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第68話 ささやかなパーティー 3
婚姻届はどれにするかと悩み、俺はたくさんある中から、右下にペアのワイングラスが描かれたものを選んだ。
「壱成、ワイン好きだからこれどうかな?」
「うん、いいな。ペアってところがいい」
壱成の満足そうな笑みで決定した。
秋人からペンを受け取って、俺から先に記入する。
「……うぁぁ……っ、間違えそう……っ」
「大丈夫だ。失敗してもまだこんなにあるぞ?」
「やだ。ワイングラスがいいんだっ!」
「俺はこっちのペアのクローバーも好きだけどな」
「……あ、ほんと?」
「本当だ。だから間違っても気にするな」
壱成の言葉で肩から力が抜けて、俺は間違えずに最後まで書ききれた。
壱成はさすがというか、お手本のような綺麗な字で完璧に書き上げる。
「……うわ……婚姻届……書いちゃった……っ」
「書いちゃったな」
「すげぇ……っ。なんかやっと実感できた感じするっ!」
「ああ、本当だな」
書き上げた婚姻届を壱成と一緒に指で撫でながら、二人で微笑み合った。
「おかしい……」
秋人の怪訝な声が聞こえてきた。
なにがおかしいんだ? と聞く前に蓮くんとの会話で謎が解ける。
「秋さん、そのタオルもしかして……」
「だって俺ら号泣したじゃん? タオル必須だったじゃん? なんでこの二人泣かねぇの?」
「……俺たちやっぱりちょっと泣きすぎなのかも」
「嘘だろ? え、嘘だろ? 泣くだろ? おかしいって……」
壱成と顔を見合わせて吹き出した。
秋人たちは号泣しながらこれを書いたのかと、想像したら可愛くて笑いが止まらない。
俺たちは泣かなかったが、最高に幸せでずっと頬がゆるみっぱなしだ。
俺は思わず壱成を抱き寄せて頬にチュッとキスをした。
「おっ! いいねいいね! 誓いのキスしちゃう?!」
リュウジの言葉を引き金に、キスコールが起こった。
あっ、だめじゃんっ。キスしたら愛し合うの無しだったっ!
「キスしねぇからっ! キスコール無しっ! 壱成、ほ、ほっぺにチューだから許してっ!」
必死で懇願する俺に壱成は声を立てて笑った。
よかった許してくれた。そう思ってホッとした瞬間、壱成の手が俺のうなじを引き寄せ、俺たちの唇が重なった。
驚いて目を見開く。歓声と口笛が飛び交う中、身体が熱くなるのを感じた。まさかみんなの前で壱成からのキスなんて……っ。
ゆっくりと唇が離れた。俺の目に、いまにもとろけ出しそうなほど甘く微笑む壱成が飛び込んでくる。
「愛してるよ、京」
それを見たみんなが騒ぎ出した。
「う……うっそだろっ!」
「えっ! 榊さんがっ!」
「あ、甘っ!」
「やべぇっ! 見ちゃだめなもん見ちゃったっ?!」
「え……なんか可愛い……」
「秋人の結婚式以上にぶったまげるな」
「見ちゃった……B面……」
「え……榊さん……え……ほんとに榊さん……?」
「お、お前ら見るなっっ!!」
壱成を抱き込んで顔を隠す。
「その顔、誰にも見せんなっつったじゃんっ!」
「今日くらいいいだろ? 結婚パーティーなんだから」
「それでもっ! だめだっ!」
「無茶言うな。幸せすぎて顔がゆるむんだ」
「……っ、も、ほんと……勘弁してっ」
うあーっ、くっそっ、みんなに見られたじゃんっ。俺だけの可愛い壱成がっ。
「お前以外、誰も悩殺されないよ。心配しすぎだ、ばか」
そんなことを言って腕の中でクスクス笑う。
もう本当にわかってねぇ。全然わかってねぇよっ。
さっき誰かの『可愛い』ってセリフ聞こえたしっ。
はぁ……もう……先が思いやられる……。
「京。お前これから色々と大変だな?」
リュウジが気の毒そうな顔を俺に向けた。
ほんとだよ、大変だよ、マジで気が気じゃねぇよ……。
婚姻届の証人は二人分しか枠がないが、そんなの無視して全員が空きスペースに署名してくれた。
ペアのワイングラスを囲うように書かれたみんなの名前。
世界に一枚だけの特別な婚姻届になった。
秋人は壁掛け用のフレームまで用意していて、黒い木枠のシックなフレームに収まった婚姻届を手渡される。
なんだかもう感無量で胸がいっぱいで、喉の奥がグッと熱くなった。
壱成も瞳をうるませているのを見て、さらに涙腺が刺激された。
すると、秋人がすかさず俺にタオルを渡し、親指を立てウインクを投げてくる。
笑わせんなよ、と思いながらふっと笑った拍子に、一気に涙があふれてこぼれそうになる。
壱成が俺の手からタオルを取って広げ、俺の涙を優しく拭った。
俺も壱成の涙を拭こうとしてタオルを持ち上げたが、うるんでいるだけで拭くほどじゃない。でも、もう引っ込みがつかなくて壱成の目にタオルを押し付けた。
「くっははっ」
「笑うなよ……」
「可愛いな、京」
「壱成ほどじゃねぇよ」
お互いにタオルで目を拭い合って二人で笑った。
「やっぱ泣くよな。ほら、やっぱタオル必需品だったろ?」
「ふふ、うん。持ってきてよかったね、秋さん」
秋人のドヤ顔と蓮くんのふわふわ笑顔が視界に入る。相変わらず可愛い二人だな、と会話を聞きながらまた笑みがこぼれた。
「それどこに飾るんだ? リビング? 寝室?」
リュウジに聞かれて考えた。
「んー。まだどっちの家に落ち着くか決めてねぇし……とりあえずここかな」
ひとまず俺は、婚姻届を棚の上に立てかけた。
「拠点決めてからゆっくり考えるわ」
一番長く目に入るリビングがいいか、それとも寝室で壱成を抱きしめながら眺めるのがいいか……。どっちも捨て難いな。
料理がほぼ無くなり、みんながケーキを食べ始めた頃、秋人の結婚式の話になった。
「へっ?! 結婚式挙げたって?!」
「はっ? 京もリュウジも出席したのかよっ。なんだそれっ。ずりぃーじゃんっ」
「俺らだって出席したかったっ!」
怒って愚痴るメンバーに、壱成が予想外のことを口にした。
「動画ならあるぞ。見るか?」
「えっ?!」
目をキラキラさせるメンバーと、何を言い出すのかと目をむく秋人が同時に声を上げた。
「見る見るっ! 見ますっ!」
「向こうの家にあるからちょっと待ってろ。取ってきてやる」
「ちょ、ちょ、榊さんっ?!」
秋人が慌てて止めようとするも、壱成が楽しそうに笑って「あきらめろ。いま見せないとずっとしつこいぞ?」と肩をたたきリビングを出て行った。
「……マジか」
「秋さん……」
両手で顔を覆って俯く秋人を蓮くんが背中撫でて慰めた。
「なんで見せたくねぇの? 俺とリュウジは見たんだし同じじゃね?」
嫌がる秋人が不思議で聞くと、うなだれるように答えた。
「考えてみろよ……当日の熱が冷めたら……あれはどう考えても恥ずいだろ……」
「あー、すげぇキスしまくってたもんな?」
俺は思い出して吹き出した。
でも、もし俺たちも結婚式を挙げるとしたら、あんな人前式にしたい。そう思えるような最高の結婚式だった。
だから、秋人が嫌がっても絶対にみんなにも見せたいと思う。
「……あれ、でもなんで榊さんが動画持ってんだろ」
「ん? なんでって?」
「美月さん、俺らと俺らの親にしか渡してないって言ってたんだよな……」
「美月さん?」
「蓮のマネージャーだよ」
「ああ、ずっとビデオカメラ回してたよな」
俺も壱成が持ってることは知らなかった。持ってたなら見せてくれてもよかったのに。
「なぁ、もしかして榊さんさ。京が見たくて、あとからもらったんじゃね?」
「え、俺?」
「あれだよ、お前の『リングピローでしゅ』だよ」
「ああ、あれな」
秋人の結婚式で、俺はリビングピローを運んだ。あれは子供が運ぶものだと思っていた俺は、しゃがんで小さくなって子供になりきって運んだ。
みんなに大ウケした『リビングピローでしゅ』は、最高に可愛かったと自画自賛してはいたが、まさか壱成がそんな理由でもらわないだろ。
「いや違うだろ。あの頃はまだノブで出会ってもいねぇし。そんなわけねぇよ」
「だからあとでつってんじゃん。ノブがお前だって気づいたあとだよ」
「……ええ?」
秋人の結婚式なんだから、たんに結婚式の動画としてもらっただけだろ。秋人はすぐ裏を読みすぎなんだよな、と俺はあきれた。
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