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 落ち着きを取り戻した山吹が、桃枝の顔を見るために視線を上げる。 「……あの、白菊さん。少し、変な話をしてもいいですか?」 「なんだよ」 「──ボクは、ボク自身を『文書作成のスキルが上がったな』と思っています」  まさか突然、仕事の話をするなんて。山吹の濡れた瞳を見て、察せられるわけがない。  桃枝の驚きに気付いているのか、いないのか。どっちだとしても、山吹は口を止めなかった。 「オススメのお茶、ボクの方が白菊さん好みのものをお教えできます。それに、誰よりもボクが淹れるお茶の方がおいしいに決まっています」 「山吹? なんの話だ?」 「書類だって、課長のためならボクは用事がなくたっておつかいします。ボクの方が、使える部下です」 「頼む、山吹。主旨をくれ」  桃枝が一度、ストップをかける。山吹は「だから、つまりですね」と前置きし、ほんのりと照れくさそうな表情を浮かべて……。 「──他の人を頼ったら、その後は……ボクのことも頼ってくれなくちゃ、イヤです」  ポソポソと紡がれた言葉に、桃枝は瞳を丸くした。 「本音を言えば、ボク以外の人に頼ってほしくないです。だけど、仕事をするうえでそれは不可能な話だと理解しています。……だから、せめて対等にしてほしいんです」 「対等、か」  例えば、山吹が職場で桃枝以外の上司や先輩にばかり頼っていたら? ……確かに、面白くない。管理課の仕事ならば真っ先に頼られたい。  つまり、今感じたこのモヤモヤを、山吹は【想像】ではなく【現実】として感じていたのか。理解をすると同時に、桃枝はなおさら申し訳ない気持ちになった。 「分かった。だが、公私混同は俺の主義に反する。だから、そうならない程度にだが、それでも俺はお前を特別扱いする。俺の一番がお前だって、伝え続ける。……これでいいか?」 「はい。……ワガママを言ってしまって、ごめんなさい。面倒ですよね、こんなの……」 「いや、可愛い。堪らない」 「その返答は、予想外でした……」  驚かれても、これが本音なのだから仕方がない。桃枝は真顔で頷き、山吹のことが迷惑ではないと伝えた。  山吹は困ったように笑った後、桃枝にギュッと抱き着き直す。 「……ボク、カワイイですか?」 「言うまでもなく、可愛いぞ」 「──じゃあどうして、抱いてくれないんですか?」 「──んぐッ」  そうきたか。桃枝の体が、まるで石化したかのようにビシッと固まった。  山吹は桃枝に密着したまま、大きな瞳をジッと向け続ける。 「もう、最後にセックスしてから何日も経ちました。一回くらい、セックスしてくれたっていいじゃないですか」 「それは、確かにそうなんだが……」  真っ直ぐと向けられた眼差しが、心臓に悪い。桃枝は山吹から視線を外し、モゴモゴと聞き取りにくい話し方で答える。 「いざ誘うとなると、どうしていいのか分からなかったんだよ。タイミングとか、期間とか……。けど、数日放置したのは、悪かった。意気地なしで、悪い」  この数日、山吹に性的な魅力を感じなかったわけではない。  だが、自分で『待ってほしい』と言った手前、果たして何日の間を開けるのが適切なのかが分からなかったのだ。……結果として、山吹を不安にして泣かせていては意味がないが。  桃枝の返事を聴き、山吹がさらに身を寄せてきた。 「ボクとセックス、したくないわけじゃないんですよね?」 「あぁ」 「ボクの体に欲情しなくなったわけじゃないんですよね?」 「あぁ」 「じゃあ、一回だけ。一回だけシましょう?」 「あぁ。……んっ?」  反射で頷くと、ほぼ同時。 「ふふっ。……言質、取っちゃいましたっ」  抱き着いていたはずの山吹が、桃枝の体をトンと押し倒した。

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