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 立ち止まったままの真宮は少し前の彼とは違い、雰囲気がどこか大人びて見える。力強い瞳に見つめられながらソワソワと胸の内側がこそばゆくなる。 「ちゃんと話して、納得してもらいました」 「――そう」  真宮は離れた場所で止まったまま動かない。さすがにどうしたのかと、藤崎から近寄ろうとすれば、何か言いたげに口を開いた。 「あのっ! バイト、募集してますか?」  なぜか赤くなった真宮がそんなことを言うものだから、思わず吹き出してしまった。 「うん。まだ誰も決まってないよ」  藤崎は最後まで言い切る前に足を踏み出した。今度は自分から真宮に向かって歩いて行く。両手を広げて高い位置にある真宮の首に腕を回した。 「じゃあ、面接してください」 「喜んで」  近づいた唇に藤崎の唇が重なった。ザワッと強い風がさんざしのテントを揺らす。見つめ合いながら唇を解いたところで、背後に気配を感じた。藤崎が振り返ると、呆れたような顔の美澄が立っている。 「あのさ、往来で真っ昼間から何やってんだっつーの」  美澄は腰に手を当て、訝しげな眼差しでこっちを見ていた。驚いた藤崎は慌てて腕を離し体を反転させる。 「ど、どこから見てたんですか? 人が悪いですよ、美澄さん」 「そんなところで、イチャつくからだと思いますけどー」  美澄の言葉に慌てて真宮から離れようとするれば、背後からニュッと腕が伸び、それを阻まれた。 「美澄さん、こんにちは。俺、またさんざしでバイトに入りますので」  そう言いながら彼の両腕は藤崎を後ろから抱いている。焦って腕を離そうとしても、それは一向に緩まなかった。 「そうかい、そうかい。威嚇してるのね」  美澄は目を据わらせたまま気怠そうに言いながら、さんざしの店の中へと入っていく。コンベンションの宣伝カードをもらっていくよ、と店内から聞こえ、背後の真宮を見上げると、再び顔が近づきチュッと額にキスをされた。 「店の前は、さすがにまずかったですね」 「そうだね」  美澄の後を追うように、二人で店の中へ入っていく。春を思わせる暖かな風が、さんざしのテントを揺らした。  想いは巡り、そしてそれは温かでやわらかい場所に辿り着いた。色とりどりの花が囲む場所で、これから新しい蕾が開くのだ。 【END】

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