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1話

 それは(いつき)が中学二年生の夏の頃だった。  その日、六つ離れた兄は友人たちを招いて夜のバーベキューを楽しんでいた。父は単身赴任、母は祖母を連れて旅行中で、家には兄と樹しかいなかった。兄は樹もおいでと誘ったが、人見知りする樹は断って一人リビングにいた。  特に興味のないテレビをつけっぱなしにして、ソファに転がりぼうっとスマホを眺める。外からは楽しそうな笑い声が聞こえてきて、さすがに少しの疎外感があった。  自室のほうが庭に近くてうるさいんだよな、と樹が居場所に悩んでいたとき、玄関の扉が開く音がした。誰かがトイレでも借りに来たのだろう。  なんの気なしに廊下のほうを見て、樹は悲鳴が出そうなほど驚いた。いつの間にかリビングの入り口に人が立っていたからだ。音もなく現れた彼は樹と目が合うとうっそり笑った。 「あ、の……トイレ、あっちです」  場所が分からず聞きに来たのかと思い教えるが、彼は無視をしてリビングに入ってきた。そのまま流れるように樹の隣に座る。樹は驚きと困惑のあまり相手を凝視した。  こういうのを美形と言うのだろう。蜂蜜のようにとろりとした瞳が細められ、薄く艶やかな唇が笑みを象る。朽葉色の髪がさらりと流れて覗いた耳にはなんと言ったか、棒状のピアスが縁を貫通して煌めいていた。 「まざらないの?」  囁くような声はどこか甘く、中学生の樹には受け流しきれない色気があった。思わず頬を赤らめると、彼は笑みを深めて樹に顔を寄せた。柔らかな毛先が樹の頬を掠めた。 「かわいいね」  耳をくすぐるような一言に肌が粟立つ。樹の脳内は大混乱だ。いくら綺麗とはいえ見間違えるほど彼は女性的ではない。れっきとした男性に可愛いと言われたことなんてはるか幼少の記憶だ。一体今の樹のどこが彼に気に入られたのだろう。そしてどういう意味でそんなことを言うのだろう。  もしかして酔っているのかと思ったが、不思議と彼は酒の匂いどころかバーベキューの香りすらしなかった。かわりにたぶん香水だろう良い匂いがする。  樹がそんなことを考えて固まっているうちに、彼の手が樹の腰に回っていた。 「なっ、なに……」  咄嗟に押しのけようとした手はするりと絡め取られた。やけに優しい手つきで彼の長細い指が樹の掌を撫ぜる。軽い力で捕まえた樹の指を、彼はその唇でそっと咥えた。垣間見えた赤い舌が指先をちろり、と舐めた。  樹に衝撃が走った。まだ性のあれこれに疎い未発達の少年が体験するには刺激が強すぎる光景。はっきりとは理解できていないが、これがイケナイ事だというのは直感した。それ故に、樹は動けなくなってしまった。  硬直した樹を宥めるようにしなやかな身体が抱き寄せた。つ、と指が樹の膝をなぞり、ハーフパンツの隙間に滑り込んでいく。ゆったりした裾は簡単に彼の手を許してしまう。マッサージをするように親指が内腿を押し、くすぐったさと怖さで樹の喉からひ、と悲鳴が漏れた。 「やめ、やめて」  声が思うように出せない。衣擦れに掻き消えるような制止を彼は当然無視して、腰に回していた手を樹のハーフパンツへと差し込んだ。ゴム部分を引っ張られ、更には下着までも下ろそうとする。  樹は必死の思いで彼から逃れようとした。咄嗟に立ち上がって彼の腕から抜けようとするも、背中にぴったりと密着されて逆に動けなくなる。抱き込まれるような格好で、樹は下半身を剥き出しにされてしまった。 「あ、ぁ」  彼のすらりとした手が樹の性器を包み込み、優しく官能的に上下する。樹の頭の中は次第に恐怖から快楽に塗り替えられた。気持ちいいことを覚えたてのお年頃だ。誰かに触られたことだってない樹に、彼の手管に対抗できるような理性は残念ながら無かった。 「ふ……っ、ぅん」  柔らかい刺激に自然と腰が揺れる。すぐ耳元で彼が小さく笑うのが聞こえた。片手が樹のTシャツを滑り胸をカリカリと掻く。今されていることがとても淫靡なものに思えて、樹の息はどんどん荒くなった。  くちゅ、と先走りを絡めて彼の指先が赤くなった先端を愛でる。布の上から擦られた乳首はツンと固くなり、もどかしい痺れで目眩がした。 「あ、ぁぁ、っ」 「きもちいいね」  彼の甘い声が樹の耳も犯し、脳天まで快感が駆け抜けた。自慰では得られない興奮と酩酊、普段家族の集まる場所で行為に及ぶ背徳感。色んな感覚がどろどろに溶けて樹の熱い下腹部に溜まった。 「も……っ、出、るッ、ぅ」  赤子を撫でるような優しさだった彼の手が僅かに加虐性を帯び、襲い来る快楽に樹の視界が弾けた。 「ぁ、────ッ!」  用意周到にあてがわれたティッシュに精を放つ。ひくひくと痙攣する樹の全身を愛撫し、彼は余韻さえ手玉に取って樹を溺れさせた。肌がしっとりと汗ばみ、暑さにぼうっとしながら彼に身を預ける。  くたりと力の抜けた樹をソファに寝かせて彼は楽しそうに微笑んだ。 「トイレ借りるね」  そのまま何事もなかったかのようにリビングを出ていく。ドアが開閉したあとも彼はリビングに戻らず、遠い談笑の中呆然と熱に浮かされた樹だけが取り残された。  この日以来、樹の性癖は歪んでしまったのだ。    *    樹は高校生になった。今ならはっきり断言できる、あの夏の男は犯罪者だと。友人の弟に性的暴行を働いた最低な大人だと。  樹は日ごとあの男に焦がれ、同時に嫌悪を抱くようになっていた。当時の樹には兄に事の顛末を話す勇気などなく、ただ悶々と男に与えられた刺激を反芻するしかなかった。普通の自慰では満足できず、触れられた感覚を思い出しながら自分で胸を弄るようになった。誰かに触ってもらいたいと思うも、簡単にそんな相手が見つかろうはずもない。樹は延々とひとり遊びで体を慰める日々を過ごしていた。  子供の体を弄んだ最低な大人。樹をこんなふうに変えた変態男。憤りながら体ではあの男を求めてしまい、そんな自分にも嫌悪が募る。思春期故に樹の頭からあの男の微笑みが消えることはなかった。 「じゃあお願いね」 「行ってきます……」  母に渡された惣菜を手に、樹は渋々兄の住むアパートへ向かった。配達をさせられるのは面倒だが、交通費を多めにくれるので財布的には助かる。  兄との仲は悪くない。だがあの夏の一件があってからは勝手に気まずさを感じてしまっていた。お前の友達は変態だぞとは言えないし、そのせいで弟が乳首を弄らないとイけない体になりましたとも言えるわけがない。結果的に兄の友人をオカズにしているという事実も認めたくない。  ぐるぐる考えながら遠くもない兄の部屋に着いた。インターホンを鳴らすと久しぶりに兄の声が聞こえた。 「兄ちゃん、俺だけど」 「おー樹! 今開けるな」  しばらくして玄関を開けた兄は満面の笑みだった。やけに上機嫌だし顔も赤い。まさか日が落ちる前から飲んでいたのか。 「まー入れよ」 「いや、すぐ帰るから……」 「いいからいいから!」  無理やり中に引き込まれ、仕方なしに靴を脱ぐ。ふと見ると知らない、兄の履かないような靴があった。誰かと一緒に飲んでいたなら気まずいことこの上ないな、と思い室内を見て、樹は金縛りにあったように動けなくなった。 「あ、こいつ綾瀬! いつだったかのバーベキューにもいただろ?」 「……っ」  にこりと微笑んだのは忘れもしない、樹を狂わせたあの男だった。  今すぐ帰りたい。一発殴ってやりたい。兄に全部言いつけてやりたい。様々な感情が渦巻いて樹の拳を震わせる。兄はそんな樹には気づかず惣菜を見て喜んだ。 「うまそー! 綾瀬もたべな~」 「ありがとう」  何故こいつと兄が二人きりで酒を飲んでいるのか、そこまで親密な関係なのか、聞きたいことはあれど上手く声が出ない。ともかく、樹はここにいるべきじゃない。 「俺やっぱり帰る」 「そういわずにさぁ! 綾瀬もあいたいっていってたんだよ」  アルコールが回ってきたのか呂律の怪しくなった兄が言った。会いたかったとはどういうことだ。 「葉一、座りな? ふらふらしてる」  男、綾瀬が親しげに兄の名前を呼ぶ。 「ほら、あやせがさぁ、オレに似てかわいかったって」 「そうだね」  兄は大人しく座ると自然な動きで綾瀬にもたれかかった。綾瀬のほうも兄を撫でて、まるで恋人のようではないか。 「兄ちゃん、その人とどういう関係なの」 「んぇ? あやせはまじのオレの親友なんだよ、な~」  兄は上機嫌で綾瀬の首に腕を回した。どきりとした樹などお構いなしに兄の唇がちゅっと音を立てて綾瀬の頬を啄んだ。 「ッ!?」 「ふふ、また癖が出てるよ葉一。酔うとすぐキスしたがるんだから」 「だってあやせきれいだもん」  兄のこんなところは見たくなかった。樹が言葉を失っているのを綾瀬が眺め、意味深に笑った。 「葉一は俺とのキスが好きだもんね」 「うん、すき、もっとしたい」 「いいよ」  兄の唇が、今度は綾瀬の唇と合わさった。今すぐにでも逃げ出したい気持ちなのに、樹は立ち竦んで動けなかった。見たくないのに視線は二人に縫いつけられたまま。 「ん、んふ、ぁ、は」  兄が蕩けた声を漏らす。舌が熱く絡み合い、兄の表情が恍惚としたそれに変わっていく。 「んん、ん……」 「眠いの葉一?」 「うん……」 「いいよ、片付けておくから。そっちで寝な?」 「ん」  そのまま落ちるように眠ってしまった兄を優しく横にさせて、綾瀬は花が綻ぶような笑顔を樹に向けた。樹にとっては恐怖しかないが。 「ッ、お前、兄ちゃんにまで……」 「ううん、葉一とはキスしかしてないよ」  綾瀬の言葉に樹は混乱した。なにを否定したのか。どの道手は出しているじゃないか。 「また会えてうれしいな」  脳を痺れさせるような声色が樹を揺さぶる。とろりとした瞳から目が離せない。 「こっちおいでよ」 「……、かえ、る」 「いいの?」 「は……」 「おにいちゃん、無防備だよ」  くすりと笑って綾瀬が横たわる兄の腹を撫でた。薄いシャツ一枚をいじらしくなぞって、臍の辺りをくるくるとくすぐる。身をよじった兄を見て樹は綾瀬を睨みつけた。 「いっしょに遊ぼう?」 「……っ、この変態……!」 「いやならいいよ。葉一とふたりで遊ぶから」  そう言って綾瀬が兄のシャツをたくしあげた。平坦な体が緩く上下している。綾瀬は細長い指で脇腹をなぞると、身震いして立った兄の乳首を軽く押し潰した。  樹は止めさせなくてはと思いつつ、その動きに夢中になってしまっていた。そんな場合ではないのに樹の体まで微かに反応する。  綾瀬の指先が兄の乳輪をくるりと撫で、膨らんだ粒を伸ばすように扱く。兄が息を吐くのに微笑んで、先端をトントンとノックする。きゅっと摘んで、そのままクリクリと捏ねる。兄の体が快感を拾い、部屋着のスエットを押し上げた。  このままでは兄がいやらしい目に合ってしまう。頭では分かっているのに、樹は体の火照りを鎮めるので精一杯だった。目の前で見せられる愛撫にどうしようもなく自分の胸元が疼く。 「う、ん……」  兄が眠りながら声を上げた。綾瀬の両手が兄の乳首をこね回している。兄の感じようから、きっと普段から触られているのだろうと察しがついた。おそらくこうして眠ってしまったあとに、密かにいたずらをしている。やはり最低な変態だこの男は。  赤くなった兄の乳首を弾いて、綾瀬が再び樹を見た。 「ね、おいで?」  甘い響き。火照る体。彼を嫌う理性。兄を助けなくてはという焦燥。  葛藤の末、樹は兄と綾瀬の間に膝をついた。兄を庇うように綾瀬を睨む。そんな必死の抵抗など意味なく、綾瀬が満足げに微笑んだ。 「おにいちゃんと、同じことしてあげる」 「っ……」  避ける暇もなく腕を引かれ、倒れ込んだ隙に体の向きを変えられた。眼前に兄がいる。なのに綾瀬に背後から抱きしめられている。もし兄が目を覚ましたらと思うとぞっとした。 「ココ、好き?」  綾瀬の手が樹のない胸を揉んだ。掠めた指に背筋がぞわりとする。心臓の音がうるさい。  綾瀬が五指で肋骨からゆっくりと体をなぞり上げ、中指に引っ掛けて樹の乳首を弾いた。 「あ……っ」 「かわいい声」  耳元に息がかかる。そちらに気を取られている間に、今度は服の上から両の突起を摘まれた。 「んぁっ」  突然の強い刺激に樹の声が高くなった。 「敏感なんだ……ひとりでいじってるの?」 「ん、くっ、うぅ」  くにくにと摘まれたまま潰されて、甘い痺れが全身を駆け抜ける。股間が膨らむ気配も察した。 「ふふ。なら、これも好きかな」 「は、ぁあッ!」  カリ、と綾瀬の爪が布越しに乳首を引っ掻いた瞬間、樹の体は大きく跳ねた。普段自分ですることもある触れ方なのに、その何倍もの快感が樹を襲う。 「んッ、ひ……うぁっ」  カリカリ、突き出した胸に綾瀬の指が蠢く。両乳首をいっぺんに掻くのは刺激が強すぎる。逃げたいのに、快感のせいで背が反って胸を差し出してしまう。 「まっ、ぁ」 「なんだ、睨んでたのはやきもちだったんだね。君も早くさわってほしかったんだ」 「ちが、うぅッ、とめて、とめ、ッ」  布越しの刺激はもどかしい。直接触ってほしい。もっとたくさん弄り倒してほしい。そんな欲望が膨らんで理性をすり潰していく。 「んん~……」 「ッ!」 「ふふ、あんまりかわいい声を出すとおにいちゃんが起きちゃうね?」 「、この、ぉッ」  片側はまだカリカリと、もう片方は布ごと扱いて綾瀬が責め立てる。もう樹の体は自由がきかず、腰も次第に揺れだしていた。 「も、やぁ……♡」 「じゃあ、次は何をしてほしい?」 「し、なくてッ、いい、っ♡ とめてっ」 「ああ、直接のほうが好き?」  責めを中断した綾瀬の手が、するりと服の中に滑り込む。じんじんと痺れている乳首を容赦なく抓られて、樹の頭がパチパチと弾けた。 「あッ、~~ッ♡」  ジーンズの中で先走りの漏れる感覚がする。なんとか声を我慢しようとするものの、理性を飛び越えた快感が樹を追い詰めた。 「きもちいいね」 「だ、めッ♡ も、いらな、ッあ♡」 「ココだけでイったことある?」 「んん、ん♡」  必死で頭を振る。下腹部が重い。苦しい股間をなんとかしたいと、いつの間にか手が伸びていた。綾瀬が気づいてくすりと笑う、その息遣いすら今の樹には快感に変わる。 「ね、ズボン下ろして」 「ッ、や、ぁ♡」 「下ろしたらさわっていいから」  元々綾瀬の許可を得る必要なんてないのに、樹の頭はもう気持ちいいことしか考えられない。早く触りたくて素直にズボンと下着を足首まで脱いだ。先走りで濡れた性器が下着に染みを作ってなお雫を流し続けている。 「さわってもいいけど」 「ッ、……っ?」 「ココだけでイけたらすごくきもちいいよ」  綾瀬の指が樹の腫れた乳首を押しつぶす。 「あ、ぁぁ♡」 「もう少しがんばろ? おっぱいでイけたとこ、おにいちゃんに見てもらお?」 「やだっ、みせないっ♡ さわり、たいッ♡」 「きっともうすぐ、すごくきもちいいのくるよ?」  クリクリと乳首の先端をほじられ、膝がカクカク揺れる。樹の理性はもう限界だ。なんでもいい、早く楽になりたい。 「おね、が……ッ、イきたい♡」 「うん、じゃあね、自分で足開いて?」 「ふ、ぅぅ♡」 「ピクピクしてるおちんちん、おにいちゃんに見せて。これから射精するよって見せてあげて」  かぱりと股を開き、いきり立つ性器を晒す。まだ眠りの中にいる兄の眼前に濡れそぼった樹の性器を見せつける。 「ほら……きもちいいの来たね。もうすぐだよ」 「は、はぁ♡ あ♡」  綾瀬の片手が樹の下腹部を撫で、もう片手はまた服の上から乳首を掻いた。 「ぁあ、だめ♡ くるっ♡ くる、ぅ♡」  快楽の波に合わせて、綾瀬の指が強く乳首を摘み上げて潰した。 「あッ♡ あぁ~~~ッ♡」  声を抑えるのも忘れ、衝撃のまま絶頂する。手放しだった性器は震えて勢いよく精を放ち、白濁が床や兄の頬にまで飛んでしまった。 「……ッ♡ ……ひ……♡」 「きもちよかったねえ」  絶頂を迎えたばかりの敏感な体を綾瀬がまさぐる。幸い兄はよく眠っているようで、樹のあられもない姿は見られずに済んだようだった。  樹は余韻で力の入らないまま綾瀬を押しのけた。引き摺るようにズボンを引き上げ彼から距離を取る。 「……また……俺を……っ!」 「ふふ、会えてよかった。もう会えないなら葉一でがまんしようかなって思ってたから」 「な……」  綾瀬はティッシュで床を拭きながら軽やかに言った。 「兄弟でそっくりだね? きもちいいところ同じなんだもん」  綾瀬が優しく兄に膝枕をして顔を丁寧に拭いた。 「葉一……よく寝てるね。いちど寝ると全然起きないんだよ」 「だからって、いたずらするなんて」 「葉一もきもちいいことが好きなんだ。特に、ココが」  綾瀬がそういって触れたのは、兄の臀部だった。ゆるりと撫で回し指先がトントンと割れ目を示す。 「お前、キスだけって……!」 「葉一が知ってるのは、ね」  くすくすと楽しそうに笑って綾瀬が兄の股間を揉みしだく。先程乳首の愛撫で反応していたそこはすぐに膨らみ、もぞりと兄が身じろいだ。 「もうすぐ慣らし終わるから、次は俺のを入れようかなって思ってたんだ」 「そんなことっ」 「ふふ。君が代わってくれるなら、おにいちゃんの処女はうばわないよ」 「!!」  なんて男だ。友人面して寝ている間に襲おうなんて、やっぱり最低な変態じゃないか。あまつさえそれを脅しに樹に性行為を迫ろうというのか。 「この……犯罪者……ッ」 「葉一はゆるしてくれるよ。俺のこと好きだもの」  す、と綾瀬の手がスエットにかかる。慣れた様子で兄を脱がし、樹に見せつけるように尻を向けられた。 「や、やめろよっ」  樹の言葉に微笑み、綾瀬が近くの鞄から取り出したローションの容器を振って見せた。冗談ではなく本気で樹に見せつけるつもりなのだ。樹がうんと言わない限り、兄への陵辱は続く。 「……わかった……から……」 「俺の恋人になってくれるの?」 「なっ」 「だって、セックスするんだから。俺はセフレなんてひどいことしないよ」 「……っ」  この男の恋人なんてまっぴらごめんだ。だがそうしないと兄は助けられない。樹は崖っぷちに追い込まれてしまった。どちらを選んでも気分が悪い。 「…………なる」 「うん?」 「……恋人に……なるから……」 「ほんとう?」  綾瀬がぱっと表情を明るくした。いそいそと兄の身だしなみを整え、元通り寝かせて樹のほうへ近づく。 「うれしい。だいじにするからね」  蕩けた笑顔で綾瀬が言った。少し頬も赤い。まるでまっとうに告白して返事をもらったかのような反応ではないか。樹が困惑しているうちに、綾瀬の腕が伸びて樹を柔らかく抱きしめた。 「あのとき、君にひとめぼれしたんだ。次はいつ会えるかなってずっと思ってたのに、気づいたら二年も経ってた」 「……っ」 「葉一もかわいいけどやっぱり君のほうがかわいいよ。ふふ、ようやく触れ合えるんだね」  綾瀬はうっとりして樹の頬を包み込んだ。 「じゃあ恋人記念セックスしよ?」 「は……?」 「葉一にもお祝いしてもらおうね」 「ちょ、何言って」  どうにも彼の言っていることが理解できない。引き摺られるように立たされ、そのまま樹は兄のベッドに投げ込まれた。慌てて振り返ると、興奮しながら微笑んでいる綾瀬と目が合った。いつの間にか手にはローションとスキンが握られている。 「嘘だろ……」  樹は血の気を失った。まさかこの男は今ここで樹を犯そうとしているのか。兄のベッドで、すぐそこに兄が寝ている状況で。 「い、いやだっ」 「どうして? 恋人なのに」 「そ……っ、だって兄ちゃんが」 「ああ、恥ずかしいの? だいじょうぶだよ、葉一応援してくれるって言ってたから」 「は!?」 「葉一はほんとうかわいくて素直だよね。俺の話も真剣に聞いてくれて、今日君が来るってことも教えてくれたんだよ」 「……!」  樹は愕然とした。兄が綾瀬の気持ちを知っていたなんて。しかもそれを好意的に受け止めて後押ししたなんて。一体この男はどんな綺麗事を並べ立てて自分を正当化したと言うのだろう。 「だから、ね。ちゃんと俺たちが結ばれたって見せてあげないと」  持ち物をベッドの上に投げ捨てて綾瀬が樹に迫った。 「こ、言葉でいいだろ!」 「だめ」 「なんでっ、やだ、絶対やだ……!」 「じゃあ葉一と俺がセックスしてるところ見る?」  どうしてそうなるのか。どのみち性行為はしなくてはならないらしい。 「おにいちゃんにお手本見せてもらうのもアリかも。それでもいいよ?」 「いいわけあるか! せ、せっくすが駄目だって言ってるんだよ」 「ああ、そんなかわいい声でセックスなんて……誘ってるんだ」  日本語が通じない。さらに興奮した様子の綾瀬が樹に馬乗りになって見下ろした。目は据わっているし見た目にそぐわず力も強くて逃げられない。 「やだ、や、んっ」  暴れる樹の顔を押さえ、綾瀬がキスをした。絶対に口を開けてなるものかと噛みしめるが、唇を舐められるとくすぐったさで力が緩む。 「ん、んん、ん」 「……」  それでも抵抗を続けていると、諦めたか綾瀬が口を離した。ほっとしたのも束の間、綾瀬の手が不意打ちで樹の両乳首を摘み上げた。 「ひぁ」  そのまま綾瀬は優しさと意地悪さを混ぜた責めを開始した。決して痛みは与えないギリギリの強さとしつこさで樹の乳首を布越しに虐め倒したのだ。 「あ、あぁッ♡ あ……ッ♡」  さっきの今で敏感になった乳頭を執拗に捏ね回し、扱き上げ、休む暇を与えない。綾瀬の体の下でビクビクと腰が跳ね、樹の先程までの抵抗など塵同然に崩れ去った。 「だめ、もうだめッ♡ とめてっ♡」 「かわいい……」 「んむ、ぅ♡ んん~ッ」  綾瀬は手を止めないままもう一度キスをした。樹の舌に擦り寄り、絡めとって、吸うような濃厚なキス。酸欠も相まって快感の波に視界がチカチカしている。 「んう、ふぁ♡ んぁ♡」 「は、きもちいいね。下も触ろっか」 「や……だめ、あっ♡」  口だけで体の方に抵抗する意思はもうない。ズボンと下着を奪われ、綾瀬の艶めかしい指先が樹の性器を優しく扱いた。 「んぁ、あっ♡ はぁっ♡」 「さっきイったからココ敏感だね」 「あッ♡」  綾瀬が亀頭をくるりとなぞった。先走りを塗り込むようにそこばかりを責め、ひくつく鈴口に指を押し込もうとする。 「だめッ♡ そこばっか♡ あぁぅ♡」 「ふふ、えっちな声たくさん出ちゃうね。葉一いつ起きるかな」 「っ♡」  そうだ。あまりに過剰な快感を受けて飛んでいたが、すぐ足元には兄がいる。このままでは流されて綾瀬の思い通りになってしまう。 「やめ、くふぅッ♡」  なけなしの焦りは乳首と亀頭の同時責めで吹き飛んだ。 「あっ、あっ、あっ♡ だめ、だめっ♡ イく、イっちゃ、ぁ♡」  バチリと火花が散り樹はあえなく絶頂した。手のひらに出された精を見つめて綾瀬が恍惚と笑う。 「はあ……またイけたね……♡」  どろりと欲情を孕んだ声で綾瀬が言った。彼は流れ作業のように手馴れた動きで、体を投げ出した樹を裏返し腰を持ち上げた。 「ッ……?」 「次はわんちゃんのポーズ、できるかな?」 「わん、ちゃ……っひ」  ぬるりと冷たい感触が突き出した尻に伝う。綾瀬の指が塗りたくるように肉を揉み、後孔を浅くノックした。 「あ、ぁ……いやだ、やめて」 「こわいね。でもだいじょうぶだからね、すぐきもちよくなるから」 「だめ、っ、うぁ」  次第に指の浮き沈みが大きくなり、ぬぷ、と体内に侵入してきた。初めて触れられたそこには違和感しかなく、ただ異物の存在に不快さが広がるだけだ。 「やだっ、抜いて、気持ち悪いっ」 「よしよし。ゆっくりするからねぇ」 「ちが……んッ♡」  綾瀬が宥めるように樹の性器を扱いた。乳搾りのような手つきと連動させて指が抜き差しされている。両方の感覚がごちゃ混ぜになって頭が混乱してきた。 「う、ん♡ くぅ、ぁ」 「力抜けてきてえらいね。すぐに見つけてあげるからね、君の喜ぶスイッチ……」 「あう、そんなの、ない……っ♡」  ローションを馴染ませた指が今度はぐねぐねと中で蠢く。肉壁を拡げるよう動いていた指先が、何か見つけたように一点を弄りはじめた。 「ッ、? う、……ん」  うつ伏せでベッドに押しつけられていた胸が擦れ、乳首に甘い痺れが走った。その感覚と体内の刺激が噛み合った瞬間、樹はエロ漫画に描かれている『キュン』という表現の意味を理解した。 「うっ!?♡」  乳首と下腹部が直結したような快感。性器の刺激では得られない、未知の甘さ。 「……見つけた♡」  綾瀬が嬉しそうに呟き、ぐりぐりとその一点を押し込んだ。 「うあ゛ッ♡ あ、あぁッ♡」  勝手に肛門が締まり綾瀬の指を引き留めた。何度も繰り返されるノックに電撃のような快感が駆け抜け、頭の中が気持ちよさで満たされる。 「きもちいいね、いっぱい押してあげる」 「まっ、てぇ♡ あっ♡ あっ♡ あっ♡」  樹は切ない気持ちに襲われ、無意識に胸を擦りつけた。布にざらりと撫でられる乳首からの快感がさらに下腹部を熱く重くさせていく。 「ッ♡ ───ッ♡ ぐ、うぅ♡」  勝手に媚びた声が出てしまうのを抑えようと枕を掻き抱き顔を埋める。兄の物を汚すだとかそういうことは考える余裕がない。 「感度いいね……♡ かわいい、かわいいよいつきくん……♡」 「~~ッ♡ いっ♡ かい、とめッ♡」  息も絶え絶えに懇願すると、綾瀬はようやく手を止めてくれた。ひとりでに体のあちこちが痙攣している。 「スイッチもいいけど、もっと拡げないとね」 「な、に……ッ」  突き上げた尻の谷間にもう一本指が沈む。異物感に苦しさが加わり、しかし確かな快感も拾って樹はわけが分からないまますべてを受け入れた。受け入れるしかないというのが正しい。 「ふ、ぉ♡ んん♡ あふ、あ♡」  ぐちゅぐちゅと卑猥な音が聞こえる。時折届く兄の寝息が樹の心を追い詰め、その背徳感に興奮している自分がいた。兄が起きたらどうしよう。こんな男に喘がされている姿を見られたらどうしよう。今すぐ逃げたいのに体はどうしようもなく快楽に負けて従順になってしまっている。 「ふふ、おいしそうになったよ……♡」 「は……ぁ……♡」  見えずとも肛門がひくついているのが分かる。樹はもはや枕に縋りつく力もなく、もう一度仰向けにされるのも大人しく従った。 「いまから、いつきくんのなかに俺の全部入れるからね」 「……っ♡ まってぇ……♡」 「どうして? もっときもちよくなりたいよね?」 「だめ、にいちゃん、おきちゃう……♡」 「葉一のことなんて忘れちゃお。きもちいいことだけ考えようね」  綾瀬が脱力した樹の脚を開き、股間同士を擦り合わせた。樹のものより大きな昂りはスキン越しでも熱い。 「好きだよいつきくん……♡」 「あ、ッ、────ッ♡」  興奮した綾瀬が覆いかぶさり、樹の体を貫いた。指より太く、深く、樹の腸壁を引き伸ばして侵入してくる。硬い怒張の先が先程苛め抜かれた一点を撃ち抜き、樹の体が悦びで跳ね上がった。 「───お……っ♡」 「は、あ……いつきくんの中とろとろ……♡」 「まっ、あ゛♡ あ♡ あぁ♡ あッ♡」 「俺のこといっぱいきゅってしてくるよ♡ かわいい♡」 「はぅッ♡ う゛♡ ぅ♡ あっ♡」  ギシギシと安いベッドが揺れる。たんたんと肉がぶつかり、そのたび樹の体が過ぎた快感に食い荒らされていく。 「おッ♡ おくッ♡ ふかい♡」 「ん♡ きもちいいね♡」 「だめッ♡ こえッ♡ でちゃ、あ゛っ♡」 「いいよ、いっぱい出そ♡ 葉一に聞いてもらお、いつきくんのしあわせな声♡」  綾瀬が蕩けた顔で言いながら樹の乳首を摘んだ。ただでさえ快楽に溺れているというのに、くりくりと同時に責められては受け止めきれない。 「や、あ゛♡ あ~ッ♡ あっ♡ うあぁぁ♡」  バチバチと脳内に火花が散る。腸壁が収縮を繰り返して綾瀬の昂りを締めつける。 「だめぇッ♡ ずっと♡ ずっとイってる♡ おかしくなる♡ おれ、おかしくなっちゃうッ♡」 「はぁ♡ かわいい……いつきくん……♡」  樹の性器はくたりと腹に落ちてとろとろと薄い液を吐き出すだけだ。知らないうちに中だけで絶頂するようになっている。乳首だけでもそうかもしれない。わけがわからない。ひたすら快感を与えられ、樹は必死に綾瀬へ手を伸ばしていた。 「しんじゃうっ♡ こわい♡ たすけてぇ♡」 「ん、いい子……♡」 「んん♡ んむ、ぅ♡」  濃厚なキスを繰り返し、綾瀬の動きが激しくなる。 「イ、く♡ また、おっきいのっ、くる♡ くるぅ♡ あぁぁ♡」  多幸感と恐怖に犯され樹は綾瀬にしがみついた。 「あッ♡ あ~~~~~ッ♡」 「っ♡ ん……♡」  熱い体内で綾瀬の昂りが脈打っている。しばらく抱き合ったまま、樹は荒い息で快感の波に溺れていた。全身が性感帯になってしまったみたいだ。 「は……きもちよかったねいつきくん……♡」 「あッ♡ あぁ~~っ……♡」  ずるりと抜かれた感覚ですら引き金になって、樹はそれだけで軽く絶頂した。もう指一本動かせない。すっかり頭がやられてしまったらしく、いまだに快感が体内を乱反射して余韻にすらたどり着かない。 「恋人セックスできたね♡ これから俺がもっと愛してあげるからね……♡」 「……♡」  樹は全て投げ捨てて、多幸感に包まれたまま意識を落とした。

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