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不登校気味で少し不真面目だった芯を、主任に頼まれて注意したのが始まりだった。
素行は悪いが、可愛らしい顔をした子だなぁ。その程度の印象でしかなかった生徒。
それは本当に偶然だった。学校からの帰り道、数駅離れた街で不良たちと喧嘩をしている芯を見かけた。多勢に無勢、それに立ち向かうは芯一人。
助けなくてはいけないと思ったのだが、足がすくんで動けなかった。生まれてこの方、暴力沙汰の喧嘩などしたことがない。
それでも、生徒を見殺しにはできない。僕は、勇気を振り絞って『やめろ!』と叫んだ。
すると、相手の不良から『何だてめぇ! こいつの仲間か!?』と、ドラマやアニメでしか聞かないと思っていたセリフが飛び出した。不謹慎にも、あの瞬間だけは少しワクワクした。
彼らには、僕が学生に見えたのだろう。スーツ姿なのに、この童顔の所為だろうか。
芯に『お前、邪魔だから消えろ』と言われ、些か苛立ったのを鮮明に覚えている。
芯は、たった1人で10人近い不良を殴り倒し、僕はその後ろで鞄を抱き締めていた。率直に、怖いと思った。喧嘩も、不良も、芯も。
けれど、直後に芯への心象は一転する。全員を倒した芯は、顰 めっ面でツカツカと歩み寄ってきて、怯える僕の手を引いてその場を去った。恐怖のあまり身動きできなくなっていた僕に気づき、芯は僕を駅まで送ってくれたのだ。
「お前、先生だろ? 先生のクセに生徒の後ろで震えてたんかよ。ははっ、だせぇ」
僕は、この無邪気に笑う子供に、この瞬間に惚れた。“惚れた”と言えば、聞こえは良いかもしれない。実際に湧き上がった感情は、それよりももっと、どす黒くて汚い感情だった。
この笑顔を、僕のモノにしたいと思った。だから僕は『明日、学校に来て』と、教師らしからぬお 願 い をしてしまった。
芯は、面倒そうな表情を隠しもせず『気が向いたらな』と、いい加減な返事をする。
しかし、僕は芯が来てくれると確信していた。お願いをした時、僕の手を握る手に力が入った。ただそれだけの事なのだが。
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