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 まんまと翻弄されてしまった山吹だったが、ようやく気付く。『これは黒法師に仕組まれた話題なのだ』と。  おそらく、黒法師はなにかしらの資料を見て職員──山吹の誕生日を知ったのだろう。なんとも、嫌な男だ。桃枝はきっと『自分がまんまと罠にはめられた』なんて、気付いていないのだろうが。  それにしても、と。山吹はふと、これまでのイベント──中でも、クリスマスを思い出す。  自分が失念していたイベントに対して、山吹は失敗がある。気付いたのなら、ここは先手を打つべきだ。 「先に言っておきますけど、誕生日なんて祝わなくて結構ですからね」 「なんでだよ」  案の定、桃枝は不服そうにしている。常日頃から纏っているものより、オーラを暗くさせたのだから。  桃枝から投げられた問いに内心で驚きつつ、しかし『まぁ、そう訊かれるよね』と妙な納得をする。 「そういうの今までなかったですし、どう振る舞っていいのかも知りません。だから、祝わなくて大丈夫です。きっと、課長が喜んでくださるような反応ができませんから」 「そうか?」 「クリスマスだってそうでしたし、バレンタインだってそうだったじゃないですか。だから、なにもしなくていいんです。明日はただの金曜日で、ただの平日。そういった思いで、どうぞお過ごしください」  少々、冷たい言い方だろうか。だがこれほど強く言わないと、この男は山吹を祝うに決まっている。  そして、案の定──。 「──それでも、俺はお前を祝いたい。お前が生まれてくれた日だから、特別だろ」  どれだけ桃枝が欲していない言葉を送っても、桃枝からの返事は変わらなかった。  山吹は一度、奥歯を強く噛む。それからそっと俯き、今度は山吹が顔を背けた。 「……困ります」 「そうか」  分かったような相槌を打つくせに、この男は分かっていない。山吹がどれだけ気まずい思いをしているのかも、祝われる側としてどう振る舞えばいいのか悩んでいることも。  桃枝がそっと、山吹の顔を覗き込む。すぐに山吹は、桃枝と目が合ってしまった。 「明日も仕事だが、夜なら時間もあるだろ。なにか食べに行かねぇか?」  提案されたのは、とてもささやかな内容だ。  変に構え過ぎたかと、山吹は心の内でホッと安堵する。 「別に、それくらいなら。いつも居酒屋とか、行っていますし」  いつもと、同じ。それなら、なにかをやらかす心配もない。  山吹の表情に【安堵】が見て取れたのか、桃枝が珍しく笑みを浮かべた。 「それなら、居酒屋以外にするか。特別感を出したい」 「えっ。……わ、分かりました。覚悟を、決めておきます」 「いや『覚悟』って……。なんで祝われる側がそんなガチガチに緊張してんだよ」 「先手の意味も込めて念のため言わせていただきますが、ボクはイヤですよ。オシャレなお店で誕生日の人にサプライズでケーキを出すのとか。目立つし、あれは本気でただの公開羞恥プレイです。絶対にイヤですからね」 「ん? そんなサービスがある店もあるのか?」 「そうでした。課長はそういう人でしたね」  どうやら、誕生日だからと言ってなにかが起こるわけでもなさそうだ。いつも通り食事をして、他愛もない話をして……。もしかすると一言だけ、桃枝から『おめでとう』と言われるかもしれない程度で。  たった、それだけ。あまりにも、ささやか。……そのはず、なのに。  誕生日を祝われるのが、二十年の人生の内、初めてだから。山吹の耳は、ほんのりと熱を孕んでしまった。

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