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第44話

 金曜日。  ようやくミスのリカバリーも完了し、朝霧がスマホを見ると、23時を過ぎたところだった。  フロアには朝霧以外誰も残っていない。  朝霧はリュックを背負うと、エレベーターに向かった。  あのメールを境に、夏川からは連絡が途絶えていた。  朝霧も仕事を頑張れの一言すら返信していない。  今日『やどり木』に行ったところで、夏川は現れないだろう。  もう時間も時間だし、このまま帰宅するか。  そう思いながらも、朝霧は自宅とは反対方向の電車に乗った。  駅でいつも通り着替え、鏡に映ると、あらためて自分の顔色が酷いことに気付いた。  夏川のことが気になって、睡眠どころか、食事すらこの一週間朝霧はまともにとっていなかった。  朝霧は少し緩く感じるスーツを纏うと、重い足取りで『やどり木』に向かった。  分かっていたのに、『やどり木』の扉を開けた瞬間、朝霧は肩を落とした。  カウンターに夏川の姿は見えない。  一瞬、このまま帰ろうかと考えた朝霧にマスターが声をかける。 「いらっしゃい。みっちゃん」  朝霧は反射的にマスターに微笑むと、カウンターに座った。  一応、自分のスマホを確認したが、夏川からは何の連絡もない。  いつものギムレットを口にすると、何も食べていなかった朝霧の胃がしくしくと痛む。  顔を顰めながらも、朝霧は酒を飲むのをやめられず、お代わりまでもらった。  むしろこのまま酔いつぶれて、全てを忘れてしまいたいような気分だった。 「隣、良いですか? 」  隣の席を見ると、既にそこには男が座っていた。  男のがっちりした体つきは、以前ラクビーでもやっていたかに見える。  座った感じで男は朝霧よりもわずかに背が高いと分かった。 「マスター、シャンディガフ」  グラスが置かれ、男がそれを持ち上げる。 「乾杯してもいいですか? 」  朝霧は薄く微笑むと、男のグラスに自分のグラスをあわせた。

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