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序章【屑が埃を笑う】

 山吹(やまぶき)緋花(ひばな)はその日、特に珍しくもないセクハラ行為を受けていた。 「やぁ、ブッキー。異動して以来だなぁ?」 「あっ、係長さん。どうも」  山吹に声をかけてきたのは、数ヶ月まで山吹が所属していた課の係長だ。  係長は書類整理をしている山吹に近寄り、許可や断りもなく山吹の尻に手を伸ばす。 「最近、ブッキーの噂をあまり聞かなくなってさ? もしかして、もう男漁りはしてないのかなぁ~って」 「そんなことを確認するために、わざわざこっちの事務所に来たんですか? 暇すぎません?」 「まさか! 用事は別だよ、べーつ。ただ、ブッキーの尻が見えたから撫でておこうと思って」 「あはっ、意味不明すぎてウケます」  尻を撫でる男の手を払うこともせず、山吹は愛想のいい笑みを浮かべる。 「と言うか、ボクは別に【男漁り】なんてしてませんよ。ただ、誘われたら老若男女問わず受け入れただけで──」 「──じゃあ、今晩どう?」  まったくもって、度し難い。念のため言っておくと、山吹の尻を撫でているこの男には彼女がいるはずだ。そのことを知っている山吹は、それでもニコニコと笑っていた。 「えぇ~っ? どうしようかなぁ~っ?」  そう、山吹が思わせぶりな態度を取ると──。 「──光景が不愉快だ。お前たちは猿か? 違うだろ。時間と場所を弁えろ」  即座に、別の男が山吹の肩を押した。  肩を押されたことにより、山吹はヨロリと体勢を崩す。当然、尻から男の手は離れた。  山吹が顔を上げるよりも先に、山吹にセクハラをかましていた男は顔を青くする。 「もっ、桃枝(ももえだ)課長……ッ!」  山吹を突き飛ばし、挨拶も抜きに暴言を吐いた青年。その正体は現在、山吹が所属している課の長を務めている男──桃枝白菊(しらぎく)だ。  可愛らしい名前に似つかわしくない、キツイ目つき。威圧的な口調と態度を目の当たりにした係長は、すぐにその場から逃げ去った。 「謝罪もナシかよ。ふざけた男だな」 「開口一番、人をサル扱いする課長も相当ふざけていると思いますけどね」 「あ? なんか言ったかよ」 「助けてくださりありがとうございましたぁ~」  姿勢を正した後、山吹はニコリと笑う。その笑みを見て、桃枝はさらに不快感を表情に浮かべる。 「お前もお前だな。ケツを撫でられてヘラヘラして、不愉快この上ない」 「酷いですね、課長。セクハラされて怯えていただけですよ」 「俺が嫌いな言葉、教えてやろうか? それは【嘘】だ。知ったうえでの発言か、それは?」 「あはっ。気を付けまぁ~すっ」  依然として不服そうな桃枝を見上げつつ、山吹は距離を縮めた。 「でも、そんなにカリカリしないでください。お尻を少し撫でられるくらい、別にいいじゃないですか」  笑みを浮かべたまま、山吹は桃枝にだけ聞こえる程度の声量で、ポソッと呟く。 「──課長の方が、沢山触っているじゃないですか。布越しじゃなく、直で」  笑顔を貼り付けたまま、山吹は桃枝を見上げる。 「昨日だって、今朝にかけてずぅ~っと──」 「山吹」 「いてっ」  トンと、軽いチョップが頭に一撃。  桃枝に叩かれた頭を両手で押さえつつ、山吹はもう一度桃枝を見上げた。 「仕事。まだ終わってないんだろ。サッサと書類を整理しろ」 「はぁ~いっ」  ふいっと、桃枝がそっぽを向く。  ……その耳がうっすらと赤く染まっていることに気付いたのは、言うまでもなく。  山吹は笑いを堪えつつ、書類整理へと戻った。 序章【屑が埃を笑う】 了

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