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第4話 覚悟とお金

「呼び名はお好きにどうぞ」と律が呟いて、僕の手をじっと見つめてくる。  何も言わないが、潔癖になった理由を教えろと目が訴えてくる。  たぶん、そうなるきっかけを作ったのは自分なのではないかと疑っている。 「別に、何かのせいでなった訳じゃないよ。  清潔な環境にいてアルコール消毒をちゃんとしてる医療従事者でも、ものすごい数の菌がついてるんだってネットで読んだんだ。それからなんとなく、除菌するのが癖になっちゃって」 「そうですか」  律がほんの少し安堵したように一息吐いてすぐ、大学生とおぼしきアルバイトの女の子が、ビールと烏龍茶を持ってきた。  じゃあ、2人の感動の再会にカンパーイ、という雰囲気ではない。  女の子が出ていったあと、律は無言でビールを半分ほど一気に飲み干して、少しゆるんでいた眉間の皺をまた濃くした。 「バカ野郎ですね」  それは潔癖症のことに対してではないのは分かっている。  律はいよいよ、説教をすることにしたらしい。  僕は烏龍茶には手を付けずに居住まいを正した。   「あなたはあの人と何をしようとしていたんですか」 「何って……別に、お喋りしたり」 「あんな道具を使いながら?」  僕はうつ向けていた顔をはね上げた。 「見てたの?!」 「今日はたまたま仕事でこの街に来ていました。あなたの姿を見かけて、様子が少し変だったので後を付けさせてもらいました」  仕事のわりにはスーツではなく、とてもラフな格好だ。  そういえば耳にはいくつかのピアス穴。  気になるけれど、何の仕事してるの?と今聞くのはイレギュラーである。 「僕を見つけた時、どう思った?」  5年振りに会えて、嬉しくてたまらなかったよね?  ──僕に会いたくないって言っていたのは、嘘でしょ?  そう訊きたいのも、ぐっと堪える。  律は顔色ひとつ変えずに淡々と話を続けた。 「他人の空似かと思いました。あの頃と違って、随分と雰囲気が変わったみたいだから」 「あ、ほんと? 嬉しいなぁ、あの頃は流行りとか全然知らなかったけど、最近は結構研究してるんだ! 髪型とかもね、知らない人に髪をいじられるのはちょっと嫌なんだけど我慢して……」  ますます目を細めて僕を見てくる律に、はしゃいでいる場合ではなかったと自分を戒めた。 「けれどその声と歩き方でわかりました。様子がおかしいなとは思っていましたが、あの人が鼻息を荒くした時から、俺は腹が立って仕方なかった」 「う、うん、僕も話が違うじゃんって思ったよ」 「俺が腹が立ったのはあの人にじゃなくてきみにです」 「え、僕?」 「何の覚悟も出来てないくせに、一体何を考えてるんですか。行きずりの男とするなとは言わないですが、あんな風に怖がるんだったら初めからしようとしないで下さい。もっと自分の体を大切にして──」  律は頑固ジジィみたいにガミガミ言ってくる。  死にたいかもって言った時、そんなことを言う僕を決して否定しなかったくせに。 「しょうがないだろ、事情があったんだから」 「事情って? お金に困っていたんですか?」 「うー……うん」  まさか頷かれると思わなかったのか、律は驚いた表情をする。  律の言いたいことは分かる。  お前が金に困るわけがないだろと言いたいのだ。  律の家ほどではないけど、僕の家もそこそこ裕福なのは律も分かっている。  家が隣だったから、最低限の付き合いも昔はあった。  親同士は会えば挨拶する程度の関係だったが、今となってはもう修復は不可能と言い切ってもいいだろう。

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