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第四幕・中也と太宰

「泣こうが吐こうが、止めて遣る心算は無ェからな」  中也がそう告げると太宰はへらりと笑う。其の顔面は既に蒼白で、中也で無くとも太宰が相当無理をしている様子が窺える。  もう既に言葉を発する余裕すら無い太宰ではあったが、太宰の強い希望に依り其の諸手は寝台の柵を介した手錠に囚われて居た。回避不能な状況へ自らを追い込む事で逃げる気も逃がす気が無い事も明示して居る。  無効化の能力者で在る太宰が何かの異能に掛けられて居る可能性は迚も低く、其の可能性だけは中也も初めから排除した状態で極めて慎重に、疾る気持ちを抑え、触れれば忽ち壊れて了いそうな硝子細工の様に、中也は太宰に触れる。  薄い包帯の奥に控える白い肌は、異常に思える程其の全身の毛孔が歪な迄に粟立って居た。  此れ程迄に――無理をさせたくないと中也は脚首を摑む手を緩める。つい今しがた自らの口で告げた許りでは在ったが早くも中也の心は折れ掛けて居た。  ――若し、其れが本意では無いと判って居ても、太宰から拒絶の言葉を投げられたとしたら。  そんな中也の心中を察した太宰は器用に片脚を中也の腰へと絡ませて引き寄せる。 「……怖いの?」 「バッ、莫迦野郎手前がッ――」  中也はハッとした、太宰が告げた中也の心を見透かす言葉に。そして蒼白い顔を為た間々中也を焚き附ける言葉を投げ掛ける太宰の方が中也依りもずっと無理を為て居る事に。  此の期に及んで未だ太宰の為と云う大義名分を掲げ、怖気附こうと為て居た中也は改めて心を奮い立たせる。  黒い手袋越しに太宰の唇へと触れる。直接で無ければ太宰の拒絶反応は其処迄出ない。薄く乾燥した唇は此処最近の太宰の余裕の無さを表して居るのか、乾燥して内側から皮が捲り上がって居た。存な繊細な箇所を手袋で触れて了えば傷める事は必然で、手の甲を返す様に為て其の間々指先の裏で頬に触れる。此れが屍体だと云われても疑い様の無い顔色の悪さ、手袋越しでは直接の体温を感じる事も出来ず、余裕無さ気に歪められた太宰の表情に――気附かない振りを為た。  太宰は其の薄い唇を開く。乾いて乾燥した唇の皮同士が貼り附き、無理に開いた事で上唇の薄皮が下唇へと持って行かれた。其れを気に留める様子すら無く太宰は顔を僅かに横へと回し頬をなぞる中也の手袋へと歯を立てる。手袋なぞには意味が無い、何の根本的解決にも為らない、其れが自らの為に成らないと解って居乍らも太宰は手袋の皮を噛み締めた間々顔を反対方向へと回転させる。  混み上がる吐き気に耐え、目許には堪える涙が今にも零れ落ちそうだった。愛して居るのに触れる事すら叶わない。今生で触れ合う事が叶わないと云うのならば、傍に居られる丈で充分等と奇麗事を云う心算は無い、愛して居るから触れたいのに、眼の前の存在を感じたいのに、存な簡単な事すら叶わないと云うのならば。 「中也、私は君が欲しい……」  太宰の意を汲んで中也は其の間々手を引く。するりと手袋から手が抜け、太宰の目前に中也の手が晒される。  優しく触れて呉れる其の手が好きで、名前を呼んで呉れる其の声が好きで、浴びる程酒を飲んだ翌日に全身から漂う葡萄酒の香りも好きで、余裕の無い状態でも此方を気遣う切羽詰まった表情が好きで――――唇を重ねれば消し切れない煙草の苦い味と、其れを何とか隠そうとする薄荷の味。奥まで掬い上げて、絡め取って、持ち上げた裏側の弱い箇所を意地悪するように擽って、其の隙間から微かに漏れる声。  反射的に舌を噛み切られる事位は中也も覚悟を為て居た。其の相手が太宰で在るのならば其れこそ本望だった。舌を噛み切られての失血死等は肴にも為らない嗤い話だったが、若し其れで中也が死ぬ事にでも成れば間違い無く太宰は其の後を追うだろう。だからこそ、もう畏れる物は何も無かった。  気を抜けば嘔吐感が混み上がるのかも知れない、此れ迄依りは舌の動きも漫ろで、漏れる声は普段依りも硬い物だった。中也は右手を太宰の胸元へと滑らせ、普段と何一つ変わらない流れをなぞり襯衣の上から突起の周囲を撫で回す。びくりと魚が跳ねる様に太宰の背中が浮いたが「止める心算は無い」と最初にそう告げた。  指の腹で突起を執着い程に嬲れば、生理現象からから屹立を示す其れの形は襯衣の上からでも明らかで、爪を立てる様にして引っ掻くと太宰の喉が引附の如く震えた。 「……オイ、吐き気は?」  銀糸を伝わせ唇を離せば、慾に蕩けた表情を浮かべる太宰の顔が目前に在った。其の顔に先程迄の悲愴感は微塵も感じられる、太宰の顔をじっと見詰め乍ら突起へ更に爪を立てて弾く様に弄べば手錠に繋いだ太宰の両腕が大きく動き金属音を響かせた。 「だい、じょぶ……みたい、今の処は」  其れが痩我慢なのか本当に大丈夫なのか中也には判断が附かなかった。此処で亦挫けたり為たら、太宰の心は閉ざされ二度と取り戻せないかも知れない、そんな焦燥感が中也の中に在った。  常人依りは多少低い体温、酒を飲んだ時や閨の中では桃色に染まる白い肌が好きで、肌の一部だからと絶対に譲らない包帯から何時でも馨る消毒液の香りが好きで、矜持許りは高い物だから限界迄は声を出すのも我慢を為て、堪える姿が亦情欲を唆るだけで堪らなく愛おしい。今も斯うして突起を舌先で嬲って歯を立てれば我慢の限界も近いと云った様に腰が引け気味に為る。今迄なら漏れる声を必死に手で覆い隠して居た物だったが、今日は両手が遣えないので其れも叶わない。  口の中で飴玉の様に其れを転がし乍ら片方の突起を指先で擦る様に引っ張れば太宰の腰が大きく跳ねた。 「あっ……、ぁ」  太宰の小さな声に中也は顔を上げる。其の答えは、もう問わずとも解って居た。丁度中也の尻に中たる太宰の下腹部辺りがじわりと熱い。中也は太宰の身体から顔を上げ状態を起こしてから太宰を確認する。必死に顔を捩って敷布へ顔を埋める其の姿は『太宰からの答え』だった。 「――イけたじゃねぇか」  此処に至る迄の苦悩は一体何だったのか、互いの苦悩を嘲笑うかの様にあっさりと、直接触れる事も無く達した太宰は耳迄を紅くし奥歯を噛み締め中也から顔を背けて居た。今の太宰こそ舌を噛み切りたい程恥ずかしくて仕方が無いのだろう、存な太宰の様子を見た中也はふうと大きな溜息を吐いてから前髪を掻き上げる。 「……中也ぁ、|手錠《コレ》、外してぇ……」  太宰が其の気に為れば手錠を外す事等造作も無い事だろう。其の余裕も無い程に太宰は顔を背けガシャガシャと手錠を引き柵との金属音を響かせる。 「太宰、俺は最初に云った事覚えてっか?」  横机へ無造作に置いた煙草を手に取り、中から取り出した一本を口に咥えて燐寸で火を附ける――太宰の身体を跨いだ間々。重苦しい空気と共に肺迄煙を循環させた後、吐き出した細い紫煙が室内を泳いだ後跡形も無く消え去る。  正直に云えば拍子抜け為たと云う表現が正しかった。太宰が一番動揺為て居る事に間違いは無かっただろうが、中也にも気持ちを整理する時間は必要だった。  煙草を口に咥えた間々、落とさない様に歯を喰い込ませ、敷布へ顔を埋めた間々の太宰へと手を伸ばし、其の小さな顎を摑み無理矢理にも自分の方を向かせる。羞恥と恥辱に塗れて、逆上せて居るかのにも似た真っ赤な顔だった。目許に浮かぶ涙は其れ丈でも数百億円以上の価値が有りそうだった。 「泣こうが吐こうが、止めて遣る心算は無ェからな」

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