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おまけ 一年後のオルガ

その日ルイス・ディスターは、珍しく緊張していた。 生来の大雑把な性格もあり、あまりこういう気分にはならない。 だが、今はそわそわと落ち着かず、熊のような巨体を揺らしのそのそと部屋を歩き回っている。 とある港町の宿屋で、ルイスは連れの訪れを待っていた。 かつてはアイルザンの将校であったルイスだが、今は地位を捨て相棒と共に旅をしながら、賞金稼ぎを生業としている。 今日はこの辺りを荒らす野盗を捕らえた後、相棒に憲兵への引き渡しと賞金の受け取りを頼み、ルイスは一人で先に予約をしていた宿に戻ってきた。 部屋に飾られた柱時計をちらっと見る。 そろそろ、相棒も宿に来る頃だろう。 大きな天蓋付きのベッドに、足首が埋まりそうな絨毯。テーブルには、葡萄酒の瓶と美しいガラス細工の盃が置かれている。 この街の1番の高級宿だ。中でも、良い部屋を頼んだ。 ルイスの相棒は、真面目で堅実な性格の男だ。 金を持てば考えなしですぐに使ってしまうルイスと違い、必要以上の物は持たず贅沢も好まない。 普段はこんな豪華な部屋には宿泊せず、巨漢のルイスが寝られる大きなベッドさえあれば良いと安宿ばかりに泊まっている。 だが、今日はルイスの人生において特別な日にするつもりでいる。だから、ルイス個人の小遣いをはたきこの部屋を予約した。 「……ルイス?入って良いか」 ココン、とノックの音がして、待ちわびた相棒の声が聞こえた。はやる気を抑え「もちろん」と答える。 扉を開け入ってきた相棒は、不思議そうな顔で部屋を見渡し、キュッとその男らしい眉根を顰めた。 「宿の名を聞き間違えたかと思った。……なぜこんな高級な宿を?」 「まあ、良いじゃあねぇかたまには」 誤魔化す為に、相棒の腕を掴んで引き寄せ黒々とした癖のある髪を撫でる。耳のあたりを軽く擽ってやると、綺麗な翡翠色の目を細めて心地好さそうな顔をした。 旅の相棒であり最愛の恋人であるオルガ・ローレンスタは、とても快楽に弱い。ちょっとくらい怒らせても、大体愛撫で誤魔化せた。 「もちろん、構わない。……普段は私に合わせて倹約してくれているから驚いただけだ。いくら掛かったか言ってくれ」 「あ、ああ。いいから気にすんなよ」 「そういう訳には」 困った表情で首を傾げる愛らしいオルガの、その首筋にキスをする。たったそれだけで甘い吐息を漏らす唇を奪い、柔らかい舌を絡めとって強く吸う。 ひくひくと震える身体を抱きしめて、存分に可愛いオルガの口内を楽しんだ。 今や、この男を可愛いと評するのは自分だけだろうなと、ルイスは自覚している。 キスをしながら、ルイスは掌をガッチリした肩、逞しく太い腕、硬い腹筋へと滑らせた。 「ん、はぁ……オルガ。だいぶ身体が戻ったな。すっかり武人の身体だ」 唇を離してそう言うと、名残惜げに舌でルイスの下唇を舐めていたオルガは嬉しそうに頷いた。 「ああ。貴方が鍛えてくれたからだ。私を性奴隷からまた人にしてくれて、更にまた武人にしてくれた。感謝している。貴方には感謝しかない」 「なんだよ?感謝だけか。俺はあんたが好きなんだが、恋愛感情はねぇのか?」 「い、いや。そういう意味では……好きに決まっている」 「はは、だよな。あー安心したぜ」 「言わせたかっただけだろう。全く」 一年前。初めて抱いた日のオルガは、長期間の監禁と繰り返される凌辱で、細く手足は萎えていた。 だが、元々誇り高い武人であり鍛えていたからなのか。決して病的な細さではなかった。まるで成長期の少年のような、若木のようなしなやかな細さだ。 うっすら溝の残る腹。抱かれ慣れてしまい、しなやかにくねる腰と柔らかい尻。情欲で淫らに濡れた瞳。 多くの男が、そしてオルガを性奴隷に落としたデイトリヒ本人すらも、溺れてしまったのも納得の妖艶な男娼の身体だった。 だが、今や違う。 この一年、ルイスは腕によりをかけてオルガを鍛え抜いた。 監禁生活から逃げ出したばかりだとわかっていたが、一切容赦無く扱きあげた。細くなっていた食も元に戻すため、吐くまで食わせた。オルガも一切弱音を吐かず、全てルイスの言う通りに鍛錬を繰り返し、おかげで今やほぼ元々の体型に戻っている。 ルイスの熊のような巨体とは違う。猫科の肉食獣のような、引き締まり一切無駄の無い肉体だ。 「……また武人に戻れたっていうがな。あんたは元々性根が武人だ。たかだか、尻穴開発されていやらしくなったくらいで、武人の誇りは傷つきはしねぇよ。武人の誇りが汚れるのは、女子供斬ったとか、後ろから闇討ちしたとか、そういう卑怯下劣な剣を振るった時じゃあねぇのか?」 「そ、そうだろうか。私はそうは……」 「オルガは今だって俺に抱かれてるが、立派に武人だろ。セックスの話なんて剣に関係あるか?」 「………貴方の物の考え方が、時々すごく羨ましい」 「オルガが色々小難しく考え過ぎなんだよ」 「確かに、そうかも知れん」 ふっと自嘲するように微笑んだオルガを抱き締める。オルガの肩ごしにちらっとテーブルの酒とベッドを見比べ考えた。 さて。乾杯が先か、セックスが先か。 「……あ、ルイス……どうした?早く……」 可愛い恋人はベッドをご所望だ。 すぐに答えてやりたいところだが、ここはしばし焦らすかとオルガから身体を離す。 切なげな吐息を零すオルガを半端無理矢理テーブルに着かせた。自分も向かい合って椅子に座る。 「ああ、焦らさないでくれルイス……すぐにでも欲しいのに」 「やーらしいなぁ。オルガ。そんなやらしいお前が好きだが、ちょいとな。先に一杯やろうや」 「酒より……ルイスの精子が飲みたい」 軽い愛撫とキスで、すっかりオルガに火が付いてしまったようだ。こうなると、満足するまで抱いてやらねば治らない。 性奴隷云々ではなく、多分生来の気質が淫乱だったのだろう。デイトリヒはそれを暴いただけだ。 生真面目で厳格そうなこの男が、自分の精液を強請って舌を出しているのを見るとゾクゾクするほど興奮する。 「駄目駄目……精液より先にな。コレを受け取ってくれ」 そう言って、ルイスは懐から封筒を取り出しテーブルを滑らせオルガに渡す。 訝しそうに封筒を()めつ(すが)めつ見て、オルガは腰の短剣を抜き封を切った。 そこには、一枚の紙切れが入っている。 「……結婚宣誓書……?」 「ああ。俺の故郷の教会から送って貰った。……それ、書いてくれてねぇか」 精悍な顔立ちが台無しになるほど、間抜けにポカンと口を開けて固まってしまったオルガに、ルイスも少し慌ててしまう。 少し性急だったかと、自分の顔を手のひらで擦って呻いた。 「んあ゛ー……あのな。結婚して欲しいんだわ。オルガ・ローレンスタ」 「……いや、それは分かるが……男同士だから、教会は受理しないだろう……」 鈍い恋人にむうっと唇を尖らせ、ルイスはオルガの手を握った。 冷たい手だ。一年前は柔らかくなっていたが、今は剣を握る為皮が厚く硬くなった。 「持ってるだけでいいんだよ。……前にも言ったが、俺はノン気だから、恋人に対する責任の取り方やら、あんたを完全に俺だけのもんにしちまう方法やらは、これしか知らねぇんだ」 この愛しい男と自分が、紙切れ一枚の上でだけでも夫婦なのだと思えれば、ルイスは今以上に幸せになれる気がしていた。 そして、今以上にオルガを幸せにできる。きっとそうだと信じている。 「……ルイスと、結婚……」 「嫌か?」 「……それは、私がオルガ・ディスターになるのだろうか」 「いや、そのへん別にどっちでもいいな。俺がルイス・ローレンスタでも語呂はいいし。だが……そうだな。オルガがディスターを名乗ってくれるなら、その方が俺は嬉しいぜ」 にかりと笑って見せると、オルガはテーブルに乗り上げるようにしてルイスにしがみついてきた。 ゴトッと絨毯に盃と酒瓶が落ちる。 行儀のいいオルガが珍しく靴も脱がずに机に乗り上げ、ルイスの股座に手を伸ばしてきた。 「抱いてくれ、今すぐに……ああ、ルイスっ!」 「お、おお。まず返事」 「貴方は馬鹿だ、断る訳がない!ああ、早く貴方の妻にしてくれ、早くっ」 「わはは!本当か!?嬉しいぜ、オルガ」 自ら下着ごとズボンを脱ぎ、オルガは片足をルイスの肩に掛けてくる。 手で硬く引き締まった尻肉を割ると、赤く色付き縁がぷくんと膨らんだアナルが覗いた。指に唾液を付けて、それをその窄まりに塗りつけ濡らした。 もう待ちきれない様子の可愛い新妻の為に、急いでルイスは勃起した性器を取り出し濡れたアナルに押し当てる。 「オルガ、新婚初夜だ……これからもっと大事にするぜ、愛してる」 「んあ、あっ……ルイスぅ……私、も、愛……あ、入るっ!おお、きいっ!あーっ!」 一気に押し込めば、オルガは喉を反らしてビクビクと痙攣した。 オルガ自身の割れた腹筋にパタタッと白濁が飛ぶ。挿れただけでイッたようだ。欲情しきっているオルガの姿にルイスも興奮する。 ガタガタとテーブルが軋むのも気にせずに、激しく突き上げた。 「あーっ、あ、あーっ!るい、す!るいす、ああ、も、だめ、イッ…んは、あーっ!」 「はは、すげぇ乱れよう、だなっ、オルガ」 「んひ、あ!だっ、てぇ!るいすぅ、あ、うぅっ!」 「精子止まんねぇのか。可愛いな、本当に」 ルイスが腰を打ち付けるのに合わせて、オルガも尻を振りよがり狂う。いつも淫らで激しいオルガだが、今日は特に淫猥に喘ぎ真っ赤に染めた顔を情欲に蕩けさせていた。 実にルイス好みの、淫乱な花嫁に心から満足する。 「あ、あっ!すご、ま、またぁ、おっきく、な、ああーっ」 「はっ、あ、オルガッ……出そうだっ」 「はあっ、出して、中にっ!あ、ああっ貴方の、んひ、妻の、中にぃ!」 「ああ、なんか、子作り、してる、みたいだなっ!オルガっ!」 「ひゃ、あ、そん、なあ、子づ、ああっ!あ、すご、い、あ、あぁ〜〜!!」 「くっ……締まっ」 子作りという言葉に反応したのか、つま先までピンと伸ばしてガクガクと痙攣し、オルガは絶頂を迎えた。オルガの中もルイスの精子を強請り強く締め付けて吸い付いてくる。その刺激に身を任せて、体内深くにたっぷり種を付けた。 いつもより深い絶頂を得たのか、力の抜けきった身体をテーブルの上に投げ出し、口元からはだらしなく涎を溢して、ビクッビクッとその逞しい身体を震わせ余韻に溺れるオルガを見下ろす。 「ふっ……すごい……そんなに喜んでくれて、嬉しいぜ」 「はあっ……あ……ルイ……ス……」 口元の唾液を舐めとりそのまま口付けてやると、オルガはうっとりとしながら震える指先でルイスの頬を撫でてきた。 その手を掴んで、手の甲にも口付ける。 「…ああ……ルイス……貴方は、まだ私にくれるのか……人としての生を、武人の身体を、貴方の愛をくれた。それだけでなく、貴方の名前まで……こんなにも貰ってばかりでいいのだろうか」 「俺も貰ってるだろ。オルガ……あんたから沢山貰ってるぜ」 「そうだろうか。そうは、思えない」 この男は、ルイスがいつから自分に懸想していたかなんて知らないから、こんな事を言うのだろう。 初めて戦場で合間見えた二十代前半の時。その剣の冴えと戦場を走り抜けていった横顔に一目惚れしてから、ずっとずっと惚れていたなんて、今更気恥ずかしくて言えない。 ただ、初めは抱きたいとか、抱かれたいではなかった。 性欲抜きで、男が男に惚れたのだ。 だから、一騎打ちの機会をずっと狙っていた。この男に勝ちたい。自分が討ち取られるならこの男。そう決めていたのだ。 あの日、一騎打ちを果たせて幸福だった。 そして、再会した日。 デイトリヒにローレンスタ将軍を使わせてやると言われ会いに行き、淫らに変わったローレンスタ将軍を見た瞬間。 初めてはっきりオルガに対する性欲を自覚した。 そして、初めて抱いた時。この人は俺が幸せにしようと、そう決めた。 今でもその気持ちは揺るがない。 「……私のような、元性奴隷を大事にしてくれる。貴方ほどの事を私が貴方に返せているだろうか」 「馬鹿だな。俺は前の男の事なんか気にしねぇよ。俺は最初の男より、最後の男になりたい方なんだよ……それにこんな具合いいんだから、文句なんかあるか」 「……そうか。もちろん、ルイスが最後の男だ。それに……貴方より、気持ちいい男はいなかった」 「はは!じゃ、やっぱり問題ねぇな……あ」 だが。ふと、ある事に気が付く。 今まですっかり忘れていた。 「しまった。再戦しようぜって言ってたのに忘れてた。嫁と剣を交える訳にはなあ」 「ああ……ふふ。そうだな。だが、いずれにせよ再戦しても貴方の望む戦いにはならなかったと思う」 「なんでだよ。前より弱くなったとか言うなよ?この俺が鍛えたんだぜ」 オルガは意味深に微笑み、腰の短剣を鞘ごと外した。 それを利き手で握り、鞘に口付けする。 ちろっと赤い舌が誘うように覗いた。 「だからだ。……剣筋まで、貴方のものに染まってしまった。武人としての私も、全てもう貴方のもの……鏡と戦っても楽しくはないだろう」 ゾクゾクっと、背筋を言いようのない快感が走り抜ける。 まだ繋がったままの下腹部に血が集まって硬くなった。 若い頃から好敵手として焦がれてきた武人が、完全に自分のものとなったという事実は、この上なくルイスの支配欲と自尊心を満たす。 その喜びに身を任せ再び行為を再開すると、ああっ、とオルガが甘く喘いだ。 ルイスは愛しい妻の痴態を楽しみ、オルガを手に入れた幸福を噛み締める。 そして、オルガ・ディスターもまた、ルイスの腕の中で幸せそうに微笑みを浮かべていた。 完

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