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【記録4】そんな報告要らないから……
部屋に戻って隅っこに縮こまっていると、リレイがやけに上機嫌で戻ってきた。
「ハーファ」
「な、なに……なんだよ……」
いつもより割り増しでニコニコしててちょっと不気味だ。こういう時の相棒はちょっと意地悪な時があるから。
「上司殿にキス以上の手ほどきをして欲しいと頼んだんだってな?」
笑顔から降ってきた言葉にぎくりと体が固まった。ばれないようにしたかったのに。
「……い、イチェストの奴っ……喋りやがったな……!?」
「何故イチェストに言った? それは俺に言ってくれれば良かっただろ」
「だ、って……オレ何も知らないから……何もかもリレイにお任せなのはカッコ悪いだろ……」
上手く行かない。リレイが姿を消して探し回った時も、結局自分は何も出来ずに足を引っ張って助けられてしまった。普段もワースみたいな頭のいい立ち回りは出来ないし、イチェストみたいに一芸に秀でてる訳じゃない。
だからちょっとくらい……リレイに良いところを見せたかったのに。
「ハーファはキスすら初めてだったんだ。その先を何も知らないのは当たり前だろう」
「……うう……だって……」
近付いてきた相棒の顔はにんまりと笑っている。触れた手がゆるゆると頬を撫でてきてくすぐったい。
しばらく撫でられていると指先が頬から顎の下に移動して、猫にするみたいな撫で方になる。
「ハーファの恋人は俺だろう? なのに俺を差し置いて他の男なんかに触らせようとして……悪い子だ」
猫になった気分でうっとりしてた所に目の前の微笑みがふっと消えて、ドキリとした。
「リレ、イ……うわっ」
「それで? この間はぐらかされた相談のお返事は?」
真顔のまま押し倒されて、じっとリレイの瞳が見つめてくる。答えられずに逃げ出してしまったあの時間の、続きを求めて。
「う……。し、たい……オレも、キス以上のこと……トルリレイエと、したい……っ」
「っ……ハーファ……!」
ガバッと覆い被さってきたリレイはぎらぎらした目になっていた。深いキスをしたと思ったら、唇が耳たぶを食んで、舌が耳の中に入ってきて。
「んぁ……っ」
耳の中を何かが蠢いて響く水音に背筋がぞくぞくする。
慣れない感触に身動きが取れずにいると、手が服の中に入ってきてすりすりと腹を撫で始めた。段々その手が上へ上がってきて、ずり上がった服の隙間から触れる空気が少しひやりとしてる。
「ハーファ……」
「あ、っ……」
リレイの唇が、服の下の肌に触れた。
「り、れいっ……んっ! んんっ……!」
唇がもぞもぞと肉を食んで感じたことのない違和感に体が跳ねる。体を撫でる手があちこちを滑って、何だかむずがゆい。
リレイに触れられる感触を夢中で追いかけてると、段々リレイの手が他人に触られる事のない所へ入り込んでくるようになって。
「ひ、っあ……!? ちょっ」
ごそごそと動く手がオレの服を容赦なく剥ぎ取っていく。
「あ……ぁッ……」
普段人前で出したりしない、触られたりしない場所。初めて触れられたそこがじくじくと熱く感じる。
「り、れいっ……んっ! んんっ……!」
少しずつ移動してきた唇があらぬところをくすぐってびくっと体が跳ねた。ふわふわふわふわ、優しいけど凄く意地悪な触り方だ。
「ふ……ッ、うぅっ」
まどろっこしくて仕方なくて自分で触ろうとしたけど、その手を掴み上げられた。何か魔術でも使ってるのか力が入らない。
驚いて見上げた先の相棒は手早く自分の服を脱いでいく。
「うわっ! ぉあ……ッ!?」
全部脱ぎ去ったリレイはオレをうつ伏せにしてのし掛かってきた。背中やうなじに舌や唇の感触がして、耳元で小さな声が名前を呼んで、荒い吐息が聞こえてきて。
「ハーファ……ハーファっ……!」
「ぅひぇ……っ!? っあ、う、あ、ぁ、あぁぁッ……!」
皮膚同士を擦り合わせてるだけなのに、ぞわぞわっと背筋をよく分からない違和感が駆け上がってくる。
「あぅっ! あ、っ……こすっ……ひぁ……っ」
肌に触れるリレイの感触。その体温で溶けてしまいそうだ。耳に流し込まれる声と吐息が増えてくるのに引きずられるみたいにして、どくどくと心臓がうるさく騒ぎ始める。
ただでさえ熱い体がどんどん熱くなって……何も考えられなくなってきた。
「っひ、あっ、う……! アっ、りれ、リレイっ……りれっ……とる、りれ、ぃえぇっ……っ」
「ふふ、他人に触られると気持ちいいだろ……好きな時にイっていいぞ」
あやすみたいな優しい声が耳の奥の方に入り込んできて、痺れるみたいな気持ちよさが背中を走り抜けていった。
「っう……ひ……っ! あッ、や、う……あ、う、ぁ、んあぁぁッ――!」
何とか頑張ってたのに限界がきて。
頭が真っ白になってベッドに力尽きると、リレイにぎゅうっと抱き締められた。
「リレイ、やっぱりそういう事する相手居たんだと思うんだよな……めちゃくちゃ手際よかったし、何かあっという間に気持ちよくさせられたし……」
むすっと少しむくれた様子で椅子に座っているハーファに、イチェストは過去一番かという程に深いため息を吐いた。
「……今の赤裸々体験談は聞きたくなかったなぁ、俺……」
やけに深刻そうな顔だったから止めずに聞いてみたけれど、結局こういうオチだった。何が悲しくて仲間の夜の初体験を聞かされる羽目になってるんだろうか。
乙女のようにとは言わないけど恥じらえよ、もうちょっと。
「まぁ……多感なお年頃を冒険者として過ごしたんなら居たんじゃないか? 恋人の一人や二人三人四人」
ちょっと意地悪を込めて言うと、うう、とハーファは唸りながらイチェストを睨む。
冒険者は色恋どころか性欲にも開けっ広げだ。男相手でも女相手でも酒場にそういう商売が平然とあるし、美人な給仕係や冒険者のお姉さんからの誘惑もある。
逆にハーファが何でこの環境で未経験だったのかが不思議だ。やっぱ子供っぽさが滲み出てるんだろうか。
黙り込んでしまったハーファは、分かるけど、分かるけど、と消えそうな声でブツブツ呟いている。
「ううう――ッ、やっぱ悔しい! やられっぱなしじゃ嫌だ、リレイを驚かせるのに何かねぇのかよイチェスト!」
「知るかーっ! だから男同士の事なんか知らないって言ってるだろ! 専門外なんですーっ!」
仲間に頼られるのは嬉しいけど守備範囲外すぎてどうにもならない。
そもそも神官兵は武力に相当する能力を持っている故に、教会や信徒の人間に手を出す事はアウトに近い。そういう事をした神官兵が居たんだろう、襲われたと濡れ衣を着せられないための不文律になっているのだ。
恋人になるとしたら同じ神官兵くらいでしか相手が居ないけれど、少ない異性の争奪レースにイチェストは乗れてすらいなかった。色恋沙汰の手管は無いかと言われても出てくる訳がない。
「お前得意だっただろ、大書庫とかの本探し! すげぇテキパキ資料見つけてたじゃねーか!」
「俺のレファレンススキルを何だと思ってんだ! エロ本捜索用じゃないんだぞ! 欲しいなら自分で探せ!」
「んだよケチ!!」
「ケチとは何だケチとは! 神殿の大書庫は蔵書が管理されてるからレファレンスできんの! 街の沢山の本屋の蔵書なんて分かるわけないだろ!」
ハーファはふてくされた顔でこっちを見てくるけれど、無い袖は振れない。やがて諦めたのか外歩いてくると言い残して部屋を出ていった。
去った災難の予感にイチェストはほっと胸を撫で下ろす。けれど少しだけ、ほんの些細な疑問が沸き立ってきた。
「アイツどこで探す気なんだ……?」
大書庫ですら資料を探せなかったハーファがまともなものを探せるのだろうか。多分エロ本を探しに行った、と、思う……けれど。そもそもそうでない本との見分けがつくんだろうか。
普段本の類は申し訳程度にしか読んでいないであろう仲間に段々と不安になってくる。
「……何か……えっぐいニッチな本見つけてそう……」
まともな本を見つけられなさそうだという不安が勝り、結局イチェストも外の本屋に繰り出していったのだった。
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