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1 半魔のオリヴィエ

「はあっ、はあっ」   懸命に逃げ続けるオリヴィエの顔の周りを下級妖魔が耳障りな声をキーキーあげながら飛び回る。 「うるさい! 向こうにいって」  妖魔を振り払ったつもりが、逆に手の甲を尖った尻尾の先でぱっくりと切り付けられた。傷自体は大したことがないが、こんな小物の妖魔にすら嘲笑われているようでオリヴィエは悔しくて堪らない。  その上後ろからはこれまで何かとオリヴィエにしつこく付き纏ってきた、忌々しい同級生たちが追いかけてきている。 「ははは! 逃げるなよ、オリヴィエ。久しぶりに俺たちと遊ぼうぜ」  魔界は明日から赤い砂嵐の時期に入るので、新学期までの三週間は完全休校になる。その間オリヴィエが普段兄と過ごしている寮も閉鎖となるのだ。  だからオリヴィエは故郷の城へ戻る為、部屋で荷物の支度をしていた。  出発時刻になっても兄のレヴィアタンが中々部屋へ戻ってこないので様子を見ようと、寮の入り口まで様子を見に行ってしまった。しかしそれがいけなかった。そこで狼族の青年たちに絡まれてしまったのだ。  逃げ回って学園の敷地の外れ、山羊の放牧地の方まで来てしまった。  兄に助けを求めるため、寮の方に戻りたいが、捕まっては元も子もない。  誰にも気づかれず無理やり彼らの里にでも連れていかれたら、二度と愛する兄の元へ戻っては来られないかもしれない。  だが今朝まで続いた雨にぬかるんだ土に足を取られ滑り、オリヴィエはとうとう草むらの上に転がってしまった。 「あうっ」  青い牧草の香りがむっと立ち昇る。  何とか手をついて顔を庇ったが、痛みにふと足を見れば破れたズボンから覗く膝頭が擦りむけ血が滲んでいる。   それでも懸命に立ち上り駆け出したオリヴィエの背後より、恐ろしい唸り声を上げながら四つ足の獣が迫ってくる。 (兄さま、助けて。助けて)  襟元から飛び出してきたお守り代わりの虹色の真珠玉を取り出し握りしめ、心の中で兄を呼び続ける。しかしそんな祈りも虚しく銀色の狼が勢いよくオリヴィエの前へ躍り出て、行く手を塞がれた。  荒い呼吸を整えながら狼を睨みつけるオリヴィエの目の前で、禍々しい気配を放ちながら狼がもがき苦しむような動きで人間の青年の姿に変化していく。  後ろからも脅かされるように吠えたてられ、びくっと身体を震わせ振り向くと、追いついた黒い二頭の狼も同じように屈強な若者へと変化した。 「やっと掴まえたよ。可愛い王子様」  オリヴィエは後ろから羽交い絞めにされ、驚きと恐怖で目を見開いた。  狼の時と同じく鋭い牙を唇から覗かせたまま、暗い銀髪の青年がにたりと嗤う。 「カシス、手を離して!」  ほぼ持ち上げられた状態でぶらつく足で懸命に青年の脛を蹴り、じたばたと暴れるが拘束は緩まずびくともしない。 「はは。魔王の息子のくせに、お前はなんでこんなに無力なんだろうな」 (そんなこと、僕が一番そう思っているよ)  幼いころから何度となく聞かされてきた嫌味な言葉だが、かつては仲良くしていたこともある同級生の口から聞かされるとより惨めな気持ちにさせられる。 「離せっていってるだろ!」  大声を上げたがそのままカシスに身体を持ち上げられ、草むらの中に押し倒されてさらに胴に乗り上げられた。  華奢なオリヴィエを潰さないようにはしているのだろうが、それでも重くて咳き込めば、オリヴィエの苦し気に歪む美貌を見てカシスは目の色を変え一気に興奮を高めていく。 「やはり聖女の血が混じっているからなのか。魔力はか細く弱いのに、迸る生気の雫が甘くてぷんぷん匂うぞ」  長く赤い舌がオリヴィエの眼の端に悔しさに滲んだ大粒の涙をべろりと舐め上げる。 「やめろ!」

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