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巣作り(1)【β×Ω】
「どうぞ」
「ええっと……お、お邪魔します」
ヒート休みに入ろうかって所で、仁科儀 先輩に部屋から連れ出された。平気だって言ってんのに自分が世話を焼くって言って。
Ωがヒートで受ける不利益を体験するって趣旨で全生徒に割り当てられてるヒート休み期間中は、基本的に自室謹慎だ。じゃないと全員休みにしてる意味がないし。
だから……今のオレは完全にルール違反。しかも生徒会長に片棒を担がせている。
「これバレたら親衛隊がこえぇ……」
α連中には勢力図があるらしくて、取り巻きとか親衛隊とかちょっと変わったチームがある。アイドルの過激派ファンみたいなやつかなって思ってるけど、ちょっと違うのは牽制がファンの仲間だけじゃ済まないところだ。
先輩に絡まれるようになってから、突っかかってこられたり、嫌がらせされたり……まぁめんどくさい事が色々あった。β様って呼ばれてる有名人な先輩の手前、滅多なことは出来ないっぽいけど。
いつもならオレは悪くないから平気な顔で居られるけど、今回は関わってしまっている。というかオレのせいだ。何も言えない。バレたら向こうの嫌みに反論すらできない。それはムカつく。
「心配するな、お前を囲う事は伝えてある」
「はぁ。だからってそう簡単に……は? 囲うって何! 誰が誰を!?」
あんまりにもさらっと言われたから流しかけた。何か変なこと言ってる。妙なこと企んでないかこれ。
「俺が、春真 を、だ。春真のヒート休みは俺の部屋で過ごさせる。誰にも否は言わせない」
「なっ何を勝手な! そんなもん学校にバレたら」
「申請済みだ。お前と居る時のデータ供用をちらつかせたら二つ返事で乗ってきた。第三者が取ったヒート中のΩについてのデータは貴重らしいな」
つまり、オレのヒート期間のデータで釣った訳だな。はっきりした数値の出る項目以外はちょっと適当に書いてるのバレてたのかもしれない。
正直何書いたのかすら全然覚えてないけど。
「……嫌、だったか?」
じっとオレを見つめる冬弥先輩は珍しくちょっと自信なさげで。少し弱々しく見える姿に心臓がきゅうっと絞められるような感覚がして。
もうこうなったら何も言えない。
「うぐぐ。嫌じゃないからムカつく……」
「ほら、おいで。こっちが寝室だ」
けろりといつもの表情に変わった先輩に手招きされて渋々ついていく。どう答えるか分かってたんだよな、たぶん。ちょっと悔しい。
頭の中でぶつくさ言ってたけど、開いたドアの向こうからふわりと漂うルームフレグランスの匂いに意識が釘付けになってしまった。先輩と抱き合うと少しだけ漂ってくる、穏やかな匂い。
――仁科儀 冬弥 の匂い。
どくりと、少しだけ心臓が大きく脈打った。
「春真?」
「あ……えと、意外と散らかってるなって」
「うるさい。学生の部屋なんだからそんなもんだろ」
そう言う先輩はちょっと恥ずかしそうだった。自覚はあるらしい。
その後は普通にリビングで一緒にテレビ見て、飯食って、何故かヒート事故のフォロー活動について話に花が咲いて、風呂入って。何か無茶振りでもされんのかと思ったけど普通に過ごした。
床に布団敷いて寝ようとしたら、恋人を床に寝かせられるかとベッドに放り込まれて。壁際に追いやられて蓋をするみたいに先輩が床側へ寝転んだ。
「おやすみ、春真」
「……おやすみ、仁科儀先輩」
色んな匂いがする。先輩本人以外からも伝わってくる匂い。布団に残っていた匂いが全身を包んで落ち着かない。
早々に寝落ちてしまった先輩の寝顔にどぎまぎしながら、何となく落ち着かない夜を過ごした。
次の日。
先輩はやけに上機嫌で部屋の玄関に立っている。
「じゃあ、行ってくる」
「ん……いってらっしゃい」
ヒート休み期間に入ったオレは先輩を見送って部屋に残った。自分の部屋じゃないから落ち着かなくて、何となく物が散らばった部屋を片付け始める。
やっぱり忙しいんだろうな。汚いワケじゃないけど、物があちこちに置かれている。洗濯物も下着や肌着みたいな汚れやすいもの以外はまとめてやるタイプみたいだ。
「……服……」
手に取った服をじっと眺めていると、こくりと喉が鳴った。
……それからどれくらい経ったんだろう。パタンとドアの閉まる音で我に返った。
「ただい……ま……春真!?」
寝室に帰ってきた先輩がぎょっとした顔をしている。片付けしてた記憶しかないから、どうにも寝落ちしてたっぽい。
不思議に思って体を起こすと、少しだるい感じがした。
「ん……おかえり……」
「どうした!? 具合でも悪いのか」
起き上がると慌てて先輩が駆け寄ってくる。この時期で具合が悪そうに見えるなら、理由はひとつしかないのに。
「いや……たぶん、ヒートだと思う……」
「なんだ、そうか……洗濯してくれている間に倒れたのかと……」
「せんたく……?」
そういえば片付けの途中だった。
周りを見ると、洗濯籠に入っていたはずの服がベッドの上に散らばっている。寝転んでいた所の周りは特に酷い。体の下に敷いてみたり上から被ってみたり、まるで簡易の寝床みたいになっていた。ベッドの上なのに。
「っ、あ……っ……」
その光景の理由に思い至って、ぶわりと身体が熱くなってきた。黙って様子を見ていたらしい仁科儀先輩が、訝しげな表情で顔を覗き込んでくる。
「春真、顔が赤いぞ。身体も熱いし、やっぱり救護室に連絡を……」
「だい、じょうぶ」
違うんだ。
先輩が心配してるような事じゃない。
「風邪は拗らせるとしつこいんだぞ」
「風邪じゃ、ない……巣……」
「す?」
真剣に心配してくれてる表情を見てると、ちょっと口に出すのが恥ずかしい。
「先輩の服……やたらいい匂いで……その、よく覚えてないけど。巣作りしようと、したん、だと思う……」
洗濯籠の服を取り出した時、先輩の匂いだって思った。先輩が授業に出て居なくなってしまったからその匂いに無性に引き付けられて。
この匂いに包まれたいと――思ってしまったんだ。
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