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第29話

 朝霧が目を覚まし、辺りを見回すと、夏川が隣で難しい表情でパソコンを睨んでいた。   映画はとっくに終わったらしく、テレビ画面は真っ黒だ。  壁に掛かった時計を見ると、19時を指している。  視線を感じたのか、夏川が朝霧の方を見た。 「ごめん。また寝てた」 「いいよ。俺も急ぎの仕事片付けられたし」   そう言って夏川はパソコンを閉じた。 「これから外食ってのも面倒だよな。昼は結構がっつり食べたから、夜はパスタでも作るか。それでいい? 」 「うん、いつもごめん」  申し訳なさから眉を寄せる朝霧に、夏川が軽くキスをする。 「そこはありがとうって言ってくれないと」  夏川は笑いながら立ち上がり、キッチンに向かう。  手伝おうかと朝霧は一旦腰を上げかけたが、止めた。  料理のセンスが壊滅的な朝霧は、以前夏川の料理を手伝おうとして、生卵をレンジにかけ爆発させてしまったことがあったのだ。  不幸中の幸いでレンジは壊れずに済んだが、レンジの中は卵の破片が飛び散り酷い惨状となった。  それから朝霧は無理せずに、料理の手伝いは皿洗いを率先して行う程度にとどめている。  その皿洗いすら、ほとんど夏川がやってしまうのだが。  ソファから夏川がキッチンでてきぱきと動くのを朝霧はぼんやりと見つめた。  凛々しい眉や厚めの夏川の唇に朝霧は目を奪われていた。また朝霧の官能の火が灯りそうになる。 「できたよ」 「わかった」  朝霧は熱くなりそうな己の下半身から意識を逸らし、慌てて立ち上がる。 「帆立と菜の花のパスタ、スープは昼の残りね」 「ありがとう」  旬の菜の花の黄色が目にも鮮やかで、食欲をそそる。 「ワイン開けようかと思うけど、白でいい? 」  夏川の問いに、朝霧が頷く。  ランチと同じ席に座り、乾杯する。  夏川が開けてくれたワインは驚くほど口当たりが良かった。 「このワイン飲みやすい」  朝霧の感想に、夏川が頷く。 「これうちでも人気なんだ。チリ産のワインで5000円もしないんだけど、なかなかだよな」

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