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 映画を見終えた二人は、ゆっくりとした足取りで駐車場に向かっていた。 「お前、凄いな。なんで泣かなかったんだ?」 「うぅ~ん、どうしてでしょう? ……俳優さんが好みじゃなかった、とか?」 「そんな理由で涙って枯れるのか?」  山吹からすると泣いていた桃枝の方が異質なのだが、あの状況ではどう考えても山吹こそが異質だ。認めざるを得ないだろう。  空をそっと見上げると、すっかり夕暮れ時だ。秋ということもあり、日が落ちるのは早くなっている。 「他に、どこか行きたい所はあるか?」 「そうですねぇ~……」  どうして、と。冷めた声で、山吹は内心、呟く。  なぜ山吹だけが、こんなにも惨めな気持ちにならなくてはいけないのか。桃枝の純情を疑い、あるかも分からない尻尾を掴もうとした報いなのかもしれない。因果応報、人を呪わば穴ふたつ。……そう、山吹は納得しかけていた。  素直に、桃枝の愛情を信じていれば。桃枝の気持ちを受け入れていれば、こんな気持ちにならなかったのか。失敗続きのデートコースを脳内で振り返りつつ、山吹は腹を立てる。  初めの目標は、桃枝を【理解】することだったはずなのに。それは不可能だと、きっと桃枝には裏があるのだと頭から決めつけ、だからこそ、山吹にも達成できる目標──【暴く】という目標にすり替えて……。  分かっている。これは、自己中心的すぎる自己満足だ、と。この怒りは、デートに少しでも意味と功績を残そうとする山吹の、幼稚な八つ当たりだ。  ──幼稚な八つ当たり、上等。ここまでくれば、どうにでもなれ。  おかしな方向に吹っ切れた山吹は、桃枝を振り返った。普段通りの、笑顔を浮かべながら。 「もう一ヶ所、行きたい場所があります。……歩いて行ける場所なので、このまま徒歩で行きましょう?」 「あぁ、分かった」  疑いもせず、桃枝は山吹について行く。その素直さが、山吹の心に燃え上がりつつある苛立ちに油を注ぐ行為だとしても。  ずんずんと進んでいく山吹に、桃枝はただただついて来る。恋人らしい会話もなく、ただ、淡々と。  もしもここで、話題をひとつでも振っていれば。桃枝にとって、ハッピーなデートで終わったかもしれないというのに。 「……おい、待て。待て、山吹」  突然、桃枝が山吹に静止をかける。その声はかなりの焦りを含んでおり、向けられるだけで不安になってくるような声音だ。  しかし、山吹は止まらない。 「なんですかぁ~? 置いて行っちゃいますよぉ~っ?」 「ここは、ここはさすがにマズい。引き返すぞ、山吹」 「えぇ~っ? せっかくの初デートなのにですかぁ~っ?」  わざと間延びした声を出し、山吹は一度だけ足を止めた。  そのまま来た方向に戻り、数歩後ろにいた桃枝に近寄り、するりと腕を組む。逃がす気はないと、示唆するように。 「もうちょっとで着きますから、頑張って歩きましょう?」 「やっ、山吹っ? うっ、腕が……っ」 「手を繋ぐのも、腕を組むのも。そんなに大差ないじゃないですかっ」 「ちっ、ちちっ、近いだろ……ッ」  なんて純情で、ウブで、愛らしいのだろう。山吹は笑みを貼り付けたまま、狼狽える桃枝を見上げた。  だが、そんなことではもう、この怒りは収まらない。山吹は既に、桃枝に【八つ当たり】をすることしか考えていないのだから。 「──休憩、しましょう? ねっ、課長?」  桃枝が『引き返そう』と言い、足を止め、動揺を示した場所。明るい道から、ほんの少し外れた場所に建つ建物。  ──ラブホテルに、桃枝を連れ込む。それが、山吹にできる最後の【嫌がらせ】だった。

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