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第1話
あの日は突然の雨だった。
突然の豪雨に井上浩介は慌てて近くの喫茶店の軒先に避難した。
季節は3月になったとはいえ、夕方になると濡れたシャツには少々肌寒い。
制服のシャツが雨で、張り付いて気持ち悪い。
「うぇ、最悪…」
いつやむのかをスマホの天気予報で調べたいが、体が凍えて手が震える。
何てことをアタフタやっていると、
バサッ!
突然浩介の頭に布が被さってくる。
「?!」
何が起きたのか分からず慌ててその布をめくる。
それは自分が通う高校のブレザーだった。
彼のではない。
ふと、横を向くと見上げないと顔が確認できないくらい、自分より身長が大きな男性が立っていた。
静かに浩介を見下ろしている。
「使え」
それだけ言って彼は雨の中を走っていった。
浩介は彼を知っている。
同じ高校の一つ上の先輩、上松大河先輩だ。
整った顔立ち、秀才、彼本人は気づいていないが、学校では知らないものがいない程の
有名人。
「かっこいい…」
これが、浩介が上松大河を好きになった瞬間だった。
上松大河は、秀才・スポーツ万能・整った顔立ち。
周りから見ると彼には弱点なんて見つからない、そんな高校生だった。
でも、彼には誰にも言えない秘密があった。
「今日は早いわね、大河」
店のカウンターでコーヒーを待っていると、この喫茶店の店主が声をかけ大河にいつもの
ホットコーヒーを淹れてくれた。
彼の唯一の味方。
この喫茶店の店主アキ。本名アキオ。ちなみにアキはオネエである。
見た目は華奢で、一瞬女性と見間違う程の美人。
「昨日浩介に会ったんだって?」
大河はコーヒーをすすりつつ頷いた。
アキはカウンターの向かい側から頬杖を付きながら、ニヤニヤと大河を見下ろし、
「どうだったのよ?大好きな浩ちゃんは」
大河はアキから顔を背け、
「・・・別に」
「ん〜!たいちゃんてば素直じゃないんだからっ」
大河は密かに浩介が好きだった。
浩介が入学してきた時に一目惚れだった。
よく気が付かれないように彼を見ていた。
明るくて誰とでも仲良くなるし、
誰にでも親切で、明るい浩介に
いつからか目を奪われた。
誰にも言えないけど。
自分では望んでいないのに皆から注目されている大河は、
男の後輩に片思いしている事なんて。
悶絶するように顔を両手で覆い、
「俺が上着を貸したら驚いていた」
「どうせぶっきら棒に貸したんでしょ?」
「・・・・・」
「イケメンのくせに、いざとなると駄目ねぇ」
アキはため息をつく。
「浩介いつもこの店に来るし、仲取り持とうか?」
気を利かせたつもりだったが、大河の表情は暗かった。
「やめとく」
「なんでよ?」
大河は自分の気持ちを知られることをよく思っていなかった。
アキを含める同性を好きになる人を否定するつもりはないが、
自分の気持ちは何故か未だ肯定できないでいた。
「どうなりたいとか、ないから」
同性から好かれて不快に思う人間が、世の中にいることも分かっているからだ。
というか世の中的にはそちらがマイノリティだから、
自分の気持ちがおかしいのではないかとずいぶん悩んだ。
アキのおかげでそれは無くなったが、
気持ちを伝えるまでには至らない。
アキはため息を付いた。
二人の手助けできないのを歯がゆく感じる。
アキはある事を思いつく。
数日後
「先輩、あの時はありがとうございました」
大河は全身が硬直した。
場所はいつものアキの店。
休日はいつもアキの店で遅めの朝食を取っていた。
目の前には浩介が立っている。
何かをこちらに差し出している。よく見ると雨の日に貸した大河の上着だった。
きちんとクリーニングの袋に入っている。
浩介は笑顔で、
「大河先輩ですよね?同じ高校の。まさかアキさんの店に来ていたなんて!」
溢れんばかりの笑顔をこちらに向ける。
大河は動けないでいた。
あの浩介が目の前にいて、自分に話しかけている。
信じられない。自分が好いている彼が自分に話しかけている。
「・・・ああ」
何とか言葉を絞り出し、差し出された上着を受け取る。
浩介は、まだじっとこちらを見ている。
「大河先輩」
改まって浩介は大河を真正面から見つめ、
「好きです大河先輩。俺と付き合ってください!」
「・・・は?」
大河は絶句した。
質問を返されたと勘違いし浩介は
「ですから、先輩が好きなんです」
「いやいやいや」
大河は首を横に振る。
「俺は何もしてないよな?」
「雨の日に上着を貸してくれました。自分が濡れるのに構わず」
「そんなことで好きになるかよ」
信じられないという大河に、浩介はにこっと微笑み
「なりますよ」
屈託ない浩介の笑顔に、大河は言葉を失う。
「それに」
浩介は少しだけ頬を赤らめ、
「あの時の大河先輩の雨に濡れた姿が、最高にエロくて・・・」
「・・・なに?」
大河は耳を疑った。浩介はさっきから何を口走っているのか。
「大河先輩のエロい所、もっと知りたいんです!」
「嫌だわ!」
顔を真っ赤にして浩介を蹴り飛ばし、店から追い出した。
この日から、浩介の怒涛のアプローチが始まったのだった。
幼い頃から、大河は学校では人気者だった。
いつもそばには誰かがいたし、よく告白もされた。
でも、他人が自分を好きな理由が、大河には理解できなかった。
だって家族は自分を好きではなかったから。
両親は兄と姉を大事にはしていたが、大河の事は眼中になかった。
少しでも気にしてほしくて、幼い大河は勉強もスポーツも
人一倍努力した。どんなに学校で人気者になっても、
家族は大河を認めることはなかった。
そんな扱いに拍車をかけたのは、
中学の頃両親に男の子が好きな事を知られてしまった事で、
人間ではないような扱いを受けた。
もう無理だ。もう自分は頑張れない。
そう思った時に助けてくれたのはアキだった。
アキは元々大河の両親の親友だった事もあり、大河の両親を説得し、
彼の両親に大学までの経済的支援と、大河を自分の元で世話をすることを
約束させた。
本当にアキには感謝している。
そして今の心の支えは浩介の存在であった。
いつのまにか目で追っていて、誰にでも明るくて親切で。
あの笑顔をいつまでも見ていたい。
『大河先輩」
彼の耳元で浩介がささやく。
『先輩の身体…エロくて』
浩介はそうささやきつつ、大河の首から優しく鎖骨を撫でる。
それが気持ちよくて大河はベッドの上で身体を震わせる。
この手にもっと撫でられたい。
『もっと、触っていいですか…?』
『触って…』
「はっ!」
そこで目が覚める大河。
穏やかな日曜の朝。大河は自分のベッドにいた。
なんだ夢か、
てか、なんて夢だ…
そうため息を吐きかけて、はたと気が付く。
ベッドに寝ている自分の胸に手が伸びている。
夢と同じ光景…?
そっとその手を辿ってそこにいたのは、
浩介だった。
大河のTシャツを胸の上まで捲りあげ、こちらを見下ろしている。
浩介はニコッと微笑み
「おはようございます。大河先輩♡」
「!!!!」
大河は顔を真っ赤にして、浩介を全力で殴った。
「何も殴ることないのに〜」
ムスッとしてカフェのカウンターで、頬杖を付きつぶやく浩介。
「うるさいっ」
隣でブツブツ講義する浩介を叱責し
アキが用意した朝食兼昼食のパンケーキを頬張る大河。
平静を装っているが、ただでさえ変な夢を見たせいで、動機が止まらない。
『一緒に朝食食べたくてせっかく、起こしに行ったのに」
「人が寝てる部屋に勝手に入るなよ」
「アキさんが起こしてきてって」
そう言われて、大河はカウンターの向こう側にいるアキを睨んだ。
アキはニヤニヤして、
「なんか殴らなきゃいけない事でも、されたの?」
ゴホッゴホッ
図星をつかれて咳き込む大河。
そんな彼の背中をさすりつつ、
浩介は一人ニヤける。
「はあ…」
大河は大きなため息を吐いた。
「人生に疲れる年齢じゃないわよ。高校生」
アキはモーニングの片付けをしながら、呟いた。
梅雨があけて、季節は楽しいはずの夏。
「そうですよ。もっと夏を楽しんでください」
大河はそう自分の横でにこやかに話す浩介を睨んだ。
「そもそも、誰のせいでため息ついていると思ってんだよ」
あれから浩介は毎日大河を起こしに朝店に来るのだ。
それも、大河の身体を触ってくる。
ある日は首を優しく撫でて、ある日は太ももあたりを…
そのせいなのか、大河は浩介との夢をよく見るようになった。
「お前のせいで変な夢ばっか見るんだからな!」
「どんな夢ですか?」
「…教えねぇ」
…それも実際より、かなりエロい夢を…
言えるわけない。絶対に。
「あ、今日は友だちと約束があったんだ」
と浩介はスマホで時間を確認する。
「じゃあまたね大河先輩」
「もう来るな!」
こちらに手を振りながら店を出ていく浩介に
大河は叫びながら自分の履いていたスリッパを投げた。
翌朝
「センパーイ」
コンコン
浩介は、あれから毎日浩介は大河の部屋に彼を起こしに来ている。
大河は朝が弱い。それもあるが、浩介が単純に大河の寝姿を見たいだけである。
「起きてますかー?」
なるべく小声でそーっと部屋のドアを開ける。
部屋の中はシンプルな個室。
アキの喫茶店は元々バックパッカーの休憩所としてのテナントだったらしく、
喫茶店の上には空き部屋が四部屋ある。その中の一部屋を借りて大河は
居候しているのだ。ちなみにアキの部屋は一階にある。
浩介はそーっとベッドに近づく。
いつもだが寝ている大河は完全に無防備だ。
Tシャツとハーフパンツで寝ている大河は妙に色っぽい。
艷やかな彼の黒髪は汗でしっとりとしている。
今はこちらに背中を向けて横たわっている。
(あー、相変わらずエロいな…)
たまらないという表情で浩介はベッドに腰を下ろした。
「うん……」
大河は、寝返りをうちこちらに身体を向けた。
Tシャツから引き締まったお腹が見えている。
浩介はそっと手を伸ばす。
弾力のある腹筋、ハーフパンツから覗くボクサーパンツの裾に目をやり、
そっと手を中に滑らせる。
そのまま大河の足の付根を撫でて、硬い部分を握って擦る。
「あっ」
寝たままの大河は反応する。
(先輩かわいい・・・)
「あっ、はあっ、こう…すけ…」
気持ちいい声を出す。
これだけしてもいつも全然起きない。毎日触ってる事も大河は知らない。
(先輩の起きている時に可愛がりたい)
浩介は大河の首筋を舐める。
少し塩っぱかった。
その日、
また浩介は大河の夢の中に現れた。
『先輩はいつになったら素直になるんですか?』
そう囁き浩介は大河の太ももを優しく撫でる。
『何がだよ』
気持ちよさに負けそうになりながら答える。
浩介は大河の耳元で、
『本当は気持ちいいくせに』
『あっ…』
浩介に握られて擦られて、大河は思わず喘いだ。
そのまま気持ちよくなりたい…
もっと、触られたい…
だって、本当はおれも、お前のことが……
「好き…」
そうつぶやきなら、大河は目を覚ました。
「それって、俺のこと?」
起きたら目の前に浩介の顔があった。
「なっ、なにしてっ…あっん」
いつもように浩介を叱ろうとしたが、身体に力が入らない。
浩介に擦られて、気持ちよくされられている事に気がついた。
彼の手は止まらない。
浩介は大河の上に覆いかぶさるような姿勢で、
「先輩知らないと思うけど、
いつも寝ながら俺にイカされているんですよ」
「何してんっ!」
怒る前に浩介に口を塞がれて、何も言えなくなる。
キスされて、気持ちよくなって、大河は何も考えられなくなる。
イッてしまった、大河の後始末をしながら、浩介は、
「先輩夢で俺とどんな事しているの?」
大河は耳まで真っ赤になった。
台風警報があり、浩介は自宅の部屋で窓を見上げている。
雨の日は苦手だ。
スマホが鳴る。
『もしもし浩介』
「何?アキさん」
『今日店に来れそう?』
いつも顔を見せに行っていたので、心配になったアキが
連絡をしてくれたようだ。
本当にアキは優しい。
「今日は止めておくね」
『大丈夫?』
電話口のアキは心配していた。浩介が雨が苦手な事を知っているから。
「平気だよ」
アキには心配をかけたくない。
『何かあったら連絡してね』
「ありがとう」
そこで電話が切れた。
浩介はベッドに蹲りながら、目を閉じる。
あの日も、雨だった。
浩介の両親が事故でなくなったのは、浩介が小学校の頃。
あの日も大雨でスリップしたトラックに轢かれ、
即死だった。
その日から雨の日は、一人取り残された様な気持ちになってしまう。
両親が亡くなってからすぐは、感情もない人形のようにすごしていたが、
遠い親戚である今の両親は、子供に恵まれなかったそうで優しく浩介を迎い入れてくれた。
大学の教授である両親は、仕事が忙しくあまり家にいないが、浩介をとても大切にしてくれている。元々高校生になったら親元から離れて、 バイトをしてひとり暮らしをしようと考えていたが、両親はせめて高校卒業するまでは世話をさせて欲しいと、勉強しやすいように両親の家の近くの賃貸マンションを契約してくれて、浩介は実質一人暮らしをしていた。
浩介はそのまま眠りについた。
ウトウトとしたまま、ふと気がつくとベッドに蹲る浩介の頭を撫でているのは
「…大河…先輩?」
夢心地なままでその人物を見つめる。
(会いたくて、幻覚も見えるんだな…)
大河は浩介の肩を、子供をあやすようにポンポンと叩き、
「大丈夫だ、俺がいるから」
窓の外は台風警報。
雨は嫌いだけど、
大河先輩がいるなら、きっと大丈夫だ…
涙を流しながら、浩介は微笑んで再び眠りについた。
浩介の横に腰を下ろしたままで、大河は浩介を見つめていた。
アキから、浩介が雨が苦手な事、一人暮らしである事を聞いて、
大河は浩介の家を訪れた。
何かあった時のために、アキは合鍵を浩介の両親から預かっていて、
それを使って大河は部屋を訪れた。
さっきまで魘されていたのに、今の浩介は安心して眠りについている。
「一人は、誰だってつらいよな…」
そう呟き大河は浩介を抱きしめるようにベッドに横たわる。
自分にも覚えがある。
どんなに努力しても家族は離れていく。
一人になったあの孤独感は、
今思い出しても辛くなる。
自分が同性を好きになることを知られると、
『キモチワルイ』
まるで異形なものを見るかの様な
母親の顔。
今思い出しただけでも胸が苦しくなる。
おかしいのは自分だ。
そう言い聞かせて、
自分に嘘をついた。
なのに、浩介はそんな自分を好きだと、
正面から向かい合ってくれた。
同性を好きでも気にしない
浩介やアキを、心から尊敬している。
でも、
自分の気持ちを知られるのは、
やはり怖い。
ベッドに横たわりなりながら、浩介の寝顔を見つめ、
孤独を背負いながらも、
いつも明るく弾けるような笑顔を誰にでも向ける
彼を愛おしく思う。
勝手に身体を触られることも、本当は嫌じゃない。
気持ち良すぎて、
むしろその快楽に溺れたいとさえ思う。
何にも囚われずに、求めあえたら。
「いいのにな……」
大河は浩介を抱きしめつつ目を閉じた。
いつの間にか、台風は通り過ぎていた。
窓から差す朝朝日で目が覚める。
昨日は久しぶりの台風で天気が荒れていた。
雨の日は両親のことを思い出すので、
あまり動きたくない。
昨日は大河先輩が寄り添ってくれた
いい夢を見た。
「ん・・・」
浩介はそっと目を開けた。
はたと、玄関を見ると大河が靴を履いていた。
大河はベッドの上でポカンとする浩介に気がついて。
「起きたか」
「は、はい・・・え、なんで」
混乱している浩介に大河は帰り支度をしながら、
「アキさんが心配だから見に行けって」
「あ・・・ありがとうございます」
大河はふっと笑い、
「じゃあな」
大河は帰っていった。
どこまでが夢で、どこまでが本当なのか…
大河の前で自分は泣いて、慰められて、情けない。
いつもの自分以外を、誰にも知られたくないのに。
浩介は頭を抱えた。
でも、大河は優しく頭を撫でてくれた。
『大丈夫だ、俺がいるから』
頼もしい言葉もくれて。
「もう…ホント好き」
浩介は一人で悶絶した。
あの雨のに出会ってから、
いつのまにか浩介は、学校でも大河を目で追っていた。
大河は学校で人気者で、いつも周りには人がいるし、
よく女子から告白もされていた。
すべて断っているようだが。
学校の人気者である大河には、悩みなんてないでしょう?と
周りの人は言うけれど、
浩介には、そうは見えなかった。
むしろ誰よりも頑張って何でも出来ても、
いつも孤独に見えた。
自分と同じだ。
そう思った。
浩介は大河に、本当の自分を見せてほしい。
そう思うようになっていった。
それは贅沢なことなのだろうか?
いろいろ触ってしまった事もあるが、
時期尚早だったかもしれない。
でも本音を言えば、大河の反応はけして否定的ではなかった。
むしろ無防備である、眠っているときのほうが、
欲に素直な反応が見えた。
もっと可愛がりたい。もっと抱きしめ合って、
気持ちよくなってほしい。
「よし!」
浩介は勢いよく起き上がり、
いつものように元気にアキの店に向かった。
「なんでですか〜!!」
浩介はカウンターに突っ伏した。
いつものアキの店。
今は夏休み中なので、毎日アキの喫茶店に来ている。
それは大河がいるから。
今までも浩介は大河に触れたい一心で、
朝に彼を起こしにきていた。
のに・・・
「なんで最近先に起きてるんですか!?」
台風の日以来、
ここ一週間は店に来ると、もう大河は起きていた。
浩介は起こせない。触れない。
もっと可愛がりたいとおもっていたのに!!
「なんででって、宿題するために決まってんだろ」
大河はさらっと答える。
浩介はムッとして、ふてくされる。
そんな浩介を見て、大河はフッと笑う。
浩介はカウンターに突っ伏したまま、内心ドキッとした。
大河に頭を撫でられている。
「…何ですか」
「別に」
そう答えたまま、大河は浩介の頭を撫で続ける。
突然の彼の行動に、浩介は動揺しドキドキする。
でも、心地いい。
大河は浩介の頭を撫でながら、彼の首筋に目をやり、
スッと手を首筋へを滑らせる。
「!!」
浩介は身を低くしたまま、顔だけ上に上げる。
大河の方を見ずに、
「あ、あの、先輩…?」
大河は黙って浩介の首筋を撫で少しだけ、背中の方に指をずらす。
浩介はゾクゾクしながらそのまま、動けないまま身を任せる。
「あ…の…」
ゾクゾクが止まらず、声を漏らすが、大河は手を話さない。
「アキさんは…」
「出かけてる」
「そっ…ですか」
浩介は何とか冷静を装いつつ、肩を竦めて、
「先輩、すみません。俺、そのへん弱くて…
その、それ以上触られると」
「うん」
「勃ちそう…」
弱々しく呟く浩介。
ジワジワと、大河の手から逃れようとする。
「へえ」
大河は今までの仕返しとばかりに、浩介の首から耳の後ろに指を滑らせる。
「ああっ、ち、ちょっと!!」
たまらず、浩介は身を仰け反らせ、彼の手から逃れる。
大河はいたずらっぽく笑い、
「日頃の仕返しだ」
浩介の反応に満足したのか、大河は自分の朝食に戻る。
浩介はホッとして、楽しそうにしている大河を見つめる。
くそ…可愛い。
「ちょっと店でイチャつかないでくれる?」
いつの間にか買い出しから帰ってきたアキが
扉の前から半顔でニヤニヤ呟く。
「別にイチャついてないって」
大河はくすくす笑いながら、
アキの荷物を運ぶのを手伝うため立ち上がる。
浩介も、クスリと微笑し、
荷物運びを手伝った。
いつも大河は教室の自分の席から、窓の外を眺めていた。
大河の周りにはいつも人がいたが、授業中だけは唯一
一人で考え事が出来た。
ふと窓の外に浩介を見つけては目で追っていた。
大河は浩介が入学してきた時からずっと。
この気持ちは、一生伝えることはない。
そう思っていた。
ただ見つめていればそれで良かった。
近づくつもりもなかった。
でも、
あの雨の日、
店の軒下で雨宿りをしている浩介を見つけて、
彼のもとに足が向かってた。
ふと見せる切なげな表情が、妙に色っぽくて、
彼の濡れた姿に自分も欲情していた。
本当はあの時抱きしめたい衝動を抑えるために、
雨で濡れた浩介に上着を掛けた。
優しさじゃなくて欲情だった。
あの時の浩介を思い出して何度も一人で抜いた。
「あれ?先輩今日は起きてないんだ」
いつものようにアキの喫茶店に朝食を食べにきた浩介はきょとんとした。
夏休み中いつも大河は浩介が起こしに行くより早く
起きていたが、今日は昼だと言うのに店の中にはいなかった。
「昨日で宿題は終わらせたらしいから、今日はゆっくりするってさ」
アキは二人の朝食を用意しつつそう答えた。
「そっか」
アキはカウンターから出て、
「今日は店昼で閉めるから」
「アキさん出掛けるの?」
すると、アキはフフッと笑い
「デートよ、で・え・と」
とウインクする。
「なるほど・・・」
アキにはどうやら同性の恋人がいるらしいが、
ここに連れてきたことはない。
どんな人なのだろうか。
アキが出掛けて、浩介は閉店した店のカウンターに座った。
時間はゆうに昼を過ぎてている。
さすがに、大河を起こすか…
浩介は店の2階にある大河の部屋の前に立ち、
動きを止める。
部屋の中から、大河の色っぽい声が聞こえたから。
一人でㇱている。
(ど、どうしよう…)
急に鼓動が早くなる。
あの大河が自分でシてる。
見たい。見たいけど、ドキドキして部屋を開けられない。
「はあっ…あっあっ」
大河は目を閉じたまま自分のを擦りつづける。
浩介の手を思い出しながら、
一度だけ触れられたあの手でもう一度触れられたい。
優しく大きな手で、全身撫でられたい。
ふと目を開けると、横向きに身体を丸めていた大河を囲うように、
浩介の長い腕があった。
大河は息を荒くしたまま、浩介の方に身体を向け、仰向けになった。
ベッドに仰向けになって浩介と向かい合った。
浩介の顔は赤みを帯びていた。自分で自分を弄び乱れている大河を全身
上から下まで一瞥し、
「触っていい?」
優しくそっと呟いた。
大河は自分を見下ろす浩介を見つめた。彼も反応している。
「一緒にシたい」
そう呟いて、大河は浩介のズボンのファスナーを下ろした。
大河は二人のを一緒に握り擦りながら、浩介を見上げた。
浩介は優しく熱っぽく、大河を見下ろしている。
「くっ…気持ち良い…」
…言うなってっ…あっあっ」
浩介が大河のシャツをまくり上げ、彼の首から胸を優しく撫でると、
大河は悶える。その彼の唇に浩介はそっと唇を重ねる。大河はそのまま強引に
浩介は口の中に舌を入れ、彼もそれに答える。
積極的な大河の反応に抑えがきかなくなる。
「んっ」
二人で同時にイッて、お互い息を落ち着かせる。
「おわっ」
大河は浩介を抱きしめる。
突然抱きしめられ、きょとんとする浩介。
「せ…先輩?」
大河は、浩介の耳にそっとキスをして、
「お前が入学してきた時から、ずっとお前の事見てた」
「えっ…」
「ずっと、好きだった」
「せ、先輩」
「だから、あの雨の日お前に上着を貸した」
大河は素直に打ち明けた。
気が付くと、大河の顔に水が滴る。浩介は泣きながら微笑み、
「先輩、俺も好き」
そんな浩介の頭を優しく撫でて、大河はハハッと笑い、
「泣くなって」
大河は浩介を優しく抱きしめた。
きっと明日の朝も浩介は、大河を起こしてくれる。
これからは彼をもっと甘やかしてあげたい。
*
大河と浩介が両思いになって半年。
大河は高校3年になり、進路に迷っていた。
大学に進学するかどうか・・・
2年の時の進路相談では、大学進学と提出した。
三者面談には親は来るわけなので諦めていたが、代わりにアキが来てくれた。
「・・・」
いつものオネエ丸出しで来るのかと思ったが、意外にアキはビシッとスーツで来た。元々美人なアキはきちんとした格好をするとかなり様になる。
その姿にぽかんとしていると、アキはいつものようにニッと笑い、
「なかなかイケメンでしょ?」
と小声でつぶやくので、
「うん、イケメン」
素直に答えた。
「なーんだ、先生って新治のことだったの」
いきなりいつもの口調になったので、
大河はまたポカンとしていると、
「俺は上松に保護者の氏名を聞いて気が付いていましたよ」
はあっと溜息を吐いて、
でも笑顔になる大河の担任の羽山先生。
「お久しぶりですアキさん。スーツで来た時はビックリしましたけど・・・」
「だって大河の進路相談よ。なめられたら困るし」
どうやら知り合いのようだ。
「それで、上松の進路の事なんですけど」
と、平然と話を進めようとするので、
「いやいや、色々聞きたいんだけど」
混乱する大河に、アキはしっと黙らせる。
「あとで話すわ」
「はあ・・・」
とりあえずそれ以上聞くこともなく、
進路の話に映る。
「俺は・・・やりたい事は特にありません」
大河はつぶやいた。
「ただ、自立するために就職を考えようかなと思っています」
羽山先生と、アキは黙って耳を傾けた。
「両親からは高校までは費用を払ってくれる約束でしたので。大学には行きません」
高校卒業すれば、両親との繋がりはなくなる。
本当に一人になる。
だから強く行きれるようにならなければ。
「もう少し考えるといいよ」
先生はたしなめた。
「新治はね、私が自分の店を始める前にいた店のバイトくんだったの」
進路相談の日の夜、
アキは羽山先生とのつながりを放し始めた。
「大学生だった新治はね、同居していた親友が好きだったんだけど、なかなかこじらせちゃっててね・・・」
「そうだったんですか・・・・」
「その親友も本当は新治が好きで、すれ違っててさ。私それがじれったくて色々おせっかい焼いてたけど・・・」
「・・・そういうことろ昔からなんですね」
と、笑う大河に、
「うるさいわね」
「いたっ!」
軽くデコピンをするアキ。
「あの時・・・あの子達、『アキさんみたいな人がいてくれれば、きっと俺みたいな奴は救われる』って、言ってくれて。本当に嬉しかった」
「そうなんだ」
「こないだ新治に会った時、幸せそうで良かったって思う。もちろん喧嘩も何にもないわけじゃないけど、それでも孤独はだめよ」
真面目な目をしてアキはまっすぐに大河を見つめた。
細身の彼のどこに
そんな力強さが隠れているのか知りたい。
それはアキも
孤独な時間を知っているから。
迫害された寂しさも、
裏切られた悲しさも、
誰かの優しさで、
再び相手を思いやれる様になった。
だから、
アキの優しさは無限大なのだ。
今現在はアキの店の2階にお世話になっているが、
いつまでもいる訳にはいかないし。
同性を好きだと知られて家族と疎遠になった自分を救ってくれた。
せめて何か恩返しがしたいけど・・・。
「あんたさ、うちの店手伝う気ない?」
「え・・・」
意外な提案に大河は驚いた。
「そんな驚くことないでしょ?最近少し手伝ってくれてるし」
「で、でも」
「こないだ、私が風邪引いた時、昼の時間だけだけどほとんどやってくれたでしょ?常連さんの事もよく覚えてたし、気も利くし」
「え」
「常連さんも褒めたわよ」
「俺料理はあまり・・・」
「それはこれから覚えればいいし、2年の実務経験があれば調理師免許の試験資格も出来るし」
「・・・出来るかな?」
少しだけ、大河の瞳に光が戻ってくる。
それを見てアキは嬉しくなる。
「やれるわよ。あんたなら」
ふふっと笑って、大河の頭を撫でた。
「こんばんは」
店に入ってきたのは浩介だった。
ディナータイムを終えて、浩介が大河に会いに来た。
「飯まだ?」
「はい、あーお腹すいたぁ」
慣れたようにカウンターに座った。
浩介もまた、本当の両親を事故で亡くして義理の両親に育てられた。
義理の両親はとてもいい人たちでずっと気にかけてくれているが、浩介本人はいつか自立したいと思っている。
そんな、どこか孤独同士だったからなのか、2人は惹かれ合った。
「へえ、いいんじゃないですか?店手伝うって」
浩介も話を聞いて、納得した。
大河はあまり自信がないが、
「そうかな・・・?」
「そうですよ。アキさんも助かるだろうし」
「そうよねぇ」
アキも納得する。
「私だって、始めから料理ができてたわけじゃなかったし」
『そうなんですか?』
大河と浩介は声をあわせるもんだから、
アキは、プッと吹き出した。
最近の2人を昔の自分によく重ねる。
「私は、高校生の時に何もあてもなく家出してさ。偶然再会した先輩のお陰でカフェの手伝いを初めて、「料理してみない?」って言われたのが始めだった。私には家を出ても目的がなかったから。生きる意味さえも」
めずらしく自分の事を語るアキの言葉に、
大河と浩介はじっと聴き入った。
「大河はさ、いつまでも私の世話になるのは申し訳ないとか自立しなきゃとか思ってるかも知れないけど、そんなのどうだっていいのよ。もちろん何か目標があればそれに向かって進んで良いと思うけど。まだないなら急いで変わる必要なんてないわ」
焦って選んだことで、人生を終わらせた人たちをアキはたくさん知っている。
悲しい結末になった人もいる。
「それに」
アキはいつもとは違う、少しだけ寂しそうな顔で、
「急に皆居なくなったら淋しいでしょ?」
その言葉に、大河はある事を察する。
最近アキは恋人の事を話さなくなった。
将来を約束した人と、
今は距離があるようだった。
詳しくは聞けないが。
「そうですね。俺も淋しいです」
「俺も!」
大河の言葉に浩介も賛同する。
「ありがとうアキさん」
大河はアキにお礼を言った。
その言葉には色々な意味を込めた。
自分を助けてくれたこと。
1人にしないでいてくれたこと。
ここにいる意味をくれたこと。
全てに感謝した。
大河は夢を見ていた。
あれは、中学生の頃だった。
その時は同級生に気の合う奴がいた。
2人でいつも勉強して、学校帰りにコンビニで買い食いをして他愛のない話をして、楽しかった。
それがいつしか恋になっていて、初めて手を繋いだ。
ささやかな、幼い恋だった。
でも、それを母親に見られた。
その夜、家族の前で自分が見た事を洗いざらい暴露した。
『あなたおかしいんじゃない?』
実の母親にそう言われ、
心臓を刺されるくらいのショックを受けた。
自分のセクシャルマイノリティをつい最近自覚して、
本来なら時間を掛けて、自分の大事な人たちには言いたいと思っていたのに。
まるで異常者のように扱われた。
父親はアキと同級生だったから、母親まで強い偏見はないけど、
それにしたって、自分の子供が同性しか愛せないなんて、
きっと夢にも思わないだろう。
でも、
実の親に、
『あなたおかしいんじゃない?』
なんて言われるほど、自分はおかしいのだろうか?
父親は婿養子なため母親には逆らえなかった。
母親は大河に暴力を振るうようになり、
困った父親がアキに相談した。
「もしもし」
《あら、ひさしぶりどうしたの?あんたから電話なんて数年ぶりじゃない?嫁に番号消されたのかと思ってたわ》
アキも嫁の傲慢さやLGBT否定派な事は知っていた。
「・・・秋生、息子を、大河を助けてくれ」
《詳しく話しなさい》
アキは何かを察して軽いノリは封印した。
父親から連絡があった翌日には
アキは大河の家を訪れていた。
その日も、雨だった。
家に来たアキは細身で美人で隙のない人という印象だった。
でも、
父親に案内されて家に入ってきたすぐに、当時中学生の大河に気が付き、
「大河ね、初めまして。辻 秋生よ。アキって呼んでね」
優しく微笑んで、こちらに手を差し出した。
そのアキを見上げたまま動かなかった。
アキは黙って大河を見つめた。
服で見えている腕や顔さえも、打撲や傷だらけだった。
それを見るだけでも服の下にどれだけの傷があるのか。
いや、もっと大きいのはきっと心の傷だ。
アキは大河を見つめ優しく微笑んでから、
部屋の奥にいる大河の母親に目を向けた。
1人で革張りの6人掛けのソファに腰掛けていた。
虚空を見上げて何も発しない。
アキは自分の背に大河をかばい、
「久しぶりね。相変わらず可愛げのない女」
その言葉に、母親はジロッとアキを睨んだ。その顔はまるで悪魔だ。
「・・・何にしにきたの。アンタは私達に関わるなと結婚式で言ったはずよ」
母親とも父親を通して知り合いではあった。
でも母親は最初から同性愛者を差別的に見ていたため、アキとは話したことはない。
誰もが震えるような凍った笑顔をしていた。
でもアキには通じない。
「虐待よ、これは」
「私は悪くない」
ドスの利いた声で半ば叫ぶように言い捨てた。
アキはふんっと言い放ち、
「然るべき所に訴えるから」
「私は悪くない!」
母親は急にソファから立ち上がり、今にもアキに掴みかかりそうな勢いだった。
でもすぐに座り直す。
その母親の動きに大河はビクッと身体をこわばらせアキの背中をギュッと掴んだ。
怯えた大河にアキは自分の背中にピッタリとかばい、
「同性愛者を嫌いなことは別にアンタの勝手だし、仕方が無いことだけれど、それと子供に暴力を振るうことは違うから」
アキは語気を強めて言い切った。
「あんたのしたことは許されないわ」
「何様よあんたは」
「何様でもないわ。でもあんたよりまともよ」
「笑わせないで、あんただってそいつと同じでしょ?男同士とかきも」
「アンタこそ何様よ」
全員をピリつかせるアキの声が響く。
ザアアア・・・・
外の雨の音にも負けないくらいの、アキの力強い声。
「同性愛者は人間だけど、子供に暴力を振るうやつは人間以下よ。
この子は私が預かるから」
そう言い放ちアキは振り返り、大河の頭を撫でて、
「行きましょう」
「え」
きょとんとする大河。アキは大河を守りつつ父親と玄関に向かった。
母親は追いかけてはこなかった。
「秋生、すまん」
アキは、父親のことを真剣に見つめ、
「本来なら、父親であるあんたが守らなくちゃいけないのよ」
「・・・わかってる、すまん」
と、アキに頭を下げた。学校に必要なものと私物数点の入った大河の鞄を渡す。
そのまま大河を撫でて、
「守ってやれなくて、すまん」
悲しげな父親の顔を見つめる大河。
そうして2人はタクシーに乗った。
中学生の大河にも、自分は家を離れるんだとわかった。
心は混乱していたが、もう母親の金切り声を聞かずに住むと思うと正直ほっとした。
ピリッとした空気にも、もう疲れていた。
タクシーの後ろに並んで座りながら、アキはそっと大河の頭を撫でて、
「いままでよく1人で我慢したわね。偉かったわ」
その言葉に、大河は咳を切った様に大声で泣き出した。
その姿を見て、アキは絶対この子は守り切ると自分に誓った。
アキは大河を自分の店に連れて行った。
その頃には雨は止んでいた。
大河は店の前にアキと立ち、
「ここが私の城。まあ小さな喫茶店だけどね」
「ここに住むの?」
「2階に数部屋あるから好きに使っていいわ」
「アキは、オネエなの?」
「まあ口調はそうね」
「じゃあ、タチ?ネコ?」
「・・・中学生の口からあまり聞きたくないけど、バイよ」
「バイ?」
「どっちもってこと」
「へえ」
素直に納得する大河。
きっと自分のセクシャルマイノリティを最近自覚したんだろう。知っている情報と知らない情報があると思うが、まだこれから知っていけば良い。
アキの店に来てから、しばらくは夜中悪夢で魘されて目が覚めていた。
コンコン
「大河?大丈夫?」
アキは下の部屋に住んでいるが、2階の部屋で眠っている大河が魘されるとすぐに部屋に様子を見に来てくれた。
大河はベッドの上で泣きながら震えてた。
アキはベッドの上に腰掛けて、大河をぎゅっと抱きしめた。
「大丈夫よ。すべて終わったことだわ」
宥めるように背中を撫でる。
泣きつかれた大河はそうして安心して眠るのだ。
だんだん、アキと暮らしていくうちに自分らしさを取り戻し、
勉強もスポーツも努力して学校では人気者になった。
いつも楽しくて自分を誇れるようになったのはそれからだ。
その時に浩介に出会った。
いつも笑顔で楽しそうな浩介が輝いて見えてた。
「ん・・・」
昔の事を夢に見て、
大河は目を覚ました。
まだ部屋が暗いためおそらく夜中だ。
ふと、隣を見ると浩介が眠っていた。
いつも1人で眠っているが、気がつくといつも浩介が隣りで眠っていた。
「まったく・・・」
気持ちよさそうに寝息を立てる浩介に、暖かい気持ちになる。
実家では一人だったけど。
ここにはアキも、浩介もいる。
今は幸せだ。
ベッドから抜けてトイレに行ってから、
1階の厨房の自宅用の冷蔵庫からおペットボトルの水を持っていき、
1階のアキの部屋から、小さな話し声が聞こえた。
電話しているようだ。
「・・・ええ、こっちは元気よ」
おそらく恋人だろう。
アキは夜中なためそっと話していた。
「大丈夫よ。ええ。・・・また、謝らないでよ。自分で決めたんじゃない」
元気をよそ覆ってるけど、アキの声のトーンは大河が聞いても沈んでいた。
「行けないわよ。私の夢だったのよこの店は」
何かに迷っているようだった。
アキは何かを守るために何かを諦めたんだ。
「こっち、夜中だから切るわね」
電話を切った。
はあーっ・・・・
アキは大きなため息を吐いた。
「先輩?どうしたの?」
気がつくとベッドにいなくなった大河を探しにきた浩介。
2人は1階の店内のカウンターに座った。大河は今耳にしたことを浩介に話した。
「あら、どうしたの?2人とも」
アキは部屋から出てきて、店のカウンターに座る大河と浩介を見つけてびくっりしていた。
大河はいうかどうか迷ったが、
「さっき部屋で電話してたでしょ?」
その言葉に、アキはめずらしくビクッと強張った。
「聞こえてたのね・・・・」
「ごめん、聞くつもりはなかったけど、最近アキさんが元気が無い時があるなと思ってたから気になって・・・」
そういう大河にアキは彼の頭を撫でて、
「心配してくれてたのね。ごめんなさい」
「子供の俺たちが聞いていい話しじゃ無いかも知れないけど、俺はアキさんの事家族だって思ってるから」
大河はまっすぐアキを見つめて、
「もし良かったら聞かせて」
かつての子供だった大河とは少しだけ違って、ちゃんと成長していた。
浩介もアキを見つめて、
「俺もアキさんの事家族だと思ってる。だからアキさんが心配なんだ」
2人のそんな優しさに、アキはめずらしく胸の奥が熱くなった。
2人を抱きしめて、
「ありがとう2人とも。私も大河も浩介も家族だと思ってるわ」
そういって少しだけ泣いた。
アキの恋人の智之は今や有名な文学作家になり、海外に行くのが夢だった事もあり随分迷ったが2年前にカナダの出版社に移籍した。
ペンネームを聞くと有名な作家で2人もびっくりしてたくらい。
でも、本当は智之はアキを連れて行きたかったが、アキの夢である店の事も理解してくれているため遠距離になっていた。
でも最近彼はアキの店を海外に出さないかと誘われいた。
英語もできないと、アキは断っていたが現地には日本人も多いため日本人向けの店でもやっていけると。
「私はこの店が自分の夢だったし。でも彼の夢も尊重したい。でも彼に会いたいと言われてそれは私も同じだし・・・・」
と、色々なモノに悩んでいた。
アキなりに葛藤しているんだろう。
「それに」
アキは後から付け加えて、
「アンタたちが高校卒業するまでは少なくとも、自分の事は考えられないし」
自分は保護者としての責任がある。大河たちにもアキがそう思っている事は分かっている。実際アキが保護者となっていることは大きい。
今まで大河達に言わなかったのは、きっと重荷だと思わせたくなかったから。
アキはふふっと笑い、
「心配してくれてありがとう、2人とも」
改めて自分の子供のように大事な2人にお礼を言った。
本当の家族ではないけど、
大河と浩介に出会えて、
アキは1人になんてならずに済んだ。
大河は色んなことを考えた。
自分たちはアキに出会って、色々な物を与えられた。
人の暖かさも、かけがえのない味方がいる安心感も。
自分がアキにしてあげられることはなにか。
恩返し出来ることはないか・・・・
「浩介、相談があるんだけど」
大河はある提案をした。
数日後、
「アキさん、話があるんだけど」
「なあに?」
店が終わってから、大河と浩介はアキを呼んだ。
大河は真剣な目で、
「アキさん、もしよかったら将来的に・・・俺にこの店継がせてもらえないかな」
「え?」
意外な話で、アキは目を点にした。
「すぐって話じゃないよ。俺が高校卒業して調理師免許を取ったり店の事を勉強したりやらなきゃいけない事はたくさんあるとおもう」
どんなに急いでも数年は必要になる。
「アキさんは、智之さんと一緒に居たいかどうかを、
いずれは優先してもいいんじゃないかな。
たとえば彼の言っていた通りカナダにここの2号店を出すとか」
そういう発想がなかったようで、
めずらしくポカンとしていた。
大河に続いて浩介も、
「俺もいずれ店手伝う。同時に自分のやりたいことも考える」
アキの将来を想った。
大河は、立ち上がってイスに座るアキの前に立ち、
彼の手をそっと握った。
「アキさん、覚えてる?俺と初めて会った時の事」
まだ中学生の子供だった大河。
「あの時、同性が好きなことを母親に知られて『あんたはおかしい』と毎日暴力を振るわれて、その時はもう何も考えられなくなってた」
母親から毎日強い憎悪を向けられてそれが暴力になって・・・自分の生きる価値さえ失ってた。自分の人生はもう終わりだって・・・・
「父親から連絡をもらって、アキさんはすぐに家に来てくれた」
アキも、あの時のボロボロだった大河を思い出していた。
家族がいるのに、守られない捨て犬のような子供。
アキは、大河がまるでかつての自分の様で、放っておけなかった。
「初めて見たアキさんは、凛としてて綺麗で・・・かっこよかった」
あの時の事は今でも鮮明に思い出せる。
「アキさんは、俺や父親でさえも太刀打ちできない憎悪の塊の様になってしまった俺の母親と堂々と対峙してて・・・
はっきり『同性愛者は人間だけど、子供に暴力を振るうやつは人間以下』って言ってくれて、その時自分はおかしくないんだって言ってもらえたようで正気に戻れたんだ」
アキはもう胸がいっぱいだった。
あの時の捨て犬のような大河はもういない。
今目の前にいるのは、
自分の意志をはっきり口にできる青年だ。
涙を流しながらも大河は笑顔で、アキの頭を撫でながら、
「ずっと1人で我慢して偉かったよ、アキさん」
それはかつで、アキが大河を引き取った時に言った言葉だった。
アキはずっと色々な人の相談に乗っていた。
かつての自分の様な心の拠り所のない人達の支えになりたい。
そう思って、このお店を作った。
それがアキの夢で使命だっとおもってたから。
でもその思いが、世界で唯一一緒にいたい人との時間を我慢させていた。
本当はずっと智之の側にいたい。
カナダなんてどうせ近くだなんて強がりを言った。
でも本当は毎日会いたいと思っていた。
夢で彼を見て、
泣いた日もあった。
他のものは諦められても、
智之だけは違った。
「アキさんだって、自分の幸せ考えて良いんだよ?」
その言葉に、
アキは涙を流していた。
この子たちの前ではけっして泣いてはいけないと、そう思ってたのに。
2人の提案にアキは心底驚いていた。
正直自分の夢の選択肢は一つしか無いとおもっていた。
ここからけして離れなれないと。
でも2人の言葉を聞いて、
これから違う方向を目指しても良いのではないかと突き動かされた。
2人が自分の事を考えてくれていた事が嬉しかった。
いつの間にか流れていた涙を拭いながらアキは、
「・・・2人の成長次第ね」
「はは、やっぱり?」
と、おどけて見せる大河。アキはそっと涙を拭いて、
「当たり前でしょ?私が安心するまでは何年かしらね」
「がんばるよ」
浩介も意気込んでいた。
いつものように軽口を叩いていたが、
急に涙が溢れてきて・・・
アキは思いっきり大河と浩介を抱きしめた。
力強く、ぎゅっと。
「ありがとう、大河、浩介・・・大好きよ」
「俺も好きだよアキさん」
「俺も大好き」
大河も浩介も涙が流れるまま、笑顔で顔を見合わせた。
アキは数日後、智之に連絡をした。
一度会って将来の事について、話しがしたいと。
そして、
5年後を目安に、カナダに喫茶『ロミオ』の2号店を出店する計画を立てた。
日本の『ロミオ』は大河に譲る予定で。
そして、智之から月1回は会いたいともリクエストが加えられた。
喫茶『ロミオ』は月1回だけ3日間のお休みが決められた。
アキがカナダへ行くために。
「それでなんですけど」
色々な事が決まって、アキが帰国した智之に会いにいって店をお休みにしているある夜、
いつものようにベッドに一緒に寝ようとしていると、
浩介がずいっと大河に詰め寄り、
「俺たちそろそろ先に進みたいんですけどっ」
セックスしたいとはっきり言えば良いものを、
と思いながら、大河は浩介を見てフッと笑った。
「わ、笑い事無いですよ!いつも一緒に寝てどれだけ俺が我慢していたか・・・」
「我慢してたっていうけどさ」
大河はもうすでにガチガチの浩介の股間をじっと見つめ、
「俺が眠ってる時に、色々触ってるくせに」
「うっ・・・で、でも、まだちゃんとしてないし」
今回は負けないというような気迫が見て取れる。
大河は気まずそうにそっぽを向くと、
「・・・俺だって、ずっとしたいと思ってたし」
「え?そうなの?」
意外だというようにビックリする浩介。
大河は頭をガシガシと掻きながら、
「・・・随分前から、寝る時は後ろ準備してたし」
「ええ!?」
大きい声を上げて、動きが固まる浩介。
動機が止まらない浩介は、自分の旨を抑えながら、
「せせせ先輩が後ろっ・・・」
そのリアクションが大分恥ずかしい。
大河は顔を赤くして、
「・・・お前俺に挿れたいんだろ?」
「・・・・・」
「違うのかよ」
「いや、そうだけど、何で分かったの・・・?」
その質問に、大河は浩介から顔をそむけ、
「・・・夜中触ってる時、後ろも触ろうとして何度も止めたろ」
まさかバレていたとは思っていなくて、浩介は恥ずかしくなった。
顔を真っ赤にして、
「ごめん、先輩・・・俺勝手に弄ろうとして、でもやっぱり出来なくて」
もじもじする。
その浩介の可愛さに、大河はふっと笑い、彼の膝の上に跨り、
彼の首に腕を回す。
「せんぱ・・・」
そのまま大河は浩介にキスをする。
「今日も準備してるから、もうしようぜんっ」
言い終える前に、浩介が大河の口をキスで塞ぐ。
彼の言っていた通り大河の後ろに浩介が指を入れると、柔らかかった。
「んあ・・、は」
中で指を動かすと、その度にビクビクと素直な反応を示す。
先輩が可愛すぎる。
暴発しそうな股間と飛びそうな理性を必死で抑えつつ、
浩介は大河のはだけた胸をまじまじと見つめた。
白い肌にピンクに染まったぷっくりとした乳首がビンビンに立っていて、
その乳首をぢゅっとしゃぶってみる。
「あぁっ!」
今まで聞いた事のないような大河の色っぽい声が部屋に響く。
大河は声を抑えようと口に手を持っていこうとするが、浩介に腕を抑えられてしまう。
「抑えないで」
さらに乳首を責められて、大河はベッドの上で悶える。
「いっ、ああっ、まってああっ」
先に大河がイッてしまう。
荒い息を吐く彼に浩介は興奮して、彼の後ろに挿入していく。
「あっ…」
大河の気持ちよさそうな声が、浩介の耳に響く。
そのまま腰を揺り動かし、すぐに2人ともイッてしまう。
力尽きてベッドに横たわる2人。
大河は浩介のゴムを代えてやり、もう1回シた。
数カ月後
大河は調理師専門学校に入学して昼間は学校、
夜はアキの店を手伝い、日々夢に向かって奮闘した。
アキもそんな彼を微笑みましく見守った。
かつての自分がこんな未来を想像していただろうか?
この世の終わりだと思っていたあの時の自分に言いたい。
自分の側には、たくさんの味方がいる、と。
はじまりは雨でも、
雨はいつか、晴れるって・・・
そう伝えたい。
終わり。
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