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第40話 襲来
大きな揺れは長く続かなかったけど、ソファーから転げ落ちそうになった僕をオーナーの腕が支えてくれる。その力強い腕にしがみついてた僕の耳に何かの声が聞こえた。
――ギャァギャァ……
――グアァァァァ……
それはありとあらゆる声のけたたましい魔物の叫び。
一瞬の間の後で窓に駆け寄ったのはみんな同じ。
その窓の外、公爵家の広い庭の向こうに上がる砂埃の隙間から見え隠れしてるのは……。
「魔物!?」
どう見たって魔物だ。空を飛ぶ魔物だけど、平民街辺りにいるらしくここからだと種類はよくわからない。
でも今種類がどうこう言ってる場合じゃない!
「オーナー!!首のこれ取って!」
僕に攻撃魔法は使えないけど治癒なら出来るから。だってあんなに砂埃すごいって事はかなりの数の魔物が雪崩れ込んできてるって事だ。もうすでに結構な怪我人が出てるんじゃないだろうか。
一瞬悩んだオーナーが僕の首輪を一度外して中に仕込んであった魔力封じを外す。これもオーナーがいないと外せないっていう二段構えの仕込みはマリオットが考えてくれた。
そのマリオットの屋敷は貴族街の城壁の近く。平民街にすでに雪崩れ込んでるらしき魔物が貴族街に雪崩れ込むのは時間の問題だ。
ラーグが公爵家の騎士団を召集しに行く中、オーナーもマジックバックからあの大剣を担ぎ出す。
「残れって言っても聞かないだろ?」
「うん」
ふ、っとため息をついてから僕の頭をがしがし撫でて、顔を引き締める。
「何が起こってるかわからん。絶対俺から離れるな」
「うん!」
この世で一番安心出来る場所なんてオーナーの側しかないもんね。
「ちょっと!」
勝手に動くな、みたいな事を言うハガルの台詞を背中に僕達は外に向かって駆け出していた。
◇
貴族街の門は閉まってるけど、空から次々襲ってくる鳥形の魔物に貴族が逃げ惑ってる。王城騎士団はまだ来てなくて、各家の騎士が頑張って応戦してるけど数が増える一方だ。
オーナーが地面すれすれに降りてくる魔物を叩き潰す勢いで斬り捨てて、足場になる場所を見つけたら宙にいるやつも叩き落とす。次々狩られていく仲間に流石の魔物も怯んだのか届かないくらい高い位置で旋回を開始した。油断したら直ぐ襲ってくるだろう。
僕が出来るのはオーナーが時間を稼いでくれてる内にそこらに転がってる怪我人を治癒して安全地帯に逃がす事だ。
どこが安全かわかんないけど少なくとも外より頑丈な家の中にいた方が安全なはず。正直空からの襲撃しかない貴族街より地上からも襲われてる市民街に行きたいけど、門が開いてないから出られない。
「大丈夫ですか?」
馬車がひしゃげて中から何とか這い出してきたご令嬢を引っ張り出して傷を直して、御者や従者と一緒に近くのお店に避難してもらって、貴族御用達のお店から出てきた所を襲われた紳士の傷を直して店に戻ってもらって――、いつの間にかオーナーの腕に活路を見い出したらしい騎士さん達がオーナーの出す指示に従って隊列を組み始めた。
流石オーナー!かっこいい!!
とは言えここがダメだってわかった魔物達が市民街に向かっていく。だけどオーナーがここを離れたらまた貴族街が襲われるだろう。
(王城騎士団はまだ!?)
有事の際に控えてる筈の騎士団はまだ来ない。代わりにやって来たラーグが率いるアルタメニア騎士団は少数精鋭。
数でこられても魔法騎士も多いし、ラーグの指揮で残ってた魔物も市民街方面に逃げていく。
「ここは任せて、市民街をお願いします!」
王城騎士が来たら追う、と言うラーグはまだ学生だった筈だ。全然学生には見えないその采配に他の家の騎士達も奮い立って、市民街に向かうオーナーからラーグへと指揮官を変えて戦ってる。
城門では貴族街に逃げようとする市民と押し戻そうとする門番との間で騒ぎになってて、当たり前だけど門は開きそうにない。
「オーナー、掴まって!」
門を越えるより転移で向こうに行った方が早いだろう。
パッと跳んだ先は阿鼻叫喚を極めていた。市街にいた騎士だけでは魔物を抑えきれないし、我先に逃げようとする人の波に押されて転倒した人が後ろから来た人に踏まれてしまってる。うずくまった拍子に魔物に襲われて食い散らかされるその様に吐きそうになったけど。
「頑張って!」
足を齧られてる人からオーナーが魔物を吹っ飛ばしてくれてる間に治癒魔法をかけて、少しでも丈夫そうな建物を探した。
けどここは市民街。貴族街と違って木で出来た家が多くて猪形の魔物に突進されたらひとたまりもない。
振り向いても門は開きそうにないし……どうしよう。
その瞬間、
「広場に!広場に避難してください!」
聞こえたその声はマリオットの物だった。
「マリオット!」
「良かった、オーナーがいるなら少しはマシだな!皆を広場に集めてくれ!」
「え、でも広場なんて……」
隠れる場所もない、格好の狩り場になっちゃうんじゃ……?
「魔術師がいなくても結界が張れないかと思って作ってた魔道具がある!今うちのシェザール騎士団が広場に設置して回ってるから――」
説明の合間にグッと頭を押されて何かと思ったら僕らの頭上すれすれを鳥形の魔物が通過していった。
あぶな!マリオットがいなかったら串刺しになってるとこだった!
「とにかく各所広場に集まるように誘導してくれ!」
言いながらマリオットの魔法が突進してこようとしてた猪形の魔物を叩き潰して、もう一度僕たちを狙って降りてきた鳥形の魔物はオーナーが叩き斬る。
僕も攻撃魔法1つくらい覚えておけば良かった。でもそんなの覚えちゃったら魔王に近づいちゃう気がして怖かったんだ。
攻撃も出来ない僕に出来る事は癒す事だけ。だったら戦える人に任せて僕は僕に出来る事を頑張ろう!
そうこうしてる内にギルドの傭兵達や、やっと出てきて貴族街を守る王城騎士の代わりに市民街に来たアルタメニア騎士団や他の貴族の騎士団が力を合わせて魔物を押し戻していく。
僕はオーナーの邪魔にならないように結界が張られた広場で怪我人救護に当たってた。次々運ばれてくる怪我人を重傷度でわけて、軽傷の人は街の薬師が運ばれてきた緊急物資で適切な薬を使って手当てする。
中傷~重傷者は僕みたいに治癒魔法が使える人達で治癒して回った。
広場だからもちろんベッドもなければ屋根もない。結界があるってわかってても上空から魔物が襲ってきたらみんな悲鳴と共に地に伏せて、横から熊形の魔物が襲ってきたら音が立つ程一斉に反対の端に動く。
こんなの結界内でさらに怪我人が増えちゃうよ……。
そう思いながら重傷人を癒してふと思った。
知能が高い魔物が1匹もいない。同じ種類の魔物同士で群れてたりしてるけど、獲物を取り合って仲間割れしたり別種類の魔物に攻撃したりしてる。全然統一感のない動きだ。
(あれ……待って……)
時期は少し違う。ジェラールが死ぬ時期の順番も違う。でも、王都に攻め寄せる魔物……それはウルが魔王になってしばらくして起こる事件だ。もちろん僕は魔力暴走なんてしてないし公爵を殺して洞窟に逃げ込んだりしてない。
それに確か小説では魔王 につられてパニックになった魔物と、知能の高い魔物が魔王を守る為にパニック状態の魔物達をけしかけてる描写もあった筈。
もう一度周りを見渡しても凶鳥とかハルピュイアみたいな知能が高い魔物は見当たらない。しかも魔物達もパニック状態というよりは逆に異様な興奮状態、っていう方が近いような。
一体何で?って思ってたその瞬間、体を駆け巡ったのは凄まじい悪意だった。
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