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第25話 鑑定球
重厚な扉を抜けてすぐ目に入ったのは豊穣の神と戦の神、周りに祝福をもたらす天使の描かれた色とりどりの光を落とすステンドグラスだった。
床はパルヴァンの国色でもある青の染料を馴染ませた石が敷き詰められ、水の上を歩いているかのようだ。流石は水の都。う~ん、土足なのに塵1つないわ。流石王城。
横にずらりと並ぶ騎士達に内心ビビり散らしながらおじさんにくっついて歩く。入った瞬間ちら、っと見えた階段状になった場所には王子達が座ってた。
もちろん一番高い場所にいたのが国王陛下と王妃殿下、一段低い場所に王太子殿下と王太子妃殿下、その次に第2王子殿下と第3王子殿下。王太子夫妻にまだ子供はいないっていうし、実質継承権の高い王族が勢揃いしてるって事だ。
これが終わったらご褒美。これが終わったらご褒美……。
隣でおじさんが来訪の挨拶をしてくれるのを聞きながら黙って頭でオーナーの言葉を反芻する。こういう時平民で良かったわ。言われるまで口開かなくて良いし顔上げなくても良いし。
まあ万が一があった時あっさり命とられるから諸刃の剣ですけどね。
なんて暢気に考えてたら王様に早速顔を上げろとか言われました。鬼畜か。
「ほぉ……本当にオセルに良く似ておるな」
驚いたような王様に、隣の王妃様もぱらりと扇を開いて口元を隠す。でも目がまん丸だ。
今の王妃様は後妻。王子が23才、兄王子はもちろん王子より年上だから、王妃様多分40は過ぎてると思うんだけど見た目がとっても若々しい。実子達の姉って言われても納得しちゃいそう。
「でしょう?」
何故か胸を張るおじさんに頷きながら王様は遠くを見つめる。
「懐かしいな。オセルの姿を見る為に学園に多くの男達が集まった」
え、そんなに?お母さんアイドルじゃん。っていうかもしかして王様もその1人って事?
「ええ、本当に。馬鹿な男達を蹴散らした日々が懐かしいですわ」
「ははは、お前はオセルの1の騎士と言われるくらいだったな。オセルの息子よ、我が妃はな、お前の母の周りに群がる不埒な男共をまとめて薙ぎ倒しておったのだよ。余も何度張り倒された事か」
「本当にオセルは……男性なのにまるで豊穣の女神のように美しくて心優しい方でしたわ……。まさかあんなに早く儚くなられるとは」
そう言ってしんみりしてしまう国王夫妻。助けを求めて見たおじさんに、後で、って小声で言われてひとまず頷いておく。全くもって状況がわかんないし。
でも何だか良い感じな雰囲気だし、このまま帰らせてもらえそう?って思った所にひんやりと冷たい声が降って来た。
「その豊穣の女神のごとき方からまさか魔王が産まれるとは――皮肉なもんですな」
ふん、と鼻で笑った王太子を兄王子が
「まだ鑑定もしていないのに決めつけるのはどうかと思いますよ、兄上」
ってたしなめてくれる。けど王太子はまるで僕が魔王だと確信してるみたいな顔で見下ろしてきて思わずおじさんの服の裾をぎゅっと握った。
「それに昨日あの日の魔力が別の場所で感知されたのはご存じでしょう?前回と同じくすぐ消えてしまいましたが」
王子もそう言って王太子を見るけど、王太子はまたふん、と鼻を鳴らす。
「別の場所で魔力を出した後転移で戻るくらい魔王なら容易いだろう」
うん、そうだね。魔王になってない僕でも出来るよ。でも普通それが出来るならとっとと逃げるけどね?
僕はオーナーと離れたくないから足掻いてるけど、普通の魔王ならもうどっか行ってるでしょうに。もしかしてこの王太子目先の事に囚われ過ぎてあんまり考えられないタイプかな?
あとマリオット達は無事に目的を果たしてくれたみたいで良かった。あとは僕も向こうもおうちに帰るだけだ。
「なら早く鑑定をしてしまえば兄上も納得されますね」
はあ、と大袈裟なため息をついた王子が王様を見る。王様が頷いて合図を出すと、王城の神官が台座に乗った水晶玉みたいな球体を静々と運んできた。
ほほう……これが国宝“鑑定球”とやらですか。見た目は道端のちょっと胡散臭い占い師がテーブルに乗せてそうな水晶玉なんだけど、普通なら映る筈の周りの景色が何も映ってない。
僕の目の前まで来てもやっぱり何も映ってない透明な玉をしげしげと眺めてしまう。だって国宝なんて二度とお目にかかれないだろうし。っていうか二度とお目にかかりたくないし。最初で最後だと信じて不思議な玉を見ていると。
「手を」
神官から厳かに言われて、ごくりと唾を飲み込む。
もしこれに“魔王”って出たら。
もし魔力量の細工がしてあるって出たら。
いや、そもそも転生してるって出たらそれもそれでおかしな事になりそうだし。
胃がキリキリして痛いけど鑑定しないといつまでも帰れない。帰ったらオーナーがご褒美くれるっていうから絶対帰らないといけないんだから。
転移で逃げたい気持ちに全力で蓋をしてそっと玉に触れた。
ひんやりしてる……と思った瞬間、じわ、っと熱くなってきらきら光り出して――でもそれで終わった。
(ん?これだけ?)
神官が玉を覗き込んでるからこっそり僕も覗いてみたんだけど、さっきまでは確かに何も映してなかった水晶の中に前世で見たゲームのステータス画面みたいな物が浮かんでる。
僕の名前と年、両親の名前、性別と第2性。
魔力量は無難より低めだと思われる数値が出てるし、種族も人間って出てる。良かった!魔力量の細工はちゃんと働いてるし、僕はまだ魔王になってない!いや、まだ、じゃない!!僕は魔王になる予定なんてないから!
(あれ?でも……)
数値は低いけど『聖なる加護』っていうのがついてるのは何なんだ?
神官が王様達に内容を伝えてる声を聞きながら首を傾げる。
「――微弱ながら聖属性の加護もついております。魔王である可能性は低いかと」
王子と兄王子がホッと息を吐いたのが見えた。
終わった?これでもう家に帰れる?――って喜びが胸に広がる直前、謁見の間に王太子の声が響く。
「そんな筈あるまい!その者は呪詛から産まれたのだ!現にその者が化け物に変わる所を見たという者もおるのだぞ!」
「私の甥が呪詛から産まれたなど、いくら殿下と言えど聞き捨てなりませんな」
おじさんが不機嫌そうな声を出す。辛うじて『威圧 』を耐えてるような固い声に王太子は勝ち誇ったかのような歪んだ笑みを浮かべて、おじさんに向かって厚い本?を投げた。
バサ、っと音を立てて地面に落ちたそれを拾ったおじさんが中を開いて目を瞠る。
横からちら、っと覗いたそれは誰かの日記みたいだけどまるで殴り書いたかのような字は所々滲んで読めない。
おじさんがすぐ閉じてしまったからちゃんと見えなかったけど、そこには確かに公爵への呪詛のような言葉と敢えて子供を産んで公爵を追い詰めてやる、みたいな言葉が書かれていた。
「その者が母の呪詛を一心に受け生を受けたのは明らかだ!」
その言葉でわかった。
これはお母さんの日記で、名前じゃなく公爵、としか書かれていない人はアルタメニア公爵で間違いないだろう。
だからすとん、っと腑に落ちた。
どうしてウルが魔王になったのか。
(そっか――2人分の悲しみだったのか)
お母さんに何が起こったのかわからない。
おじさんは『殺されたようなもの』としか言ってくれなかったから。でもアイドルみたいで心優しかったお母さんが出来た子供に対して呪詛を吐かないといけないくらいの事が起こったんだろう。
その子供も公爵から酷い扱いを受けてこの世に絶望した。
お母さんと、その子供。2人分の負の感情の爆発。だからきっと僕 が魔王になったんだ。
まあ、僕は魔王になりたくないし小説のウルじゃないから実はお母さんにまで疎まれて呪詛吐かれてたって知っても、へ~、でもごめん、お母さんの無念は晴らせないわ、くらいにしか思わないんだけど。
「魔力量がたったのこれだけだと?そんな筈はない!!どこかに何か仕込んでいるんだろう!」
「身体検査は済ませてあります。何1つ仕込まれてはおりません」
王城に入る前に危険な物、鑑定を誤魔化すような物を仕込んでないか隅から隅まで調べられるのは王太子だって知ってるだろうに、神官がそう答えてもそんな筈はない、って狂ったように騒ぎ立てる。
ええ~……この人の方がよっぽどヤバい奴じゃん……。
いや、本当は仕込んでるからバレたらヤバいのは僕達の方だけど、ここまでバレなかったんだから周りから見ればないものをある、って騒ぎ立てるただの駄々っ子だ。周りの騎士さん達はドン引きしてるし、こんな時でも王太子妃は彫像みたいな冷めた目で夫を眺めてる。関係ないけどちょっと夫婦仲心配しちゃうよね……。
なんて他人事のように思ってたら目の前にやって来た王太子にいきなり服をひっつかまれて破られた。
「え、ちょ……!?」
「兄上!」
王子と兄王子が飛んできて僕の服を脱がせようとする王太子の腕を掴む。
「殿下!」
おじさんも王族の体にこっちからは触れないからか僕の体を引き寄せようとして、もうもみくちゃだ。
仕方ないから上の服を脱ぎ捨てておじさんの方に逃げようとしたんだけど王太子が次に掴んだのは僕の首輪だった。
「うぐ……っ!」
「服や体に仕込んでなかったなら、ここに仕込んでいるのだろう!」
床に引き倒されて首輪を外そうとするんだけど――残念!僕の首輪はオーナーしか外せないように細工がしてあるんだよね!
オーナーの店で雇ってもらった一番最初、オーナーに頼んで首輪に指紋登録してもらったんだ。
その頃はまだ『コマンド』効かない頃だったけど、ΩのSubなんてか弱い存在だから勝手に首輪外されて噛まれて番にされるなんて嫌だしオーナー以外が外せない首輪にして、って。
だから王太子の言う通り首輪の内側に魔力量を減らす術式が組み込んであるんだけどオーナーがいないと外せないし外した所で簡単にはバレないようにしてあるもんね~。
だけどそろそろ首がしまって苦しいから離してください!
すごい形相で僕の首輪に手をかける王太子がじわ、っとグレアを出そうとしたのが本能で分かった。
でもそのグレアが放たれる前に――
「やめよ!!!!」
ビリビリと窓が揺れたんじゃないかってくらいの怒声に僕だけじゃなく王太子も跳び上がる。
「アザリーシャ、その者から離れよ」
「しかし陛下……」
「聞こえぬか?離れよ、と言っておる!!」
僕に向けられたグレアじゃない。
だけどその半端ない威圧感は今まで感じた事がないくらい重たくて、勝手に体が震え出す。っていうか服も破られて上半身裸だし!寒いのと怖いので震えが止まらない……!
「陛下、小さい子……ウルティスレットはまだSub性に目覚めて日が浅く、不安定なんだそうです。このままだとSubドロップを起こしてしまいそうなので、もう帰しても良いでしょうか」
おじさんが自分の上着を僕にかけて抱き締めてくれるけど、どんどん頭痛と震えは酷くなっていく。
もうここにいたくない。
オーナーの所に帰りたい。
怖い。
「ああ、すまぬ……不安定な状態で余のグレアは辛かろう。疑惑は晴れた。帰るが良い」
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