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7 切ない口づけ

 すぐに口内に差し入れられた舌は柔やわとオリヴィエの舌を撫ぜ、しかしすぐに離れていった。 (兄さま、大好き。もっとしてほしい)  物足りなさと寂しさで兄の手を強く握り返して物欲しげな上目遣いに見上げると、優しい悪魔は困ったような苦しいような顔をしてオリヴィエの額に口づけた。 ※※※  魔界はいまの時期になると外は血のように赤い砂の嵐が吹き荒れて、何週間も部屋の中に籠らなければならなくなる。  こんな時、無駄に広いこの古城住まいで本当に良かったとレヴィアタンはつくづく思う。何しろ父である魔王の城には夥しい数の部屋があり、子どもたちが暇つぶしに入り込んで遊ぶ場所には事欠かないのだ。たまに命の危険があるような部屋もあるにはあるが、今のところ当たったことはない。  レヴィアタンは現魔王の第十二王子だ。  魔王の息子というと名前を聞いただけで人間の同級生も力の弱い魔族も震えあがるし、実際魔力も体格も格段に優れているが、本人はいたって穏やかな気質だと自分では思っている。  レヴィアタンに言わせれば、魔界にすんでいるものと人間界にすんでいるものの差は、魔力があったり角やら獣の耳やら尻尾やらが生えている程度で、心のありようは大して変わらないと思うのだ。  ただやはり魔界は少しばかり人間たちが暮らす世界より生活環境が過酷だったので、かつては互いの世界の間の境界線ともされていた瘴気の森を潜り抜け、魔界より生きやすい場所を求めて人間の暮らす国を侵略しようとしてきた歴史がある。  しかしレヴィアタンの祖父の時代からは人間の王たちと停戦を約束して、積極的に文化的な交流を行っている。  人間の科学技術と魔界人の魔力を組み合わせて、結果魔界も大分住みやすくなった。むしろ魔素を秘めた食べ物は人間にも魔力を持たせると大人気の輸出品になっている。人間との混血だって進んでいるし、交換留学の制度だってある。  それでもどうしようもならないものもある。一つは両者の間に根強く残る差別感情。一部の魔族は今でも人間を食い物程度に見なしているし、一部の人間は魔族は悪しきものとして即、滅しようとしてくる。これには相互の理解を進めるには時間がかかりそうだ。  もう一つは魔界名物ともいえる年に二度程ある赤の砂嵐だろう。これは自然現象として避ける術がない。最新の研究によれば、この魔素を帯びた砂が満遍なく魔界全土に降り注いでいることが、魔界に住まう動植物の魔力の源となっていると分かってきてから、砂嵐自体を縮小させる研究は打ち切られたらしい。  だが今学園が砂嵐休暇に入って暇を持て余しているレヴィアタン達兄弟にはそれらのことはどうだっていいのだった。  目下兄弟の関心事は砂嵐が終わって大学の寮に帰るまでのあと一週間、どう快適に楽しく過ごすかということが頭を占めていたのだ。 「暇だな。明日はなにして過ごそうか」 「兄さま、二言目にはそればっか」  レヴィアタンは城の蔵書庫から適当に抜いてきた本に目を通していたが飽きてしまった。 「ねえ、兄さま」 「ん、なんだリヴィ?」  可愛い弟のオリヴィエが書き物をしていた手を止め、小首をかしげてこちらをみてくる。その仕草が愛くるしすぎてレヴィアタンはついつい目を奪われてしまう。  雪のように透き通る肌に、黒々と長い睫毛に縁どられた澄んだ薄い青い瞳。漆黒で艶やかな髪は緩い巻き毛で唇は紅でも塗っているかのように赤い。弟の麗しさの前には学園のどんな美女も霞むとつくづく思う美貌だ。

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