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37.シュウとマティアス(2)
強引に口を割り裂いて、柔らかな舌先と内頬の柔らかさをねっとりと堪能する。
ほんのりとした甘さに舌鼓を打ちつつ、軽い水音を立てて唇を離した。
まぶたを上げれば、稀人とばっちり目があって驚いた。
「……普通キスされるってわかったら目ぇ閉じない?」
「ああ、すみません突然だったもので。で、どうでしたか?」
「ん?」
「試食してみた感想は。僕は美味しいんでしょうか、自分ではちょっとわからないのですが」
稀人は唾液のついた唇をごしりと擦り、はてと首を捻った。突然の事態に慌てふためく様子もない。拍子抜けだ。ただの天然なのか、それとも無理に平静ぶっているのか。はたまた危機感が薄いのか。
どれにせよ、なかなか掴めない稀人ではある──ふうん、面白い。
「ふふ、もちろんとっても美味しかったよ。稀人っていうのはみんな甘いんだねぇ……次は、こっちの味が気になるな」
折り曲げた膝で、稀人の股の間をぐっと押し上げふにふにとした感触を堪能する。
稀人は目線を下げ、「ああ」と合点が言ったとばかりに頷いた。
「つまり僕の体をご所望なんですね?」
「……ホントに落ち着いてるね、稀人ってのはみんなそうなの?」
「いえ、今どうお断りしようかと考えていたところです。やめてください」
笑ってしまった。
「残念だけど、君に選択肢はないよ」
「と、言いますと?」
「ついさっき、守衛に絶対中には入ってくるなよって言い含めておいたからね。たとえ大きな音が響いても、つんざく様な悲鳴が聞こえても。時間が来るまであの扉が開けられることはない」
「買収、したんですか?」
「人聞きが悪いな。守衛の彼、実は父の知り合いでね。ふふ、顔が広くて助かったよ」
たった数十分の行為を見過ごすだけで、分厚くなった借用書が紙くずになるのだったら安いものだろう。
それに、今から行うことはただのつまみ食いだ。入れて出すだけなのだから15分もあればこと足りる。食べている最中にもうちょっと食べたいなと思えば、時間をいっぱいに使って、たっぷりと体と心を壊せばいい。
そうできるだけの経験も技も染み付いている。
「なんだかやけに、お2人のことを煽るなとは思っていたのですが……まさか2人きりの時間を残すためにわざとやってたんですか?」
「ご名答だ。鋭いね、君」
「はぁ……なかなかに用意周到ですね」
「お褒めにおあずかり光栄だよ」
喋っている間にも時間は過ぎる。とりあえずさっさと食ってしまおうと、細い腕を捻り上げてテーブルに押し倒した。肩幅はそこまで変わらないが、やはり全体的にマティアスよりも線が細く、か弱そうだ。
稀人は抵抗らしい抵抗もできずに、簡単に組み敷かれた。
「あ、の……、どいてください」
「ダーメ。どけって言われてどく馬鹿いると思う?」
「そうではなくて……やめた方がいいと思います、貴方のためにも。こういうのはお互いが合意の上で」
「面白いこと言うねぇ、稀人と人間で何が合意?」
稀人が、ぴたりと動きを止めた。それを、マティアスは諦めと取った。
「大丈夫、大人しくすれば可愛がってあげるからさ。でも、いつまでも抵抗するようだったら酷くしちゃうよ? 坊やは壊れなかったけど……君はどうかな?」
仰け反った首筋に舌を這わせると、「ぁ……」と弱々しく肩に手を置いてきた。上々な反応を示す獲物にほくそ笑む。
「待って、ください。僕なんかを選ぶなんて趣味が悪すぎます。人を見る目がありません」
「安心していいよ、私の目に狂いはないから」
「……そんなに僕の唇、甘かったんですか?」
「もちろん、涎が出るくらいにね」
「それは変ですね」
稀人が、肩から手をどかした。
「だって、僕も貴方と同じコーヒーを飲んだんですよ。苦くはなかったんですか?」
含みのある言い方に、服を脱がせようとしていた手が止まる。
「この世界の方々って本当に不思議ですよね。稀人ごときが人に歯向かうはずがないと、本気で思い込んでいらっしゃる。その驕りまくった自信は一体どこからくるんでしょう」
ゆっくりと、埋めていた首筋から顔を上げた。
「それはどういう、意味かな?」
「そうですね、例えば、背中に腕を回されても危機感すら抱かないとか」
するりと、背に回ってくる腕。
ついでとばかりに首の裏を撫でられ、きし、と爪を立てられた。
ぞくりと、する。
「あとは、淹れてもらった飲み物が安全なものかどうか確かめることなく、躊躇なく飲んでしまったりとかですかね。そういうの、なんて言うかご存知ですか?」
稀人は、笑っていた。
それはこれまで彼が浮かべていたものと何も変わらない、人のよさそうな微笑みで。
「頓 馬 、って言うんですよ」
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頓馬って言うんですよ。
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