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9 魔王城

「人間の子どもを置いて立ち去れ、喰ってやるぞって。次々に下級の魔物が集まってきて、鎧のお化けが来たり、生首が転がってきたりして順々に脅かされて。すごく怖かったなあ。でも兄さまが僕のこと抱きしめて絶対に離さないでくれた。魔物が来るたび追い払ってくれたよね」 「当たり前だろ。あんな小賢しい小物に魔王の息子が負けるわけないんだから。それにお前だって何だかんだ言って全然怖がってなかったし」 「だって兄さまが傍にいてくれるんだもの。怖いことなんてなかったよ? いつだって守ってくれたんだから」  そんな風にうっとり可憐な顔で見つめられると、顔には出さずとも心の中では照れてしまう。  迷子の結末は結局二人してそのまま眠ってしまい、朝になって城のものたちが血相を変えて探しに来た。今ではいい思い出だ。 「そんなこともあったな。でもお前は全然懲りなくて、また探検しようねって。俺より度胸が据わってたよな」 「僕、思いきりだけは誰よりいいって自負してるからね。まだまだ砂嵐はやまないし、どうせ暇なら、僕、また城内探検したい。あの部屋にまた行ってみたいんだ。だめ?」  ここ数年は赤い砂の時期に二人して人間界に行っていたこともあり、城内探検をしたのはもう大分前になるだろう。幼い頃は危険な部屋もあるからと入れる場所が制限されていたが、レヴィアタンの魔力が増すにつれ、そんなお小言も言われることはなくなった。  人間に見た目も近く、魔物からは恰好の獲物として映る、オリヴィエ一人では危険な場所は今でもあるが、レヴィアタンがついている分には問題ないだろう。逆に言えばレヴィアタンがついていかねば危険だということだ。 「分かった。でもあの部屋ってどの部屋のことだ? 城の裏の鍾乳窟に続いているあの部屋のことか?」  魔王の城には夥しい数の部屋がある。普通に入れる部屋ばかりでなく、隠し部屋を含めたら千に届くのではないかと言われている。その部屋をすべて把握しているものは、城中どこへでも行ける神出鬼没な猫の使い魔ケットシーだけだ。  そのケットシーは主である魔王以外には、気まぐれにしか口を利いてくれず、話しかけても応えてくれない。その上城内をあちこち移動しているから中々掴まえられない。何せ猫だから。 「あの部屋は確かにすごく綺麗だよね。奥にびっしり水晶が剣みたいに沢山生えてて上から差し込む日差しで部屋中がぴかぴかに光ってた」 「ああ、今は魔王城見学ツアーの一番人気、水晶柱ホールの裏にでられるからな。裏側から見られるのは俺たちだけだ」 「そうだよね。それからひいひいひいお婆様の『水魔の海岸』に繋がるお部屋。扉を開けたら白い砂浜が敷き詰められてて、その向こうが青と緑が混じったような綺麗な暖かい海があったね」 「そうだった。初めて扉を開けた時、嵐の海の時に当たって、廊下まで水浸しにして執事に目茶苦茶怒られたな」 「そうそう。僕があの海の底にある虹色貝の『愛の奇跡』を授ける『月夜の真珠』を欲しいって言ったから、兄さまが探し出してくれようとしたんだよね。あとから満月の夜に海に入って月の光に輝く虹色貝を探し出してくれた」  そういってオリヴィエは首から下げていた繊細な金色の鎖を手繰り寄せると、虹色の光沢が美しい、少し歪な真珠が顔を出した。 「ふふ。僕の宝物だよ」 「あまりものを欲しがらないお前が、ひいひいひいお婆様のことが書かれた絵本みて、これが欲しいって言いだしたから」 「古い時代は禁断の関係だった種族の壁を打ち壊して二人が結ばれた伝説の宝石だもの」

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