98 / 152

37.シュウとマティアス(2)

 強引に口を割り裂いて、柔らかな舌先と内頬の柔らかさをねっとりと堪能する。  ほんのりとした甘さに舌鼓を打ちつつ、軽い水音を立てて唇を離した。  まぶたを上げれば、稀人とばっちり目があって驚いた。 「……普通キスされるってわかったら目ぇ閉じない?」 「ああ、すみません突然だったもので。で、どうでしたか?」 「ん?」 「試食してみた感想は。僕は美味しいんでしょうか、自分ではちょっとわからないのですが」  稀人は唾液のついた唇をごしりと擦り、はてと首を捻った。突然の事態に慌てふためく様子もない。拍子抜けだ。ただの天然なのか、それとも無理に平静ぶっているのか。はたまた危機感が薄いのか。  どれにせよ、なかなか掴めない稀人ではある──ふうん、面白い。 「ふふ、もちろんとっても美味しかったよ。稀人っていうのはみんな甘いんだねぇ……次は、こっちの味が気になるな」    折り曲げた膝で、稀人の股の間をぐっと押し上げふにふにとした感触を堪能する。  稀人は目線を下げ、「ああ」と合点が言ったとばかりに頷いた。 「つまり僕の体をご所望なんですね?」 「……ホントに落ち着いてるね、稀人ってのはみんなそうなの?」 「いえ、今どうお断りしようかと考えていたところです。やめてください」  笑ってしまった。 「残念だけど、君に選択肢はないよ」 「と、言いますと?」 「ついさっき、守衛に絶対中には入ってくるなよって言い含めておいたからね。たとえ大きな音が響いても、つんざく様な悲鳴が聞こえても。時間が来るまであの扉が開けられることはない」 「買収、したんですか?」 「人聞きが悪いな。守衛の彼、実は父の知り合いでね。ふふ、顔が広くて助かったよ」  たった数十分の行為を見過ごすだけで、分厚くなった借用書が紙くずになるのだったら安いものだろう。  それに、今から行うことはただのつまみ食いだ。入れて出すだけなのだから15分もあればこと足りる。食べている最中にもうちょっと食べたいなと思えば、時間をいっぱいに使って、たっぷりと体と心を壊せばいい。  そうできるだけの経験も技も染み付いている。   「なんだかやけに、お2人のことを煽るなとは思っていたのですが……まさか2人きりの時間を残すためにわざとやってたんですか?」 「ご名答だ。鋭いね、君」 「はぁ……なかなかに用意周到ですね」 「お褒めにおあずかり光栄だよ」  喋っている間にも時間は過ぎる。とりあえずさっさと食ってしまおうと、細い腕を捻り上げてテーブルに押し倒した。肩幅はそこまで変わらないが、やはり全体的にマティアスよりも線が細く、か弱そうだ。  稀人は抵抗らしい抵抗もできずに、簡単に組み敷かれた。 「あ、の……、どいてください」 「ダーメ。どけって言われてどく馬鹿いると思う?」 「そうではなくて……やめた方がいいと思います、貴方のためにも。こういうのはお互いが合意の上で」 「面白いこと言うねぇ、稀人と人間で何が合意?」  稀人が、ぴたりと動きを止めた。それを、マティアスは諦めと取った。 「大丈夫、大人しくすれば可愛がってあげるからさ。でも、いつまでも抵抗するようだったら酷くしちゃうよ? 坊やは壊れなかったけど……君はどうかな?」  仰け反った首筋に舌を這わせると、「ぁ……」と弱々しく肩に手を置いてきた。上々な反応を示す獲物にほくそ笑む。 「待って、ください。僕なんかを選ぶなんて趣味が悪すぎます。人を見る目がありません」 「安心していいよ、私の目に狂いはないから」 「……そんなに僕の唇、甘かったんですか?」 「もちろん、涎が出るくらいにね」 「それは変ですね」  稀人が、肩から手をどかした。 「だって、僕も貴方と同じコーヒーを飲んだんですよ。苦くはなかったんですか?」  含みのある言い方に、服を脱がせようとしていた手が止まる。 「この世界の方々って本当に不思議ですよね。稀人ごときが人に歯向かうはずがないと、本気で思い込んでいらっしゃる。その驕りまくった自信は一体どこからくるんでしょう」  ゆっくりと、埋めていた首筋から顔を上げた。 「それはどういう、意味かな?」 「そうですね、例えば、背中に腕を回されても危機感すら抱かないとか」    するりと、背に回ってくる腕。  ついでとばかりに首の裏を撫でられ、きし、と爪を立てられた。  ぞくりと、する。 「あとは、淹れてもらった飲み物が安全なものかどうか確かめることなく、躊躇なく飲んでしまったりとかですかね。そういうの、なんて言うかご存知ですか?」  稀人は、笑っていた。  それはこれまで彼が浮かべていたものと何も変わらない、人のよさそうな微笑みで。 「頓 馬(と ん ま)、って言うんですよ」  ───────────────  頓馬って言うんですよ。

ともだちにシェアしよう!