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lip10
勘違いから始まる恋なんて長続きしない。
するわけない。
すぐに終わってしまうんだ。
だからサッサと離れてくれないか。
夢中になる前に。
ああ、もう手遅れか。
「翔」
呼びかけに此方を向いた顔を見つめる。
「えっ。な、なに?」
「呼んで」
翔が目を見開く。
マイクを置いて、そばに来る。
「楓」
囁く。
「楓……」
僕の中で、楓の虚像が音を立てて崩れていく。
そうだ。
世界に求められているのお前じゃない。
僕なんだ。
「楓」
「んん……」
椅子に押し倒され、唇を奪われた。
さっきの短いものじゃない。
形を確かめるようになぞり、舌を突き出して。
チュク。
目を瞑ると、意識が集中して体が火照る。
「ふ……楓」
キスの間も呼ぶ。
舌を優しく噛み、音を立てる。
「あのさ、翔」
僕は息が苦しくなって押し返す。
「カラオケボックスって監視カメラ付いてるの知ってる?」
「マジ?」
指差した壁の模様。
一部が黒くなっている。
翔はそれを確認して、また迫った。
獣みたいな眼で。
「……余計熱くなんない?」
「そろそろ冷めていいよ」
「冷ます気ないから」
また口づけに溺れる。
大事に、優しくしてくれるキス。
それより先には進まず、翔はただ抱き締めた。
互いの呼吸がよく聞こえる。
密室に響いてる。
「ハァ……」
「冷めた?」
「いや。幸せすぎて」
僕は息を吐いて笑った。
「一つ聞いて良い?」
翔が頷く。
「初めて見たとき、本当に女の子だと思ったの?」
翔は答えずに耳朶を舐めた。
声が洩れる。
「ほら、曲始まるよ?」
「また入力すればいいじゃん」
「面倒だよ」
渋々体を起こす。
「楓は俺より歌が好きなんだ」
拗ねた口調で呟く。
僕はマイクに囁いた。
「翔に聴かせたいから」
一分一秒長引けと。
願いを込めて。
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