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告白②
それはまるで不意打ちで、俺の心臓はドキッと跳ねた。
なんだその顔は……捨てられた仔犬のような目で俺を見るな、不良は小動物に弱いんだぞコラ……!などと、 俺は激しく動揺した。
けど、奴はそんな俺の様子には気づいていないようだ。
「恐くないって言ったら嘘になるけど、犬神君のことを考えたら胸が苦しくて、あんまり夜も眠れないんだ。そういう意味では、恐いな……君がっていうより、自分がね……」
「あ……?」
結局、俺のことは恐くねぇのか?
「僕は犬神君以外の……たとえば、女の子を好きになったことがない。でも、君以外の男を好きになったこともない。だからホモなのかって聞かれたらよくわからないけど、男の犬神君が好きだからきっとそうなんだと思う」
そう言って、梅月はふふっと自虐的に笑った。そして少しふっきれた顔で、まっすぐに俺の顔を見た。
「君に好きだって伝えたら、ふざけるなって殴られてそれで終わりだと思ってた。ありがとう犬神くん、僕の気持ちをすぐに否定しないでくれて」
告白されたと思ったら、謝られて礼まで言われた……なんだこれ。なんで俺はされっぱなしなんだ?なんでこんな奴のペースにはまってんだ?
マジでハニートラップじゃねぇのか?ハニートラップじゃなくてアニマルトラップかもしれないけど。
「……証拠は?」
「はい?」
「てめーが俺のことを好きだっていう証拠を出せ」
「……」
俺は何を言ってるんだって自分でも思った。
「……僕の気持ちが本物だって証明したところで、君に何かメリットあるの?」
ねぇよ、なんにも。
俺もなんで自分がこんなこと言ってんのか意味不明なんだよ。
「じゃあテメー、今ここで俺にボッコボコに殴られても、それでも俺のことが好きだとかふざけたこと言えんのかよ?」
そう言ったら、梅月は少し考えて、
「君に殴られて君を嫌いになれるんだったら、僕はいくらでも君に殴られたいと思う」
なんていう、とてもドエム的な発言をした。
俺は若干引いてしまったが、梅月は気にせずに続けた。
「ふふっ、大体殴られること前提で僕は君を呼び出したんだ。気持ちを伝えて、気持ち悪いって殴られて、そしたら犬神君のこと諦められるかなって思ったから」
笑ってる……。何故だろう、なんで俺はこんなに悔しいんだ?
というか、昨日まで知らなかった男に告白されてるのに、ただ困惑するだけで特に気持ち悪いと思わない俺が一番なんなんだ?
「つーかお前、何で俺のことが好きなんだよ……」
どこかで会ったか?
それとも、やたらと女に騒がれる俺の顔が好きなだけか?
こんな奴無視してさっさと帰ってしまえばいいと思ってるのに、男に真剣に告白されているという異常な状況になぜか嫌悪感よりも興味の方が勝っていた。
俺にケンカで負けたからとか、ずっと憧れてたから舎弟にしてくれって志願してくる奴は今まで何人もいたが、真剣に「好きだ」なんて言ってきた奴は初めてだから、その理由がなんなのかを、俺は知りたい。
しつこいが、女からは飽きるほど告白されてるから、女が俺を好きだって言う理由は簡単に分かる。
たとえば俺が金持ちだから、とか。
「二か月前、カツアゲされてるところを君に助けてもらって」
「は?カツアゲ?」
さっきもコイツに言ったが、俺は男のくせにイジメだとかカツアゲだとかそういう狡こすいことをする奴らが大嫌いだ。苛々するから。
だから校内でそういう現場を見つけたら、とりあえず当事者はボコボコにしている。正義の味方ぶるつもりは一切ないが、自然とそうなってしまう。
大体俺が不良だっつーのも、親や教師に反抗して色々やらかしてるのも勿論あるが、卑怯な奴らを苛々に任せてボコボコにし続けてたらいつの間にか奴らに尊敬されて勝手に祭り上げられて、気付いたら奴らのリーダーになってた。
だから、正直覚えがありすぎてわからない。俺には助けたって意識すらない。
「それから、君のことが頭から離れなくて」
切なげな眼で斜め下を見た奴が少し色っぽい、なんて思ってしまったのは不覚だ。
「そうかよ。……で、お前はどうしたいんだ?」
「え?」
そう言った俺を、梅月はものすごく困惑した目で見た。
「どうしたいなんて言われても、殴られてそれで終わりって思ってたから考えてなかったよ」
俺もこいつと付き合う気なんかないのに、なんでこんな、希望があるみたいな言い方をしてしまったんだろう。
「どうしたいって……僕は、その……」
こんなに真剣に告白されたのが俺は生まれて初めてで、なんでかコイツをこのまま手放したくないような、そんな不可解な気持ちが俺の中で湧き上っていた。
「よし、じゃあお前は今日から俺の舎弟……いや、舎弟って感じでもねぇな、弱そうだし」
「え?」
「決めた。お前、今日から俺のペットな」
「へっ!?」
「なんだよ、文句あんのか?お前俺のこと好きなんだろ。俺と一緒に居たくねぇのかよ」
「や、そりゃ居たいけど……でも、」
「俺をこんなとこまで呼び出して、しかもそっちからコクってきたくせに勝手に自己完結してんじゃねぇよ。そういうのってイラつく。忠誠の証として、明日までにそのクソダッセー髪型をどうにかして来いよ」
「え、あ……」
「返事は?」
梅月は、また涙でうるんだ瞳で俺を見つめている。肌が白いから、目元や頬が赤くなっているのが分かりやすい。
「あの、つまり僕は、犬神君のそばにいて、いいの……?」
とんでもない提案をされてるのに、嬉しそうすぎだろ。あ、そういえばこいつドエム要素あったな……。
「だからそう言ってんだろ。ただし、俺が飽きるまでな。それまで可愛がってやるよ」
どうやって可愛がるかは、まだ決めてない。
人間のペットの可愛がり方って、ネットで調べたら出てくるだろうか。
「……」
「……返事しろ」
じゃないと、こんな提案した俺が恥ずかしいだろうが。
「……うん」
蚊の鳴くような声で、でもとても嬉しそうな顔で梅月は返事をした。
――だから、なんで嬉しそうなんだよ。
自分で言い出した最低すぎる提案なのに、喜ぶ梅月を見て何故か俺は胸が痛くなった。
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