、い……!」 「息を吐け」 「ぁっ、ぐ……」  そんなこと言われたって、こんな痛みの中じゃ息だってまともに吸えない。 「は、ぁ、ふ……く」 「息を吐けと言っているのが聞こえんのか。狭くて動かし辛い」  腰をくねらせて悶絶しても指が引き抜かれることはなく、2本目の指が押し入ってきた。   「あ、ぁ───……ッッ!」

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