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第66話 ささやかなパーティー 1
「それじゃあ、京と榊さんの結婚と、京の全快を祝って!」
「かんぱーいっ!」
俺の家にメンバーを呼び、全快祝いをかねて気持ちだけの結婚パーティーを開いた。
グラスの中身を飲み干して、拍手と口笛とヤジが飛ぶ。
「なるほどー。ここが二人の愛の巣になるのかっ!」
「その言い方、やーらしぃー」
「いや、拠点はどっち? こっちの京の方? あっちの榊さんの方?」
「特に決めてねぇ。どうすっかなー」
ギプスが外れる少し前、壱成がマンションを購入した。
俺の入院中から動いていたと聞いて驚いた。本当に壱成は、俺と一緒に住めるよう考えてくれていたんだ。
壱成とリュウジと、最終的には俺も一緒に一芝居を打った。
壱成が、思い切ってマンションの購入を考えてると事務所で話し、みんなに周知される。
メンバーの送迎も考えて、なるべく近くのマンションがいいと、わざと社長の前で社員と話をする。
すると社長が「だったらうちが押さえてるマンションから選んだらどうだ?」と願いどおりの言葉を言ってくれた。
「いえ、それは私にはちょっとランクが合わないかと……」
「なんだよ、一生の買い物なんだからそんな安いところは考えてないだろ? 社員価格にしてやるよ。せっかくなんだから考えてみろ」
「社長……ありがとうございます」
これで壱成が俺たちメンバーと同じマンションを購入しても、不自然ではなくなった。多少背伸びでも二人で払えばなにも問題ない。
壱成は間取りと立地と、なにより送迎が多いという理由でリュウジのマンションの一室を選ぶ。俺のマンションに空きがなかったのもあるが、もしあったとしても選ばなかった。少しでも疑われるような行動は見せたくない。
そして、俺の世話係中に早々に引越しを済ませた。いまは荷造りから荷解きまですべて引越し業者がやってくれるサービスがあるらしい。すげぇ便利。
さて。リュウジのマンションに引越しが済むと、今度はリュウジが社長の前で愚痴をこぼす。
「榊さん絶対俺のこと監視するよー。彼女のこととかうるさそう……。俺引っ越してぇなー。彼女ん家も遠いしさ」
リュウジはファン公認の彼女がいて、なにも隠す理由がない。クソ羨ましい。
すると、リュウジの言葉を聞いていた社長が口を挟む。
「押さえてるマンションで近い所はないのか? なんも好きなとこに引っ越せ。どうせ公認カップルなんだから」
「京のマンションが一番近いけど、いま空いてないんですよ」
「なんだそうか」
そこに偶然俺が通りかかる。
「俺がなに? なんの話?」
「かくかくしかじか」
「なんだよそれっ! 榊さんが同じマンションでお前文句言うなよなーっ!」
俺が榊さんに懐いているのは周知の事実だ。
「じゃあ交換してくれよ」
「交換してぇよっ!」
「じゃあ交換しちゃえ?」
社長の一言で交換が決まった。
こうして俺たちは同じマンションに住むことができた。もう自由に行き来できる。……いや、もうずっとどちらかの家に一緒に住めるんだ。
「いやぁ、社長ってば面白いくらい思い通りのこと言ってくれるよな?」
リュウジがビールを飲みながら思い出して笑う。
「まさかこんな上手くいくとはな?」
マジで俺もびっくりだよ。
「京ー。ちょっと料理運んでくれ」
「ほいほいっ!」
壱成に呼ばれてキッチンに行く。
「デリバリーの料理だけじゃな。サラダだけ作った」
「シーザーサラダ! 俺これ一番好き!」
「知ってる」
「壱成、あとは何すんの?」
「あとはケーキを並べるだけだ」
いろんな種類のケーキが箱にいっぱい入ってる。
俺ん家のリビングがどんどん立食パーティー風になっていく。ケーキも並べたら完璧だ。
「みんながやってくれるって言ったのに、結局壱成が全部やっちゃったな」
「俺は裏方が性に合ってるんだ」
今日は俺たちが主役なのに。でも、そんな壱成が大好きだ。
「壱成、キスしてい?」
「……ばか」
「いいじゃん」
「今すれば今日の夜は無しだぞ」
「……なにが無し?」
「愛し合うのがだ」
「は? ひでぇそれー」
壱成は、クッと笑ってケーキの箱を運んで行った。
「悪い、遅くなった!」
遅れて秋人がやってきた。
「お! みんな秋人来たぞー! 乾杯やり直しー!」
「あれ? 蓮くんじゃーん」
「どうも、お邪魔しますっ」
え、蓮くん?
秋人に並んで蓮くんがふわふわ笑っていた。
蓮くんまで来るなんて聞いてない。
秋人と蓮くんは世間に大々的に親友宣言もしているから、蓮くんが来たことにメンバーは誰も不思議がっていない。
でも、蓮くんは確か壱成のことは知らないはず……。
俺はあせってサラダを手に壱成に近づき、こっそり「壱成、いいのか?」と問いかけた。
壱成は、ケーキを並べながら上機嫌だ。
「俺が呼んでいいぞって言ったんだ」
「あ、そうなんだ。なんだ。マジあせった」
「これだけバレたら、蓮くんもいいよなって思ってな」
「ははっ。うん、だな」
シーザーサラダをテーブルに並べて、壱成のケーキも並べ終わる。
蓮くんが俺に近寄ってニコニコ顔で手をにぎってきた。
「京さんっ。全快おめでとうございますっ」
「あ、うん、ありがとー」
……あれ? 横に壱成もいるのに俺だけに全快祝いの言葉。
結婚のほうがメインなのに、なんか変だなと首をかしげた。
秋人を見ると含み笑いで蓮くんを見ていて、俺はあきれて苦笑した。
さては秋人のやつ、蓮くんになんも説明せずに連れてきたな。
「じゃあ、あらためて乾杯すっぞー!」
リュウジが声を上げた。
「みんなグラス持った? おっけー?」
「うぃ」
「はいはーい」
これは蓮くんを見てないと損だな。
壱成に耳打ちで説明して、驚く壱成と二人で蓮くんを見る。
もちろん秋人も蓮くんを見てた。
「んじゃあらためて、京と榊さんの結婚と、京の全快を祝ってっ!」
「乾杯っ!」
「かんぱーいっ!」
みんなが乾杯の声を上げるなか、蓮くんだけが一瞬動揺した。
「……えっ?!」
蓮くんが驚きを隠せずに目を見開く。
「ぶはっ!」
秋人が吹き出した。
「お前……ほんと悪いやつだなー」
「そういう京だって笑ってんじゃん」
「笑うだろそりゃ」
壱成も笑って蓮くんのそばに寄り「ごめんな」と肩をたたく。
ずっと黙っててごめん、の意味だと思うが蓮くんには伝わらない。
「え……あ、冗談でしたか? あ、ドッキリ?」
「ぶっはっ!」
秋人が腹を抱えて笑い出す。
みんなも状況を悟って笑い出した。
「ごめんねー蓮くん。冗談でもドッキリでもねぇよ。俺たち結婚したんだわ」
壱成と二人で結婚指輪を蓮くんに見せた。左薬指にはめた結婚指輪。
今日のパーティーにギリギリ間に合った。
壱成は婚約指輪も重ねてはめている。どちらも、もう絶対に外さないと言って俺を泣かせた。
「えっ! ほ、ほんとなんですかっ?! えっ?!」
「帰ったら秋人にお仕置きしてやんな。あれ確信犯だから」
ソファに崩れて笑い転げてる秋人を振り返り「あ、秋さんっ! ひどいっ!」と蓮くんが怒り出した。秋人のほうに行こうと身体を向けてから、はたと思い出したように俺たちを振り返る。
「あのっ、結婚、おめでとうございますっ! お二人とってもお似合いですっ!」
蓮くんは俺たちと仲間。本当に心からの祝福だとなにも疑わず安心して受け止められる。メンバーの祝福だってなにも疑う必要がない。
まさか男同士で結婚してこんな祝福をしてもらえるなんて、想像もしていなかった。
壱成の手をみんなに見られないようそっと握ると、壱成が幸せそうな表情で俺を見つめ、二人で微笑み合った。
本当に幸せだ……。
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