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君の香りを(2)【β×Ω】

 とりあえずソファに移動すると、冬弥も膝の上にもぞもぞと移動してくる。人の顔をぺたぺた触って遊ぶ表情は何だか楽しそうだ。 「……ごめんな、わざわざ来させて」  本当なら家でゆっくりしてただろうに、急に服を頼んだせいではるばる人里離れた学校まで来させてしまった。  冬弥はヒート中のオレに物凄く甘い。こうなる事だって、よく考えたら予想できたのに。  オレの言葉に少しキョトンとしてたけど、すぐにふわりと笑う。 「構わない。会いたかったから来たんだ。いっそここに住んで大学に通いたいくらいだが」 「いや、無茶だろ。そもそも遠すぎるだろ」  この学校は全寮制なのを良いことに、最寄駅から歩くにはかなり遠い位置にある。対して冬弥の大学は街の近くだ。  たまにならいいけど、毎日通うのは無理ゲーすぎる。 「……皆にそう言われた」  むくれてるけど、至極全うな指摘だと思うぞ。そんな事考えてくれんのは嬉しいけど。 「しばらくは俺の服で我慢してくれ。巣でも寝床でも、何にでも好きに使うといい。また持ってくる」 「ありがとう。洗って返すから、その……汚したらごめん」  言ってからどんな想定してんだって思ったけど、巣に使うからちょっと否定は出来なかった。  今まで服の値段考えてなかったから当たり前に使ってたけど、よく考えたらとんでもない事をしてたかもしれない。今まで敷いたり被ったりしてた服……我が家のシーツや布団の値段軽く超えるやつだろ、多分。  嫌なことに気が付いて変な汗が出始めた頃、冬弥がじっとオレの顔を覗き込んできた。 「なぁ……少しだけ触れてもいいか。去年ずっと共にいた分、春真が足りなくて仕方ない」  薄い茶色の瞳に自分の姿が映る。べたべた頬を触ってた手は首の後ろに回って、いつの間にかガッチリとオレを抱え込んでいた。  鼻先や唇が顔やら耳やらに掠めるように触れてくすぐったい。  ……煽られてる。めちゃくちゃ煽られてる。  軽く触れるだけだったキスが少しずつ深くなって、かぷりと口を塞ぐようになった頃には酸素が持ってかれ始めた。頭がくらくらして抗えない。会いたいと思ってた相手に触れて、流されずにいるのは難しい。  だけど何とか押し留めて、ぐっと押し返した。 「っだ、大学、は……?」  明日は平日だ。  大学が高校と同じなのかは分からないけど、大体の場合は授業があるんじゃないんだろうか。こんな所にいつまでも居て大丈夫なんだろうか。  何よりこのまま流されてしまったら……帰らないで欲しいって、言ってしまいそうだ。  そんな心配するオレをよそに、冬弥はにっこりと笑う。 「代わりに出席の返事をして貰えるように、同じ授業の奴に頼んできた」 「悪い学生だな……」  何やってんだよ、高校じゃ優等生してたくせに。そういうのバレたらヤバイんじゃないのか。 「バレたら泣きの土下座でもするさ。それに、春真が不足し過ぎると勉強どころじゃない」 「なにそれ」  甘えるように頬擦りをしたり、軽いキスを繰り返したり、オレを誘うように冬弥は触れてくる。ふわふわとしていた甘い匂いが急に強くなって、ああもうダメだと頭の中で自分の声が響いた。  昼間に抜いて落ち着けたはずのヒートが、どうにもまた始まってしまった気配がする。  もう、こうなったらどうにもならない。 「オレも、冬弥が足りない……いつも通話してくれるのは嬉しい。でも終わると寂しくて仕方なくなる。キスしたい。抱きしめてほしい。なぁ、とーや……」  今まで触れられていたのを返すように、冬弥の顔に頬擦りをして、キスをして、耳を食む。 「服、脱いで」  冬弥の着てるシャツのボタンを二つ外して、鎖骨に軽く吸い付いた。膝の上に乗ってる体をソファに押し付けようとして。  ぐるんと、視界が回った。  あぁ押し倒されたんだと気付いたのは、服が全部寛げられた後だった。だいたい最初はオレが押し倒すから気付くのが遅れた。  のし掛かってくる冬弥の顔はギラついてて、まるで獲物を捕まえた肉食動物だ。獲物よろしく捕まえたオレを弄ぶみたいに、露出した肌に手やら舌やら唇やら、隅々までありとあらゆる手段で触れてくる。  触られる手付きはめちゃくちゃ優しいし気持ちいい。だけど焦らされてるみたいでもどかしい。どんどん体が熱くなっていって、触られる所がじんじんする。 「濡れるのが早いな……今回はきついのか」  ぽつりと呟かれた言葉と一緒に指が触れたのは、いつもの場所。  冬弥を受け入れる場所。  水音をさせながら入ってくる指の感触がやけに響く。かき混ぜられたり擦られたり、たった指一本に翻弄されてオレの体は何度も跳ねた。 「ひ……ッあ……! んぅ、っ、っく」 「はるま……」  嬉しそうにオレを見下ろす顔は、うっとりしているって表現がぴったりだと思う。優しい顔で、とろんとした目で、甘ったるい微笑みを浮かべてる。  なのに目線が熱い。オレを見る視線だけ、やけに粘っこくて……あつい。    指がオレの中から出ていったと思ったら、冬弥が見覚えのある袋の封を切る。 「入れるぞ、春真」 「ん……」  ぼんやりした頭で頷くと、ぐいっと腰を引きずられて。抜かれた指の代わりに冬弥の固くなったものが入口に触れた。そっと入ってくる。ゆっくりゆっくり、奥へ。 「は……っ、んっ、ふ、ぁぐ……!」  少し苦しい。でも。 「ん……! んっ、んっ、んあぁあぁぁ……!」  深々と繋がった腰が揺れて、ビリビリと電気みたいなのが駆け上がってくる。  気持ちいいけど、気持ちよすぎて息が苦しい。  何だこれ。初めてするんじゃないのに。 「や、っ……と、や……とぉ、やぁぁ……ッ!」 「ッ!? は、るま……!?」  何だか怖くなって冬弥にすがりついた。  何度も出入りする腰に足を絡めて抱きついて。ひっきりなしに駆け上ってくるゾワゾワに、大袈裟なくらい大きく呼吸をしてひたすら耐える。  だけど、すがりつくほど冬弥の息が荒くなっていく。動きが激しくなっていく。 「あっ、う、ンぅ、ん……ッ、う、あ゛ァ……ッ……!」  ひときわ強い刺激が体の中で爆ぜて、ひくひく震える体に力が入らなくなってしまった。腹の中はぎゅうぎゅう引きつってるのに、手足の筋肉には頑張っても力が入れられない。  ついには必死で抱きついてた手も足も離れてしまって、どさりとベッドの上に落下していった。   「…………は、る……ま……」  ゆらりと体を起こした冬弥の顔はどこか苦しそうだ。さっきまで笑ってたのに。  今はもうそんな気配もなく、熱のこもった視線をじっとオレに落としている。 「はるま……すま、ない。もう……」 「とー、や……?」 「もう……押し留められそうに、ない」  そう呟いてもう一度覆い被さってきた冬弥は、さっきより少し乱暴にオレに押し入ってきた。腹の中がひくついたまま深く繋がって、揺さぶられて、突かれて。  さっき一回イってるはずなのに、体を走り回るゾワゾワは少しも衰えない。  ……そういえば今ヒート期間だった。  冬弥はβだけどαに近いから、がっつりオレのフェロモンで当ててしまったかもしれない。  そんな事を思う間にも冬弥は奥深くを突き上げてくるし、ゾワゾワが一気に増していく。気持ちよすぎて自分とは思えないぐらいに散々喘いで、何度も何度も強い刺激が体中で爆ぜていく。  ヒートのせいか中々止まらなくて、冬弥とずっと抱き合って。やっと落ち着いた頃には夜がすっかり明けていた。      朝っぱらから風呂に入って、ヒート休み中の生徒に支給される食事と冬弥が買ってきた食べ物を二人で分けて。久しぶりに何から何まで世話されて、満たされながら寝落ちしたら次は昼過ぎだった。だけど冬弥はずっとオレの隣に居て、昼飯も食べさせてくれる。  大学は?とは聞けなかった。聞いたら帰ってしまいそうだったから。  また半日抱き合って夜を明かす。うとうとしながら冬弥を抱き締めてると、大学の人達からだっていう電話が鳴った。  最初は出ずに無視してたけど、連続で何十回とかかってきて。ずっと何か交渉してたっぽいけど上手く行かなかったのか、物凄く不満そうな顔でスマホを睨んでいた。  仕方ない。ヒートも落ち着いてきたし、年貢の納め時ってやつだ。 「……じゃあ。またな」 「ん。ありがとう」  むくれながら玄関に立つ冬弥を笑いながを見送る。姿が見えなくなってから、玄関のドアをそっと閉めた。    早速寝室に戻ると、リビングから持って来た段箱の服を一箱分ベッドにぶちまけて中に潜り込む。鼻をくすぐる冬弥の匂い。本人には敵わないけど、何もなしで居るよりずっと安心する。 「とーや……」  また来週、って約束をした。持ってきて貰った服を引き取りにくるからだけど。  単純なことに、また会えるんだと思うと途端に寂しさが軽くなっていく。会いたいって思ってたのも自分だけじゃないって分かって、物凄く安心した。  着てた服を全部脱いで、冬弥の服を何枚か体に巻き付ける。本当は着れたらいいんだけど、冬弥の方が小さいからオレにはこれが限界だ。  そのまま布団を上から被る。冬弥の匂いがこもって、暖くて柔らかい肌触りが気持ちいい。 「次はオレの持って帰って貰おうかな……」  寝る時にオレのを着てくれたら、匂いがついた服を着れる。それに、通話の時にオレのを着てしてくれたら―― 「……やべぇ、名案だな」  軽く興奮を覚えながら、机の上に放り出してたスマホを手に取る。  よく服を買う通販サイトを開いて、何を着て貰おうか思い浮かべながら商品を総当たりで開いていったのだった。  完全にヒート期間を抜けて我に返ったオレが、通販の請求額で頭を抱えるのは……あと数日後の話。

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