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第74話

 薮蛇な朝食が終わった頃、御薙に電話がかかってきて事務所に行くことになった。  ハルの運転する車が事務所に近づくと、なんと目の前にパトカーが停まっているのが見える。  ヤクザの事務所にパトカーなんて、よくない用件以外思い浮かばず、冬耶は慌てた。 「だ、大丈夫なんですか?」  ハンドルを握るハルを見ると「あー、逃げた方がいいかも?」と軽く笑っている。 「ええ…、や、大和さん?」 「ハル、あまりトウマを揶揄うなよ」  諫める御薙にも特に緊迫感はなく、どうやら想定内のことらしい。  狼狽える冬耶をよそに、ハルは鼻歌混じりでパトカーの後ろに車をつけた。  車から降り立つと、同じタイミングで事務所から人が出てくる。  パトカーに乗ってきた警察官かと思ったが、現れたのは、何も知らない人が見たらこれが仁々木組の親分かと勘違いしてしまいそうな、人相の悪いスーツの男だった。  年は組長の義彦よりは若そうだが、恰幅もよく貫禄があり、何より目つきが鋭い。  御薙は一歩前に出ると、頭を下げた。 「佐野さん、ご苦労様です」 「御薙、さっさと組解散しろ」 「全員の就職先を世話して貰えりゃすぐにでも解散しますよ」 「馬鹿野郎、こっちもそんな余裕はねえよ」  人相の悪い男…佐野は軽く笑うと、すれ違いざまにじっと冬耶を見てから、パトカーに乗り込んだ。  去り行くパトカーを見送りながら、御薙が教えてくれる。 「所轄の佐野さんだ。強面だが話の通じない人じゃないから、刑事課に用があれば頼るといいぞ」 「あの…、俺、何か見られてました?」  刑事に目をつけられるような、怪しい行動をしていただろうか。  他に着替えがなくて、ハルのチンピラコーディネートなので怪しいと言えば怪しいかもしれないけれど。 「うちの担当だから、出入りしてる人間は全員チェック入れてるんだよ」 「なるほど…、刑事さんも大変なんですね」  連れ立って事務所に入ると、中にはかなりの人数が集まっていた。  こんなに混んでいるのは初めてのことで、知らない顔も多い。お世辞にも広いとは言えない部屋にいかつい男たちが集っているため、実際の人口密度以上の息苦しさを感じる。  御薙の顔を見ると、男たちは次々と頭を下げた。 「若頭、おはようございます」 「お疲れ様です」 「ああ…、親父は奥か?」 「みんな揃ってるな」  男達が答える前に組長が奥の部屋から姿を現す。  ぴりりと事務所内の空気が引き締まるのを感じていると、ご苦労さんです、と声が揃い、冬耶も慌てて同じように頭を下げた。 「今朝、倉下が拳銃所持でしょっぴかれた。もちろん倉下は口実で、本ボシは若彦の方だ。使用者責任とか適当な理由で一緒に引っ張られたが、最近は他所の組とこそこそ何かやってたから、余罪はいくらでも出てくるだろう」  前置きもなく淡々と語られた内容に、冬耶は目を瞠った。 「(あの二人が、逮捕…?)」  驚いて周囲の反応を窺ったが、衝撃を受けているのは冬耶だけのようだ。  最近の若彦の様子や先程の刑事の訪問で、組の内情をよく知る人達には大体察しがついていたのかもしれない。 「俺たちの世界じゃあ、お勤めなんて別に珍しい話でもないかもしれねぇが、それでもこれが手前ェの勝手で他人様への迷惑を顧みなかった馬鹿の行き着く先よ。  組の解散で己の身の振り方に悩んでる奴も多いだろうが、俺はお前ェらにそんな道を行って欲しくはねぇ。  …ただ、わかっていても、切った張ったの世界でしか生きられねえ奴もいるだろう。そういう奴は、俺の名前やうちの看板が少しでも高く売れるうちにさっさと出ていけ。話は通してやる」  組長が話し終えて部屋を出て行っても、事務所内は静まり返っていた。  いつもふざけてばかりいるジンも真剣な表情をして考え込んでいる。  みんな、これからどうするべきかを考えているのだろう。  冬耶は、自分もまた岐路に立っていることに今更気付く。  若彦が逮捕されたということは、当面『真冬』に危険はなくなったということだ。  そして、今後『冬耶』として生きていくのならば、『JULIET』を辞めて新たな仕事を見つける必要もある。  これからどうするべきか…、自分こそ考えなければいけないと、冬耶は気を引き締めた。  

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