396 / 465
12 : 22
落ち着きを取り戻した山吹が、桃枝の顔を見るために視線を上げる。
「……あの、白菊さん。少し、変な話をしてもいいですか?」
「なんだよ」
「──ボクは、ボク自身を『文書作成のスキルが上がったな』と思っています」
まさか突然、仕事の話をするなんて。山吹の濡れた瞳を見て、察せられるわけがない。
桃枝の驚きに気付いているのか、いないのか。どっちだとしても、山吹は口を止めなかった。
「オススメのお茶、ボクの方が白菊さん好みのものをお教えできます。それに、誰よりもボクが淹れるお茶の方がおいしいに決まっています」
「山吹? なんの話だ?」
「書類だって、課長のためならボクは用事がなくたっておつかいします。ボクの方が、使える部下です」
「頼む、山吹。主旨をくれ」
桃枝が一度、ストップをかける。山吹は「だから、つまりですね」と前置きし、ほんのりと照れくさそうな表情を浮かべて……。
「──他の人を頼ったら、その後は……ボクのことも頼ってくれなくちゃ、イヤです」
ポソポソと紡がれた言葉に、桃枝は瞳を丸くした。
「本音を言えば、ボク以外の人に頼ってほしくないです。だけど、仕事をするうえでそれは不可能な話だと理解しています。……だから、せめて対等にしてほしいんです」
「対等、か」
例えば、山吹が職場で桃枝以外の上司や先輩にばかり頼っていたら? ……確かに、面白くない。管理課の仕事ならば真っ先に頼られたい。
つまり、今感じたこのモヤモヤを、山吹は【想像】ではなく【現実】として感じていたのか。理解をすると同時に、桃枝はなおさら申し訳ない気持ちになった。
「分かった。だが、公私混同は俺の主義に反する。だから、そうならない程度にだが、それでも俺はお前を特別扱いする。俺の一番がお前だって、伝え続ける。……これでいいか?」
「はい。……ワガママを言ってしまって、ごめんなさい。面倒ですよね、こんなの……」
「いや、可愛い。堪らない」
「その返答は、予想外でした……」
驚かれても、これが本音なのだから仕方がない。桃枝は真顔で頷き、山吹のことが迷惑ではないと伝えた。
山吹は困ったように笑った後、桃枝にギュッと抱き着き直す。
「……ボク、カワイイですか?」
「言うまでもなく、可愛いぞ」
「──じゃあどうして、抱いてくれないんですか?」
「──んぐッ」
そうきたか。桃枝の体が、まるで石化したかのようにビシッと固まった。
山吹は桃枝に密着したまま、大きな瞳をジッと向け続ける。
「もう、最後にセックスしてから何日も経ちました。一回くらい、セックスしてくれたっていいじゃないですか」
「それは、確かにそうなんだが……」
真っ直ぐと向けられた眼差しが、心臓に悪い。桃枝は山吹から視線を外し、モゴモゴと聞き取りにくい話し方で答える。
「いざ誘うとなると、どうしていいのか分からなかったんだよ。タイミングとか、期間とか……。けど、数日放置したのは、悪かった。意気地なしで、悪い」
この数日、山吹に性的な魅力を感じなかったわけではない。
だが、自分で『待ってほしい』と言った手前、果たして何日の間を開けるのが適切なのかが分からなかったのだ。……結果として、山吹を不安にして泣かせていては意味がないが。
桃枝の返事を聴き、山吹がさらに身を寄せてきた。
「ボクとセックス、したくないわけじゃないんですよね?」
「あぁ」
「ボクの体に欲情しなくなったわけじゃないんですよね?」
「あぁ」
「じゃあ、一回だけ。一回だけシましょう?」
「あぁ。……んっ?」
反射で頷くと、ほぼ同時。
「ふふっ。……言質、取っちゃいましたっ」
抱き着いていたはずの山吹が、桃枝の体をトンと押し倒した。
ともだちにシェアしよう!