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 昼を過ぎていても、かなりの賑わいだ。混んでいる店内を見て、桃枝は驚く。 「すげぇな。ハンバーガーを嫌いな人類がいないってのは、マジだったのか」 「安くて早くてウマいですからねぇ~」  列に並び、順番が来てから注文。……しばらく待って、頼んだものを受け取る。 「あっ、二人掛けのテーブル発見です。課長、こっちに座りましょう」  空いている席に座り、トレーをテーブルに置く。ようやく一息つけたと、二人はどちらからともなくため息のような呼吸を吐いた。 「酷い混み具合ですね、まったく。せっかくの休みなんですし、もっと豪勢なものでも食べに行った方がいいと思いませんか?」 「それをお前が言うのか」 「ボクたちは特別な理由があってここを選んだんですよっ。惰性と一緒にしないでくださいっ」 「悪かったよ。そんなムキになるなって」  ジュースが入った紙のカップに、ストローを挿入。山吹は乾いた喉を潤しながら、正面に座る桃枝を見た。  向けられた視線にすぐさま気付いた桃枝は、顔を上げる。 「なんだよ」 「いえ、別に。……ささっ、どうぞどうぞっ。日頃のお礼ということで、先ずは課長から一口目をっ」 「なんなんだよ……」  ナプキンで手を拭いた後、桃枝はガサガサと包みを開く。すぐにハンバーガーは姿を現すが、そこに対する桃枝からのコメントはない。  ワクワクと、山吹は好奇心いっぱいの瞳で桃枝を見る。当然、桃枝は向けられる期待感に満ちた眼差しに気付いてはいるが……なにを期待されているのかが分からないのか、ただただ気まずそうにしていた。 「そうジロジロ見られると、食いづらいんだが」 「ハンバーガーをあまり食べない課長の、貴重な姿ですからね」 「理由になってねぇ……」  などと言いつつ、瞳を輝かせている山吹が嫌いではない。むしろ好ましいとさえ思っているだろう桃枝は、表情を強張らせながらもハンバーガーを口にした。  さて、なにを語るか。山吹は桃枝が咀嚼し、嚥下するところまで見届けて……。 「悪くないな、こういうのも。……うん、ウマい」  すぐさま、拍子抜けした。  何度も述べた通り、ハンバーガーを好まない人間はいない。残念だが、そういうことなのだろう。 「それは、なによりです。……また今度、食べに来ませんか? 今度は限定じゃなくて、定番のメニューを」 「いいことを言うな。賛成だ」 「わっ、意外ですっ。あの課長が、優しく素直に部下を褒めるなんてっ」  包みを開きつつ、山吹は揶揄うような口調で会話を続行した。  ひとつ目のハンバーガーを完食した桃枝も桃枝で、相変わらずな態度のまま相槌を打つ。 「──今は【部下】として接しているつもりはないからな。評価だって、甘くもなるだろ」  それだけ言い、桃枝は指を舐める。ソースが、指に付着してしまっていたのだろう。  だが、そうした仕草に対するコメントは出てこない。山吹はハンバーガーを齧るために口を開いたまま一度、動きを止めてしまっていたのだから。  どうしてこう、何度も好意を向けられるのか。気まずいような、もどかしいような。……なんとも言えない気持ちを抱きつつ、山吹はハンバーガーを一口だけ、齧った。

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