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Princess Rouge

悪徳栄える歓楽街の路地裏。 単調に唸り、生ぬるい風を吐き出す室外機と酒瓶を詰めた箱の間に蹲っているのは年端もいかない少年。ろくに食べてないのか、ひどく痩せている。薄汚れたジャンパーとスラックスを羽織っているが、明らかにサイズが合わずぶかぶかだ。 貧相な四肢をジャンパーの中で泳がせ、再び膝を抱え直す。 「あー……だりぃー……」 努めて空腹を意識しないようにするが、それも限界に近い。 懐からくしゃくしゃに潰れた煙草の箱を取り出し、乾いた唇に一本咥える。 震える手でライターを持ち上げ、穂先を炙り一服。 煙で腹は膨れないが少しはごまかせる。 とことんツイてない人生だが、ジャンパーのポケットに突っこまれた煙草を持ち逃げできたのはラッキーだ。 何日まともな食ってないんだっけ? カートを押して徘徊する他のホームレスにならってダストボックスをあさるのはまだ抵抗があるが、それも時間の問題。 恥に常識にプライド、さらには尊厳とか、空想上のくだらない概念に拘泥してたら野垂れ死ぬだけ。 新入りの少年は、浮浪者のたまり場と化した路地裏でも浮いていた。 家庭の事情でやむにやまれず家出してきたティーンエイジャーは珍しくもないが、まずそのいでたちからして変わっている。 大人サイズのジャンパーとスラックスを身に付け、袖と裾を二重に折り返しているが、靴は履かず寒空に裸足だ。しかもよく見れば、服のあちこちに乾いた血痕が付着している。 トラブルを抱えていると勘のいい者ならずとも一目で気付く風体が作用してか、彼は周囲から距離をおかれていた。 ドラム缶の火にあたる浮浪者の中には時折チラチラと盗み見る者もあるが、大半は我関せず無視をきめこんでいる。どのみち場末に流れ着いたのだから、だれしも人に言えない問題を抱えている。いちいち他人の事情に首を突っ込んでいたらおまんまの食い上げ。 少年にとっては都合がいい。 他人の干渉はうざいだけ。 ごくまれにその服はどうしたとか、怪我をしてるのか尋ねてくるお節介だか物好きだかがいたが、俯いたきり無視していれば皆肩を竦めて去っていった。 だが靴がないのはいただけない。裸足裏はすでに傷だらけ、泥だらけだ。あたり一面に尖った瓶のかけらや石ころ、ゴミなどが散乱し、最悪切り傷から破傷風に感染する。医者にかかるあてもカネもない少年は確実に詰む。 仕方がなかった。 あの時は急いでたのだ。 この服の持ち主から奪うことも一瞬考えたが、サイズの合わない男物の靴など躓きのもとになるだけだ。 転んだら追い付かれる、そして殺される。 あの男が生き返って追いかけてくるんじゃないか、血の海に横たわったあの人が恨みがましく這いずってくるんじゃないか、そんな強迫観念や被害妄想に近い焦燥感が止まらず、裸足で衝動的に家を飛び出した。 とにかく一刻も早く、一秒でも早くあそこから逃げたかった。 ほぼ部屋に閉じ込められた育った少年は、母がたまに買ってくるお飾りのシューズ以外自分の靴など持たなかった。 母のプレゼントはどれも装飾こそ凝っていたが、実用にはとことん向かない。あるいは纏足を施す気だったのか……自分を捨てた男の二の舞を防ぐために? 今となってはわからない。 あの人が考えていたこともその真実も、永久に。 伸び放題の前髪が不揃いに視界を遮る。風呂に入ってないから匂うはずだが、もう鼻が麻痺してしまった。 これからどうしたらいいか、どこへいけばいいのか……わからない、何も。 思考を働かせるのがひどく億劫だ。 無気力に膝を抱え、ボンヤリと虚空を見据える。 首の後ろが寒々しく違和感を覚える。何年かぶりに髪を切ってうなじを露出した。あの人は髪を切るのを許しちゃくれなかった。 でも、もういない。 今の彼を女の子と間違える人間はだれもいない。 「……だりー……」 もう一度、口に出して呟いてみる。 こんな言葉遣いがバレたら折檻されていたが、その本人がもういないとくればどんな汚いスラングも吐き放題だ。 「私」は……いや、「俺」は自由だ。「僕」より「俺」がいい、ちょっとだけ強くなった気がする。 それが虚勢でも、今ここにいることを肯定してもらえる。 「『俺』……ね」 むずがゆい一人称が早く馴染むのを願い、口の中でくり返す。 ファーストネームは封印する。 彼には英語名と中国名があるが、どちらも女の名前だ。あの人が理想の娘にお仕着せた名前など金輪際名乗りたくない。あの人はもういないのだから、義理を通す理由もないわけだ。 ……あの人がいないのに、なんで俺はここにいるんだ? 空きっ腹に煙がしみる。 ふと路地に影がさす。 店の裏口からまろびでた人物が、「くそったれ!」と怒鳴り、何かをおもいっきり壁に投げ付ける。 弧を描いて跳ね返った何かが、少年の足元に転々とやってくる。高級感あふれる新品の口紅だ。 店の裏口から飛び出したのは彼と同年代かやや上の少年で、いかにも夜遊びを好むハイティーン風のレザージャケットとジーンズで身を固めている。 「あのアバズレ……ひとのプレゼント台無しにしやがって。何がこんなだせえのいらないだよ、高かったんだぞ」 ブツブツ呟き、ゴツいブーツでやたらめったら壁を蹴り付ける。彼女と喧嘩でもしたのだろうか、殺気立った様子に怯えて周囲のホームレスが散っていく。 劉はただ眩いネオンに眼を眇めて、壁に当たり散らす少年を眺めていた。 「なに見てんだよ、フラれたのがそんなにおかしいか」 尖った眼光で睨まれ、咄嗟に逃げ遅れる。 憤然たる大股でやってきた少年が正面に立ち塞がり、ブーツの厚底で劉の顔の横を蹴り付ける。脳の奥でかすかな既視感が蠢く。 「…………別に。関係ない」 逃げろ、さもないと面倒なことになるぞ。そう理性が警告するが、体は座り込んだまま動かない。単純に燃料切れだ。腹が減りすぎて力が出ない。 劉は自暴自棄に限りなく近い気分でわざと見せ付けるように煙草をふかす。 少年の顔が憎々しげに引き攣り、無造作に襟首を掴み上げる。 「家なし?ウリでもしてんの」 首が締まって苦しい。無意識に片手を重ね、手をもぎはなそうとする。劉は最初の爆発でさっさと立ち去らなかった選択を後悔し始めていた。 場数を踏んだホームレスなら働いて当然の勘が、彼にはまだ備わっていなかったのだ。酸欠の苦痛に顔が歪み、少年の手に弱々しく縋り付く。 「はッ……痛ッぐ……はな、せ」 「今気が立ってんだ、お前がサンドバックになるか?あのオンナ……男に貢がせるのが趣味のポールダンサー……ちやほやされていい気になりやがって」 少年が低く呪詛を紡ぎ、ねばっこい目で劉を品定めする。少し酔っ払ってるみたいで呂律が怪しい。 怒り狂った少年の言い分を整理すると、こうだ。 彼はこのクラブの常連で同じ店のポールダンサーに惚れていたが、プレゼントを持って行った楽屋でその彼女が支配人の前に跪きフェラチオしている現場を目撃してしまった。そこで言い争いになり裏口から飛び出してきたというわけだ。 たまたま劉が居合わせたのは不運だった。容赦なく襟首を締め上げられて、壁に押し付けられた劉は、突然仰け反って笑いだす。 「は……はは」 「ンだよ気持ちわりぃ」 最初は小さく、次第にけたたましく、膨らみ弾ける哄笑の狂気にあてられて少年がちょっと引く。 コイツの言ってることやってること、全部お笑いぐさだ。『私』に理想をおっかぶせて『俺』を否定し続けたあの人とおんなじ、結局は独りよがりの思い込みじゃねえか。 酸欠の苦しみに生理的な涙が滲み、視界を彩るネオンがぼんやり滲みだす。喘鳴と笑いの下から途切れ途切れの言葉を発し、真っ向喧嘩を売る。 「勝手に夢見て、勝手に幻滅してちゃ世話ねーな」 「……ッ……、」 少年が怯む気配が伝わる。多かれ少なかれ自覚はあったのか……浮浪児と侮っていた劉の、異様な気迫に呑まれたのか。 殴られるかな……痛てえのはやだな。痛くしねえでくれるかな。漠然とそう思い、諦念に回帰して目を閉じる。粘着質な視線が顔じゅう這い回り、体にそって下りていくのを感じる。 「―いくら?」 「……は?」 「お前の値段。いくらだ」 うっすらと目を開け、不審げなまなざしで少年を凝視。売春を持ちかけられてると気付いたのは、数呼吸あとだ。 一瞬、完全な思考停止に陥る。襟首を締める手が弛み、息を吸えるだけの通り道を確保する。俺の値段……俺の価値?ンなの知るか。 あの人の自慢の娘じゃなくなった今の俺に、一体全体価値なんかあるのか? 助けを求めて視線を巡らすがだれもいない、さっきまでドラム缶の焚き火に屯っていたホームレス連中はとっくに逃げ隠れしてしまった。 劉は小さく首を振り、消え入るように呟く。 「……ウリはしてねえ」 「おいおいそのなりでかよ、靴もはかねえでカネに困ってんだろ?この手の店の裏口は売春スポットだ、知らねえとは言わせねえぞ」 「ホントに知らね……」 「じゃあ今日がデビュー?」 話が噛み合わない。酔っ払いはたちが悪い。困惑しきって首を振り続ける劉に詰め寄りゲップ、痩せ細った手首を掴む。 「お前……よく見ると、肌白いな。ナヨっててオンナみてえ」 「はなせよ」 「憂さ晴らしに付き合えよ」 無造作に前髪をかきあげて素顔を暴けば、露骨な関心の色が浮かぶ。振り払おうともがいても無駄、力の差は歴然だ。押し引きしてる間にタイミングを読んで腹が鳴る。何も食べてないせいで力が出ない、このままじゃどのみち行き倒れだ。ならいっそ……意志が折れ、うなだれる。 恥辱に震える拳を握り締め、凄まじい葛藤を目に浮かべ、どうにかこうにか苦肉の妥協案に漕ぎ着ける。 「……口だけでも、いいか?」 「当たり前だ。野郎のケツになんて入れねーよ、どんな病気あるかわかんねーし汚えじゃん」 少年が酒臭い息を吐いて笑い、先程捨てたプレゼントを拾って歩き出す。付いてこいと顎をしゃくられ仕方なく従いながら、劉は別にたいしたことじゃないと自分に言い聞かせる。 他に稼ぐ手立てがあるか? ない。 帰る場所はあるか? ない。 失うモノはあるか? ない。 ないない尽くしが地べたで生きていくには、カラダを売るのがいちばんてっとりばやい。まわりはみんなやってることだ、じきに慣れる……あの人だって俺を食わせるためにカラダを売ってたじゃないか…… 出口が見えない自己嫌悪の堂々巡りに嫌気がさす。裏口から中へ入り、案内されたのは卑猥な落書きに埋め尽くされたトイレだ。 個室のドアは一戸を除いて全部閉まっていて、激しい軋みと男女の喘ぎ声がもれてくる。 「ヤリ場なんだ、ここ。交渉成立したらシケこめる」 少年に手を引かれ、残る個室へ入る。安普請の壁がドンドン叩かれ両隣の喘ぎが競い合うように高まっていく。 「跪け」 のろくさぐずっていたら太腿を蹴られ、がくんと膝を付く。 その隙を逃がさず前髪を掴まれ、グッと股間に引き寄せられる。固いモノが頬にめりこみ、恐怖と嫌悪にわななく。 「なんで俺なんか……」 「さあ?似てっからかな」 「誰に」 「ガキん頃一目惚れした女の子。ダチとバスケいくときアパートの窓から見下ろしてた」 それ、俺だ。 どうりで見覚えがあるはずだ、レザージャケットで格好付けたこの少年は過ぎ去りし日に劉が見かけた男の子だったのだ。 コイツらと遊びたいあまりバスケットボールをおねだりし、こっぴどく折檻されたトラウマが生々しく甦る。 「なんか雰囲気あるよ。あの子とちょっと似てる」 淡い初恋の思い出に浸る少年の隙を突いて逃げようとしてまた引き戻される。 「往生際悪いっての、一度はOKしたろ」 「ッぐ!?」 ブーツの厚底で腰を蹴られて蹲り、たちどころに二発目がくる。 今度は肩を蹴飛ばされ、思わず呻く。 少年が大きく脚を開いて便座に跨り、正面のタイルに劉を座らせる。 「こっち向いてじっとしてろ」 「なにすんだ……」 「ただヌくだけじゃツマんねーだろ?メイクアップ、メイクラブだ」 片手で劉の顎を掴んで固定、もう片方の手で新しいルージュを翳す。劉は小さく首を振り、それだけはよせやめろ許してくれと潤んだ目で悲痛に訴える。 そうして彼がいやがればいやがるほど興が乗り、嗜虐の笑みを深めた少年は、頬に手指を食い込ませてひそやかに囁く。 「かわいくしてやる」 口紅の先端が唇に近付き、ゆっくりと輪郭をなぞりだす。 劉は目を閉じてじっと耐える。コイツは酔っ払ってる。自分のしてることがわかっちゃないんだ。手慣れてる、とはとてもいえない。他人に口紅を施すなど初めてに違いなく、手はあぶなっかしく震え、途中何度もルージュがはみだす。 「あはっ、ひでえカオだな!」 ズレた口紅を苛立たしげに指でこすってかき消し、かと思えばわざと塗り広げて伸ばし、一人で笑い転げる。 劉にとってはただひたすらに苦痛に満ちた時間だ。ひょっとしたら、強姦されるより苦痛だ。 「…………ッ…………、」 顎を掴まれてるせいで顔を背ける自由すら許されず、嘗て遊び仲間に入りたがった少年の手で不器用に口紅を引かれていく。 固く冷たい先端が唇に当たり、犯し、めりこみ、強引にこじ開ける。 殺したいと心底思った。 今ならできると確信した。 でも、それで……それからどうする?どうやって死体を始末する?個室に残して逃げるのか、逃げ切れるのか?裏口からここへ来るまで、何人に目撃された? 合意の上の行為だ。 承諾したのは自分だ。 だって、ほかに選択肢はない。 どうせ行くところなんかないんだから、どんなゲスな行為も受け入れるしかない。 ともするとはねあがりそうになる手を意志の力で封じ、暴走しかける殺意を握り潰す。切り刻むのは容易い。問題はそのあとだ。 よく考えろ、また逃げる羽目になるぞ…… 指の股からタイルの上へ這い出た糸が引っ込む。漸く口紅を塗り終えた男が出来栄えに満足、ふざけて口笛を吹く。 「美人になったぜ」 ジャケットの懐から手鏡を出し、頼んでもないのに突き付けてくる。そっぽを向いた劉を引き戻し、無理矢理鏡を覗かせる。そこにいたのは痩せこけて顔色の悪い少年。 不健康な顔の中、唇だけがけばけばしく赤い。 鏡の顔が恥辱に赤らみ、ナイーブに睫毛が震え、鬱屈をためこんだ眼差しに激情の波紋が広がる。 「……もういいだろ」 捨て鉢に吐き捨て、手の甲で口紅を落としかければ、少年が重ねて命じる。 「そのままやれよ」 「はあ?」 「聞こえなかったか?跪いてしゃぶれって言ったんだ」 脳天から素っ頓狂な声を出す。が、少年は本気だ。劉に向ける眼差しは威圧的で、紛れもない欲情に濡れ光る。劉は舌を打ち、もうどうにでもなれと笑ってみせる。 「……悪趣味」 腹をくくって跪き、便座に跨った少年のジッパーを下ろす。下着に手をかけてためらうが、意を決してずりおろす。 「ちゃんと両手で持てよ、擦って可愛がるんだ」 「わかってるよ」 自分のモノとは大きさも迫力も違うペニスに絶句、どん引きしたのをひた隠しに両手で捧げ持ちやわやわと揉みほぐす。ぐにゃりとした感触の気色悪さに自然と顔が歪む。 コレ含むのか? 正気の沙汰じゃない。 おっかなびっくり慣れない手付きで擦り立て、先走りのぬめりをすくい広げる。生理的嫌悪で胃がしこり、猛烈な吐き気がこみあげる。ぐんにゃりしたかたまりに芯が通り、てのひらの熱が移っていく。 「キスしろ」 「え」 「早く」 「……」 唇に?と聞き返すほどウブじゃない。少年が何を望んでいるか、何を要求されているかはわかる。わかるけど認めたくない。 時間稼ぎに陰茎を弄んで育て、少年が快楽に息を荒げ始めたのを上目遣いに確かめ、赤黒く張った先端に唇をもっていく。 「ん、ぅ」 苦くてまずい。吐き気がいよいよ膨れ上がる。吐いたら殴られる、我慢しろ。生まれて初めてのフェラチオ……上手くできるか不安だ。 歯を当てないよう気を付け、右に左にこまめに角度を調整する。 なにやってんだよ俺。頭の片隅、もう一人の自分があきれ返る。うるせえ、黙ってろ。床にはめ込まれたタイルから膝へ、酷薄な冷たさがしみてくる。股間に顔を突っ込み、両手でペニスを立て、何度もくりかえしキスをする。できるだけ頭からっぽにして、何も考えないようにして、まなじりから流れる涙もほったらかして奉仕にのめりこむ。 「は……、女の子みてえなエロい顔でしゃぶるんだな。せっかくの口紅、溶けてきちまってんじゃねえか」 突付き回すようなもどかしい舌遣いにじれて、劉の頭を掴んで深く埋める。口の詰め物にえずけば、興奮した声が間近で聞こえる。 「見ろよ、俺の白いのとお前の赤いのがまざってやらしー眺め」 唇からペニスへ、口紅のあとが移っている。劉自身の唇もカウパーでてかり、ねばっこい白濁に塗れている。 「ぁふ、んぐっ……んゥ」 吐き気と戦いながらのフェラチオに朦朧とするのか、ばらけた前髪が覆う目はとろんと濁り、病的な赤みがさした顔が一際嗜虐をそそる。 少年がぞくりと震え、官能の吐息を一筋漏らす。 「口……ハッカの匂いだ」 「メンソール喫ってたからな」 「すーすーして気持ちいい」 余裕のない口淫と馬鹿話。 「煙草の好みまで女っぽいのな」 「るせえ……ぁむ」 唇に滴る白濁が糸を引き、そばかすが散らばる卑屈な顔立ちに、女々しさと毒々しさの中間のアブノーマルな色気を萌芽させる。 「そうだ、舌を使え。口いっぱい頬張って窄めろ……やればできるじゃねえか、はは……こーゆーアブノーマルなのもたまにゃいいな、ぞくぞくする」 少年はすっかり機嫌を直し、劉のボサボサ髪に指を通してなでくりまわす。劉は心底相手を呪いながら下半身に奉仕する。 ただただ苦しくて、ただただ悔しくて、なのにいじめられてぞくぞくする。 床から見上げる少年の口元が恍惚と緩み、うっとりと愉悦に酔いしれる。 「マジであの子にしてもらってるみてえ……」 もしあの時、勇気をだしてコイツに呼びかけてたらなにか変わったのか? 窓を開けて、身を乗り出して。 たった一言待ってと、仲間に入れてと、もしくは助けてと叫んでいたら俺の人生は変わっていただろうか。 仮にそうしていたら、俺は今トイレの床に跪いてコイツのをしゃぶらずにすんだかもしれない。 わざわざ似合わねえルージュをひかれて、初恋の女の子の身代わりとやらにされずにすんだかもしれない。 「寂しそうな目がよく似てる、おどおどしたとこがそっくりだ」 「……どんな子なんだ?」 「わかんねえよ、口きいたことねえもん。一回だけ目が合ったけどすぐ引っ込んじまった。あの時勇気をだして遊びに誘ってりゃ、今頃モノにできたかもしんねえのに……惜しいことしたぜ。仲間内じゃ二階のお姫さまって呼ばれてた……フリフリのカワイイ服着てさ、窓に手ェ付いてじっとこっちを見詰めてるんだ……ある時からカーテン引かれてぱったり見なくなっちまったけど、ちょうどお前とおなじダークブラウンの髪で……瞳の色はどうだったかな……ゥッ」 少年が痙攣し口の中にだす。 飲もうかどうするか迷い、トイレットペーパーを毟り取って吐き捨てる。気を悪くするかと危ぶんだが、相手は射精の快感に酔い痴れて放心状態だ。 事を終えた劉はさっさと立ち上がり、無言で片手を突き出す。 「カネくれ」 「……あのさあ、ちょっとは余韻に浸らせろよ」 「俺は『お姫さま』じゃねーからな」 「チッ、わあったよ」 皮肉っぽく笑えばさすがにシラケたか、一転不機嫌になった少年がくしゃくしゃの紙幣を手渡す。札を弾いて数える劉とすれ違い際、その目に一抹の未練がきざす。 「お前さ……姉貴か妹いる?」 「さあな」 ジャンパーのポケットに紙幣を突っ込み、手の甲で乱暴に口を拭いルージュをこそぎおとす。 まだ何か言いたげに個室に立ち尽くす少年を置き去り、店を通って外に出る。 口直しにメンソールの煙をおもいっきり吸い込んでから、フィルターにこびり付いた口紅の名残りに気付き、忌々しげに噛み潰す。 「畜生…………」 その一言と同時に室外機が切断される。 「畜生」 建物の外壁に無数の線条痕が走り、ネオン輝く夜空に鋭利な軌跡がきらめき、舞い、翻り、熾火が爆ぜるドラム缶が切り刻まれ、ホームレスが置き忘れたカートが解体され、外れ転がる車輪も弾け飛ぶ。 「畜生!!」 それはまるで、爆発的な勢いで路地裏に展開される巨大な蜘蛛の巣。 柔靭に撓う不可視の糸が全方位に張り巡らされ、彼が呪詛するごと、夜空に向かって吠えるごと、アスファルトを抉り穿ち貫き、巻き付いて締め上げて切り裂いて残骸をさらに細分化していく。 ほかに人がいないのは幸運だった。 底なしの破壊衝動の赴くままめちゃくちゃに腕を振り抜き振り上げ、力強く宙を薙ぎ払えば硬化した糸も弧を描き、既にひしゃげて原形をとどめぬカートをズタズタにする。 「畜生…………」 劉が崩れ落ち糸が収束、ドラム缶が倒れて暗闇の嵩が増した路地に静寂が舞い戻る。 そのあとしばらく、劉はハシたカネと引き換えに男に買われるようになった。 尻は貸さず口だけと前もって取り決めて、素人くささがそこそこウケるフェラチオのあとはメンソールの煙草で口直しをする。 口の中をスッキリ整えるにはコイツが一番だし、すーすーして気持ちいいと客にも好評だ。 お姫さまはもういない。 いたとしても、アバズレだ。

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