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第10話

「王妃様がいらっしゃる!?」 「はい、本日午後お成りになると連絡がありました」 「どうして?」 「多分ですが、国王陛下の番になられたルシア様に会っておきたいと思われたのでは」  ルシアは、困惑した。この奥の宮で生まれて今日まで、ルシアの世界はこの奥の宮が全てだった。  外部の人間と話したことは一度もない。フェリックスが訪れる時も、随行する者達は宮の中までは入らない。そんなルシアにとって、王妃と対面するなど考えられなかった。 「どうしよう、どうしたらいいの? 何を話せばいいの?」  不安を現すルシアに、セリカは王妃と対面する際の作法を教える。 「自分より身分の高い方に話しかけることは許されません。故にルシア様から王妃様に話しかけることはできません」  それを聞いて少し安心する。自分から話しかけるなんて何を言えばいいのか分からない。しかし、話しかけられたら返答しなければならない。ルシアは不安で一杯だった。  そもそも王妃様ってどんなお方だろう? 兄上様のように優しいお方ならいいけど……。ルシアは、今更ながらフェリックスに一度も王妃の事を聞いていない事を後悔した。あーでも、もし怖い方だって聞いていたらそれも怖い……。  ルシアが、あれこれ思い悩むうちに王妃の来訪が告げられた。ルシアは門まで出迎える。 「その方がルシアか?」 「はい、私がルシアでございます。本日は態々のご来訪ありがとうございます」  威厳のある態度の王妃にルシアは、畏れつつも何とか最初の挨拶を述べた。怖い、足が震える……。  王妃には、ルシアの緊張が手に取るように分かる。 「そのように固くならずともよい。そなたは先の国王陛下のお子、つまり今の陛下の弟、私のことも姉と思ってよいのです」  良かった、怖いお方ではなさそうだ。ルシアは幾分安心するが、いまだ緊張は取れない。  王妃は、想像以上のルシアの美しさに驚いていた。そして、王家の血筋を感じさせる気品にも好感を持つ。これは陛下が執心なさるのも無理はないと思う。  下手に野心的な側室が現れても困る。王妃には王女と王子二人が産まれ、上の王子は王太子として盤石ではあるが、側室腹の子でもできれば災いの元。  ルシアが国王を繋ぎ止めてくれれば、自分にも利がある。例えルシアに子が出来ても、オメガなら王子とは認められないし、アルファでも後ろ盾のないルシアの子供、王太子とは厳然たる差がある。  王妃の打算的な思いは、ルシアへのに優しい態度になる。 「何か困っていることはないか? いつでも何かあれば執事に申して王宮に伝えなさい、遠慮はいりませんよ」  優しく微笑んで言う王妃に、ルシアの緊張も取れていき、固かった顔にも笑みがでる。ほんのり色づいたルシアのはにかんだ笑みを、王妃は可愛いと思う。  国王からルシアを番にすると聞いた時、すぐにでもルシアに会いたいと思った。ルシアの人となりを、王妃である自分が確かめなければいけないと思った。  しかし、自分もアルファ、万が一を考えて番になってから会いにきた。その判断は正解だったと思う。  番のいるオメガのフェロモンは他のアルファには感じられないが、それでもこの可愛いさ、番う前だったら……。  王妃には先の国王の気持ちも理解できた。さぞルシアが可愛く大切だったのだろう。そして、ルシアの母親も魅力的なオメガであったのだろう。  王妃とルシアの初めての対面は、一方は心に様々な思惑を抱かせ、一方は何も考えられない状態と言う、双方対照的な心情で終わった。  ルシアの奥の宮での生活は、淡々と穏やかに流れる。執事、侍医そしてセリカと、皆幼い時から接して気心の知れた人たちに囲まれ安穏に暮らすことができた。  そして時折訪れる兄王は、オメガの熱い体を抑えてくれ、同時に体の喜びも十分に与えられた。  ルシアは、この奥の宮に閉じ込められているとの思いはなかった。奥の宮が世界の全てであるルシアは、時折外の世界へ思いを馳せることはあっても、今の生活に不満はなかった。幸せだと思っていた。  特別大きな出来事も無いルシアの奥の宮での生活。平和で安穏とした暮らしは続き、いつしか十二年の歳月が流れた。

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