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銀花姫 1

* 「暑いんだか・・・寒いんだか・・・」 若干イライラしながら、オレはエアコンのボタンを押す。 除湿設定にしていたが、なんだか暑さを感じて冷房にしたが、今度は寒くなってきていた。 渋々また除湿に切り替える。 今日は今度の夏から始まるツアーのために、自宅でベースの自主練をしている。 他の仕事がないからオフなんだが、一日中ゴロゴロするような生活をしたことがないから、やることがなくなると、こうしてベースを弾いてしまう。 ちゃんとしたプライベートスタジオは別の場所に借りてあって、そこだったら録音とかもできるし、もっときちんとした練習ができるけれども、いかんせん梅雨時なので外はずっと雨が降っている。 雨の中出かけるのも何だか面倒くさくって。 車で移動すれば雨なんか関係ないんだけど、でも何だか今日はそんな気分になれず、こうして自宅で一本だけ置いていたベースを手にとって練習をしている。 練習といっても適当に弾いて指を慣らして、筋肉が衰(おとろ)えないようにしているだけ。作曲しているわけではないが、なんかいいと思ったものはスマホで録音して残しておくくらいだ。 そうして蒸し暑いんだか、何だかよくわからない中でベースを弾いていたら、不意に玄関のチャイムが鳴った。 思わずスマホで時間を確認する。 ちょうど夜の七時になろうとしていた。ベースとエアコンに集中していたから、全然時間の感覚がなかった。 窓の外に目を向けると、たしかにさっきまで明るかったのに、陽の光はなくなってすっかり夜になっていた。代わりに遠くのビルの窓の灯りが小さく光っている。 なんだよ・・・めんどくせーなー・・・宅配便か? 何かを買った記憶もないままそんなことを思いながら、オレは仕方なくベースを置いて、溜息をつきながらのっそりと立ちあがった。 片付けるのが苦手なオレの部屋は、服やら飲みかけのペットボトルやらが床に散乱している。 それを足で避けながら歩いて、玄関までたどり着くと、覗(のぞ)き窓で確認することもなく、鍵とチェーンを開けると勢いよくドアを開けた。 「はい?」 不機嫌そのままの低いぶっきら棒な声で応対すると、対照的な少し高い耳に心地よい愛らしい声が飛び込んできた。 「あ!猛!お腹空いてる?」 「え?!・・・・・・雪か」 「うん」 ちょっと恥ずかしそうに、真っ白な頬を桜色に染めて、夜の灰色の曇(くも)り空を背負った、オレだけの白雪姫が少しはしゃいだ感じで微笑んでいた。 今日は雪もオフだったのに、いつものスウェットの部屋着ではなく、白いシャツにジーパンを履いて厚手の黒いロングカーディガンを着て、大きめの黒縁のメガネをかけて、長い黒髪を無造作に束(たば)ねてアップにしている。 雲で覆われているすでに真っ暗になっている空を背負って、雪が小首を傾(かし)げて、嬉しそうに立っていた。 一応告白して恋人同士になったのだが、今までと同じ付き合いかたをしていた。 唯一の変化が、ほぼ毎日仕事で顔を合わせるから一緒に出かけて、一緒に帰るようになったくらいで。 何処かにご飯を食べに行ったりとか、同じマンションだからどっちかの部屋に泊まったりとか、そういった所謂(いわゆる)『恋人』がするようなことは、できないでいた。 オフだったならデートにでも誘えばいいだろうと思うだろうが、あまりにも一緒にいすぎて、今更デートとか言われても何処に行ったらいいのかさっぱりわからず、いまだに誘えないでいる。 本当はデートしたいし、キスしたいし、抱きしめたいし、もっと色々したいのに。 どうやってそのきっかけを作ればいいのかが、全くわからない。 適当に付き合ってた女に対しては、適当に連絡して適当に会って適当にそういうこともしていたのに。 雪に対してだけは、適当にだなんて、そんなことできないでいた。 もしかしたら、それに業(ごう)を煮やした雪が、こうして会いにきてくれたのかもしれない。

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