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第34話 黙ってた事

 マリオットと出掛けてたオーナーが帰って来たのは夜になってからで、そこから食堂の閉店まで一緒に仕事して現在お風呂です。あの日以来一緒にお風呂入る事にしてるんだけどまだちょっと照れちゃう。  ティールに散々しごかれたジェラールはご飯を食べてもう寝る、って不貞腐れたまま小屋に帰って行って灯りもついてなかったからもうふて寝してるんだろう。自分の思い通りにいかないと直ぐ拗ねるんだよね~。子供か。 「魔物はどうだった?」  湯舟の中、僕の椅子みたいになってるオーナーが風呂の縁に乗せてた頭を起こした。 「魔物増殖(スタンピード)にしては中途半端だって言ってたな」 「中途半端?」 「……知能が高い魔物がいないのはおかしいらしい」  そうなんだ?そこら辺僕にはわかんないけどマリオットが言うならきっとそうなんだろう。魔物は増えてるけどスタンピードと言えるまで増えてない、って感じなのかな?  王族はスタンピードが起こってる疑惑を持ってたけど、王太子以外は疑惑の段階で確信は持ってないみたいだった。マリオットが気付いたのなら王城の研究員も気付いて王様達に伝えてくれた筈。どうして王太子1人だけスタンピードが起こってると思ってて、さらに僕が魔王だって言い張ってるんだろう?  あのお母さんの日記らしき物は確かに怨念じみた言葉が沢山書かれてたけど、じっくり読んだわけじゃないからわからない。あれに僕が魔王だって確信を持つような事が書いてあったのかな?  どっちにしても僕はオーナーに何かを聞く前に、僕からも言わないといけない事がある。  自分は大事な事秘密にしておいてオーナーに秘密にするのやめて!なんて勝手な事言えないからね。 「――あのね、オーナー……僕オーナーに黙ってた事があるんだ」 「黙ってた事?」  湯の中にあった僕の手を取って指にちゅ、っとキスしてくるから答える前に 「ひょわーーーー!!?」  って悲鳴が出てしまった。 「お前は本当に慣れないな」  あわわわわ、お腹に手を回して抱き締めてくるーーーー!!肩にキスしてくるーーーー!!!逆上せちゃう!  湯の所為だけじゃない熱で顔が熱くなって頬を押さえた。 「オーナー……!そんなのされたら僕喋れません!」 「……もっとすごい事したのに?」  そうだけど!そうなんだけど!!それとこれとは違うっていうか!   「だ、大事な話だから!ちゃんと聞いて」   「風呂でする話か?」  ……それは確かに。 「ならお風呂上がってからにする……。オーナーに聞きたい事もあるし」    そうか、って僕を抱き寄せてくるオーナーのむっちり大胸筋に頬っぺたをくっつけてムチムチ具合を堪能する。う~ん、今日も素敵にむっちり。いつまで経ってもまっ平らな僕とは全然違うなぁ。羨ましい。  そこからは他愛ない話をして、体が冷えない内にってお互いの髪の毛を乾かしあって。いつもならベッドに直行なんだけど今日はブランデーをほんの少し入れたホットミルクとホットワインを用意する。もちろんワインはオーナーのだ。 「それで?話って何だ?」  ハチミツも入れて甘みもつけたホットミルクを一口飲んで何度も口を開いては閉じて。  ――オーナー、僕本当は魔王なんだ。  その一言を言うのが怖い。  オーナーは僕が魔王じゃない、って信じてくれた。だけど本当は仮とは言え魔王だって言ったらどう思うんだろう。  はく、と何度も口は動くのに言葉は1つも出てこなくて思わずえへ、と笑って誤魔化してしまう。  こんなんじゃ駄目だ。  オーナーに何を気を付けるべきか教えてほしいって言うなら、僕だってオーナーに僕が魔王だって事を教えておかないといざって時に危ないじゃん。  ウル(魔王)は最初に自分の力を暴走させてしまうんだ。今まで僕は絶対魔王になんてならない、って思ってたけどもし万が一それが叶わなかった時、一番危ないのは近くにいるオーナー達だから。  だから、僕は魔王だって―― 「ウル」    気付いたら対面で座ってたオーナーが僕の横にいて、カタカタと震えてる僕のカップに大きな手を添えてくれる。  カップを置いて、僕を膝に乗せたオーナーが僕の背中に腕を回した。 「ウル、先に言っておく。俺はお前が何であろうとお前を離すつもりは欠片もない」 「……オーナー?」    まるで僕が今から何を言おうとしてたかわかってるかのような言い方だ。   背中に回った腕が力強く抱き締めてくれるから、僕も遠慮なくオーナーの胸にすがりつく。 「……お前が隠したがってる事を俺は知ってる」 「!」  僕が隠したがってる事。僕が魔王だって事。それを知ってる――? 「本当は魔王なんだろう?今はまだ人間の」  無意識に逃げようとして体を捩ったけどオーナーの腕はびくともしない。  なんで、どうして、って言葉がグルグル頭の中を渦巻いて上手く話せない。 「――いいか。もう一度言う。俺はお前が何であろうと離す気はないからな」  そう前置いて、背中から腕を離したオーナーは僕の頬を両手で挟んだ。夕焼け色の瞳には笑顔のまま固まってる僕が写ってる。  こんなに混乱してるのに僕、笑ってるんだ――。どんな時でも笑って、って言い聞かせて来た事がこんな時にも発揮されてて笑顔の下でびっくりする。 「お前が初めてSubドロップを起こした時、お前は魔王になりかけてた」 「――え……?」  なにそれ、知らない……。 「だからお前が魔王なのは知ってた。――隠したがってた事も」  笑うな、って頬を挟まれてどんな顔をしていいのかわからなくなる。 「知ってたのに、どうして……」 「お前が何であろうとお前はお前だ。お前が隠したいならその秘密ごとお前を守るって決めた」  だから例え王太子が何て言おうと僕が魔王だって言うつもりはないしこの先も僕を魔王として扱うこともない、って。 「僕の事……信じてくれるの?」  いつか訊いた事を思わずまた訊いてしまった。 「言っただろ。お前はお前だ。万が一魔王になったとしても俺がお前を離す事なんて絶対にない」 「でも魔王になったら皆を傷つけちゃうかも知れない……」 「なら2人で人のいない所に行けば良い。――でもお前は魔王にはならないんだろ」  うん。  僕は魔王にはならない。店のみんなの事大好きだし、オーナーの事も大好き。みんなを傷つけるなんて絶対に嫌。 「僕、魔王になりたくない……」 「ああ、わかってる」 「一度なっちゃったの?」 「すぐ戻ったから大丈夫だ」 「またなっちゃうかな」 「ならない為に頑張ってきたんだろ?」 「うん……」  わだかまってた不安が、ぽろ、ぽろ、と口から出てしまう。  大丈夫だって宥めるような柔らかなキスが顔中に降ってきて最後に唇に軽く触れた。  その後もずっと心にしまってた沢山の不安がぽろぽろ口から出てきて、全部オーナーが答えてくれて合間にキスして。  最後に王子達やティールも王太子から僕を守るために店に来てる事を教えてもらった。   「国王からの命が出ない限り王命で出頭はさせられない。だから王太子がやるとしたら誘拐か脅迫だ」  ベッドまで移動してきて僕の頬にキスした甘やかな雰囲気のあとで続いた言葉は物騒だ。  僕の魔王化の条件は“恐怖”じゃないか、って。確かにあの時色んな意味で怖かった。  知らない人に体を好き勝手されそうな恐怖。  小説と同じでこのまま魔王になってオーナーと離れないといけないかも知れない恐怖。  頭の中で何かがプチッ、と弾けたような感覚がしたのはもしかしたら魔王化した合図だったのかも知れない。   「この先誰も守れるヤツがいない状態にするつもりはないが、もし万が一そんな日があったら店から一歩も出るな。例え顔見知りから誘われても、だ」 「わかった」    近所の人も、業者の人も、警邏も何だったらジェラールの事も。  とにかくオーナーや王子達、おじさんにティール、ギフト。それ以外の人達は誰も信用するな、って。本人達は裏切りたくなくても王太子に命じられたら命令に従わないといけない人たちの方が圧倒的に多いから。 「……オーナー達は処罰されたりしない?」     王命は無理でも王太子の命令も平民にとってはほとんど変わんない。ただ堂々と王城に呼べるかこっそり連れていかれるかの違いくらいしかないだろう。王子達とおじさん以外は王太子の命令に逆らえないんじゃないのかな。   「いざとなったらバルドが何とかするから大丈夫だ」  王様は一応僕の疑いは晴れた、って言ってくれたけど万が一王太子が僕の魔王姿を王様達に見せたらきっと王様達も僕を処刑するしかなくなっちゃう。フレンドリーだったけど王様達は絶対的な味方にはならない。  だからいざという時には唯一王家と同等の権力と戦力を持ってる辺境伯の立場を使うんだって。……おじさんってあんな感じだけど本当はめちゃくちゃ偉い人なんだな。あんな感じだけど。二度言っとく。 「あとは何か不安な事はあるか?」     つつ~、って唇を滑る指がエッチです!    「も、もう大丈夫」     そうか、って呟いたオーナーにまたキスされて、さっきまでは不安とかそんなのでドキドキしてた心臓が別の意味でドッキドキになってきた。 「オーナー……?」  もしかして今日するのかな? 「お前の不安を取り除いたから今度は俺の不安を取り除いてくれ」  え!オーナーにも不安な事が!?それはびっくりだし僕に出来る事なら何でもするよ!  そう思ってオーナーの言葉を待つ。 「俺の側からいなくならないでくれ」   「それはもちろん!」      だってその為に頑張ってきたんだよ!それに魔王化しても一緒に来てくれるって言うし、それだったら絶対離れないよ!魔王にはならないけどね!  僕の返事にふ、と笑みを浮かべたオーナーがまたキスしてくるから段々体温が上がっていく。オーナーも同じなのかさっきまでは軽い触れあいみたいなキスだったのに、ぬるりと入り込んだ舌が口の中を動き回る。 「ん、う……」  甘えた声が漏れて恥ずかしいんだけど止まらない。 「今日、するの……?」    唇が離れて、はふ、と息を吐いて訊く。  結局あのオモチャはまたオーナーがどこかにやってしまって自分で拡張が出来ないんだよね。今度はどこに隠したんだろう。枕の下にはなかったし。 「……明日も早いしな。今日は寝る」  そう言いながら寝る前のキスにしては濃厚過ぎるキスを何度も何度もしてくるから僕はもう息絶え絶えです。むしろこれでおあずけ、ってそっちの方が辛いくらい濃厚なんですけど。  なのにしばらくそうやって濃厚なキスしまくった後、本当にそれで終わりになってしまってちょっと不完全燃焼です!  

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